表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/154

消えないもの

 ――帝国暦三二一年・春初め 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――


 いつも通りの朝だった。

 書類は整い、声は抑えられ、無駄のない動きが続いている。

 すべてが、変わらない。


 レオンは机に向かっていた。

 書類をめくる。

 一枚、もう一枚。

 手は止まらない。

 だが一瞬だけ。

 指先が、止まった。


 視線を落とす。

 そこに書かれていたのは。

「――レオン」


 自分の名。

 だが、違うと分かる。


 記憶を辿る。

 該当する人物はいない。

 一瞬の沈黙。

「……何だ」

 小さく呟く。

 誰に向けたものでもない。


 書類を閉じる。

 違和感は。

 処理されないまま、残った。


 ■廊下

「……レオン様の件ですが」

 声がする。


「現在は外に出ていると」

 別の声。


 レオンは足を止める。

 振り返らない。

 そのまま、歩く。

 会話は背後に残る。

 だが、言葉だけが耳に残った。


 ■執務室

 エリシアは手を止めていた。


 机の上の書類。

 そこにも、同じ名前がある。

「……あり得ない」

 小さく言う。

 

 一瞬の沈黙。

 消えたはずのもの。

 残るはずのないもの。

 だがそこにある。


 エリシアは立ち上がる。

 迷いはない。

 向かう先は一つだった。


 ■ヴァイス邸


 ヴァイス邸、扉の前で足が止まる。

 イリスの部屋まで案内され、

 ノックはせず、ただ立つ。


 内側から、声がした。

「入りなさい」

 静かな声。

 イリスだった。


 エリシアは扉を開ける。

 視線が合う。

 一瞬の沈黙。

「……気づきましたか?」

 イリスが言う。


 エリシアは頷く。

 短く。


 イリスはカップに手を伸ばす。

 香りを含む。

「消えたものは」


「完全には消えません」

 静かに言う。

 一瞬の沈黙。

「……なぜです」

 エリシアが問う。


 イリスは、わずかに目を細める。

「どこに残ると思いますか」

 静かに返す。


 エリシアは答えない。

 だが。

 理解している。

 

 それは、書類ではない。

 場所でもない。

 もっと曖昧なものがそこに、残っている。

 消えたはずのものは、消えてはいなかった。


 ただ形を変えて、残っている。

 目に見えない場所に、確かに。

 そして、それは、静かに。

 現実へと、滲み出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ