優しい勘違いの行き先
――帝国暦三二一年・春初め 東ロンバルディア帝国騎士団領 ヴァイス邸 客間――
扉の前で、一度だけ呼吸を整える。
ノックすると、すぐに扉が開く。
メイドだった。
「メリエラ様」
静かに一礼する。
「お嬢様がお待ちです」
促されるまま、中へ入る。
客間。
イリスはすでに席についていた。
視線が向く。
「……お姉様」
静かに呼ぶ。
「ご相談が」
一瞬の間。
「構いません」
イリスは即答する。
「お話しください」
それだけだった。
余計な言葉はない。
だが、逃げ場は、そこにあった。
メイドが静かに茶器を置く。
湯気が立つ。
「ハーブティーでございます」
やわらかな香りが広がる。
イリスがわずかに視線を向ける。
「落ち着きますよ」
短く言う。
メリエラは小さく頷く。
カップに手を伸ばす。
一口、ゆっくりと、息を吐く。
わずかに、肩の力が抜けた。
メリエラは話し始める。
朝のこと。
リリアの言葉。
ミアの問い。
シエラの確信。
そして、総庁の噂。
途切れず、正確に。
すべてを語る。
イリスは最後まで遮らない。
ただ、聞いている。
一瞬の静寂。
「……なるほど」
小さく言う。
「事実ではない噂が、拡散していると。」
整理された言葉だった。
メリエラは頷く。
「はい」
イリスは続ける。
「では」
一瞬の間。
「あなたは、どうしたいのですか?」
静かに問う。
メリエラは迷わない。
「そのような関係ではありません」
一瞬。
「事実ではないため」
短く言う。
イリスは頷く。
「そうですか」
それだけだった。
「では」
続ける。
「訂正なさればよろしいかと」
正確な答え。
一瞬の静寂。
だが、イリスは、わずかに間を置く。
「……あるいは」
「ご結婚なされば、問題は消えますが?」
静かに言う。
一瞬、空気が止まる。
メリエラは、イリスを見る。
じっと。
「……お姉様」
「面白がっていらっしゃいますね?」
静かに言う。
しばしの沈黙。
イリスはわずかに目を細める。
「さて」
「どうでしょうか?」
否定はしない。
そして。
「重要なのは」
「あなたがどうなさるかです」
静かに返す。
一瞬、視線が重なる。
逃げ場はない。
だが、押し付けもない。
「……分かりまして?」
柔らかく言う。
メリエラは、わずかに息を吐く。
カップを持つ手は、もう揺れていない。
「……はい」
短く答える。
わずかな静寂。
湯気が、ゆらぐ。
話は、まだ終わっていない。
だが、方向だけは定まっていた。




