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優しい勘違いの中心で

――帝国暦三二一年・春初め第七騎士団 本庁――朝。


 ――朝から、どこか騒がしい。

 いつもの空気とは、少し違う。

 メリエラは席に着く。

 業務に入る。


「おはようございます」

 リリアが言う。

 明るく、いつも通りに。


 そして。

「……おめでとうございます」

 柔らかく言った。


 一瞬。

 メリエラの手が止まる。

「……何のことでしょうか?」

 静かに返す。


 リリアは微笑むだけだった。

「ふふ」

 それ以上は言わない。


(……何の話?)

 理解できないまま、業務に戻る。


 だが。

「ねえ」

 ミアだった。

 机に肘をつきながら、楽しそうに身を乗り出す。

「どんな人?」


 メリエラと手は止まる。

「……誰のことでしょうか?」


 ミアがにやりと笑う。

「総庁の人」

 一瞬の沈黙。

(……増えてる)

(確実に)


 だが、終わらない。

「メリエラさん」

 今度はシエラだった。

 真面目な顔で。

「総庁の方と、もうすぐご結婚されると」

「伺いました」


 完全に止まる。

 思考が、止まる。

「……誰が?」

 かろうじて出た言葉。


 シエラは首を傾げる。

「メリエラさんが、です」

 当然のように言う。

 一瞬の静寂。

(……何が起きているの?)


 情報が繋がらない。

 リリアの「おめでとうございます」

 ミアの「どんな人?」

 シエラの「結婚」

 全部が、繋がっていないのに。

 繋がっている前提で進んでいる。


 一瞬。

(……相談を)

 考える。


 クリスの顔が浮かぶ。

 少しだけ、止まる。

(……いや)

(あれは、ない)


(……面倒になる)

 一瞬で切り捨てる。


 この件は、総庁の話になっている。

 総庁の人間に聞けば。

 余計に広がるし、誤解される。


(……ダメ)

 さらに切り捨てる。

 では騎士団内は?


 ミアは楽しんでいる。

 シエラは信じている。

 リリアは祝っている。


(……いない誰も)

 本当に相談相手がいなかった。

 頼れる相手もいなかった。


 視線が、少しだけ揺れる。

(……お姉様)

 思うとすぐに立ち上がる。

 迷いはなかった。

 そのまま、歩き出す。

 廊下へ。


 足取りは速い。

 少しだけ、いつもよりも。

 速かった。


 ■客間前

 扉の前で止まる。


 呼吸を整える。

 ほんの少しだけ。

 指先に、力が入る。

 そして。

 ノックする。


「……失礼いたします」

 声は、いつも通りだった。

 だが、その手だけが。

 ほんの少しだけ強くなっていた。


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