王太子ジュリアンの暗躍
そして翌日。
(え……何この空気)
なにやら学園内が騒然としている。いや、それもいつもの事ではあるのだけれど。
「まぁ、リリエル様よ!」
「劇中で神殿に火をつけるらしいわ」
「なんて背徳的なの!!」
(ええええええええ!!)
昨日言っていた通りに殿下たちが早速手を回したのだろう。
演劇部の暴走台本――『神殿放火』や『国家転覆』といったヤバすぎるワード――は、あっという間に学園中に知れ渡っていた。
一般の生徒たちは「今年の劇は、とんでもなく背徳的で過激らしい!」と、かつてないほどの熱狂に包まれている。
(それにしても昨日の今日で、早すぎない!?噂ってそんなに早く回るものなの?何をしたの!??)
これがゲーム中だったら。
これも強制力なのだろうかって思っていただろう。
いや、実際に私と殿下の噂が回った時は半分くらい強制力だと思っていた。
でもこれはそんなんじゃなくて明らかに人為的で――
なんかもう、頭の中がごちゃごちゃだ。
そんな中、図書室へ向かう渡り廊下。
私は数人の神聖課程の生徒たちが、一般生徒を相手に声を荒らげている場面に出くわした。
「君たち、目を覚ますんだ! 今年の魔導祭の劇は、神への冒涜だぞ!」
「そうだ! あんな邪教の儀式のような劇、我々で声を上げて中止に追い込むべきだ!」
(わぁぁぁぁ!やっぱりそうなるよね!?すいません聖女なのにむしろ主役なんです!!)
――こういう時、私って小物だよなぁとちょっとへこむ。
ほんと、あの断罪劇をぶち壊したときの私はどこに行った。
でも、無用な争いなんてしたくはない。
「あの……っ!」
場を収めなくちゃと割って入ろうとしたとき、あたりを取り囲んでいた一般生徒から声が上がった。
「え? 冒涜的な悲恋劇!? なにそれ最高じゃん!」
「あの完璧なローザリア様が、神に逆らってまで愛を貫くの!? 絶対最前列で見なきゃ!!」
「早く有志の舞台設営手伝いに行こうぜ!」
「えっ……」
神聖課程の生徒たちは、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くした。
私もちょっと驚いている。
どうやら彼らの「冒涜だ」「過激だ」という非難は、一般生徒にとってはむしろ煽り文句として機能しているらしい。
「なっ……君たち、神をなんだと――」
「まぁ、学園内に宗教思想を持ち込まないのが本来のルールですからね。
なんでもかんでも光の恩恵にしてたら進化論だって冒涜になってしまう」
聞きなれた声が神聖課程の生徒の言葉を遮った。
(クラヴァ―ル先輩!?なんでこんなとこに……)
過ごす棟が違うから、日中に出くわすことなんてほとんどないのに。
別の生徒が、クラヴァ―ル先輩に続いて失笑交じりに吐き出した。
「そもそも劇ってあくまで創作だろ? 創作と信仰をごちゃ混ぜにすんなよ。つかさ、歴史上の残忍な事件ってたいてい神殿絡みだって、歴史学んだらわかると思うけど? 一般人を魔女疑惑でギロチンにかけたり。そういうのって、まさに君たちみたいな『言いがかり』から始まるんじゃないの?」
「うっ……!」
「そ、それは……っ!」
(うわぁ……なんて真っ当な正論……っ!!)
よく見ると、彼も研究学科の上級生のようだ。
クラヴァ―ル先輩と同じバッジをつけている。
どうりで弁が立つわけだ。
(……って、待って)
ちらりとクラヴァ―ル先輩をみると、ぱちりと目があった。
(ええ……まさか、殿下の仕込み……?)
「――何の騒ぎかな」
不意に、凛とした、けれど柔らかな声が渡り廊下に響いた。
人だかりがさあっと左右に割れる。なんかこれもよくある光景だけど。
そこには予想通り、完璧なほほ笑みを浮かべたジュリアン殿下が立っている。
「で、殿下――っ!」
上級生に論破されて涙目になっていた神聖課程の生徒たちが、すがりつくように声を上げる。
「殿下! どうかご裁断を! あの劇、本当にあのような内容で公演されるのですか!?」
「神殿に火を放つなど、あまりに不敬極まりない内容です! あれは絶対に止めるべきです!」
必死の訴えに、殿下は困ったように眉を下げた。
「学園内で表現の自由を弾圧するつもりはないからね」
「で、でも――っ」
「けれど、私も指摘を受けて台本を確認したんだ」
殿下が静かに告げると、騒ぎ立てていた生徒たちがぴたりと口を閉ざした。
「いくら表現の自由があるとはいえ、学園の熱狂が、君たちの尊い使命感や信仰を蔑ろにするような事態は、私の本意ではないからね。」
「では殿下が直々に台本を監修されれば良いのでは?」
横に控えていたクラヴァール先輩が、しれっと進行を引き継ぐ。
「うん。過激な表現については、私から指導を入れよう。それで、矛を収めてもらえるかい?」
優しく、けれど有無を言わせない王者の響き。
神聖課程 の生徒たちは、一瞬呆気にとられた後、ぱぁっと顔を輝かせた。
「そ、そういうことなら――!」
「おお……! やはり殿下は我々の味方だ!」
「殿下のご配慮に感謝いたします!!」
彼らは「自分たちの訴えが届き、殿下が守ってくれた」とばかりに、深く頭を下げて満足げに去っていく。
――そして、その数時間後。
殿下の「指導」が入ったという新たな台本の噂は、再び学園中を駆け巡った。
「おい、聞いたか! 例の劇、セリフがもっと洗練されたらしいぞ!」
「物理的に『神殿に放火する』んじゃなくて、『冥府の闇を飲み尽くす』って表現に変わったんだって!」
「うわぁ、そっちの方が悲恋劇として絶対ロマンチック!! 狂気と愛の深さが際立ってる!」
「神殿との摩擦も避けて、劇の芸術性も高めるなんて……さすが殿下だ!!」
一般生徒たちの間では、「殿下の素晴らしい神修正」への称賛と、劇への熱狂がさらに爆発していた。
(なんて鮮やかな手並み……!!)
掲示板の前でその歓声を聞きながら、私は一人茫然としていた。
神聖課程の生徒は「不敬な表現が消えた」と殿下に感謝し、一般生徒は「劇がよりロマンチックになった」と殿下を絶賛している。
殿下の評価は学園中でうなぎ登りだ。そして、台本を担当している演劇部員たちも。
(でも、多分神殿から苦情が来た時の台本そのままなのよね……。殿下、えげつな……っ!!)
神殿側はセリフが結局変わっていないことには気づくだろうけれど、もはや口は出せないだろう。
よく知らない者には、学園は神殿も表現も両方尊重した、とだけ映るはず。
「ほら、殿下も本気を出したらなかなかだって、言ったでしょう?」
後ろから、のんびりした声が降ってきた。
「わぁ!ローザ様!!」
「うふふ、うまくいったわね?
でもきっとまだまだここからよ。」
「ここから――?」
「ええ。大神官様も、本気をだしたらきっととっても怖いから」
「――なんで楽しそうなの」
「うふふふふ。
だって、気づいたんだもの」
「何に」
「内緒」
「ちょっと、そこまで言っておいて」
――でも、少しわかる気がする。
だってローザ様も、この世界が何かの力で動いてるって思っていた人だから。
だから、力も隠して、いろんなことを受け入れてきた。
でもそれが今、変わってきている。
ローザ様が、「変える側」に行こうとしている。
それは楽しみなことでもあり――やっぱり現実を考えると、ちょっと怖い。
「ローザ様。そう言えば、神官長が――」
「あ、ごめんなさいリリィ!私もう一度採寸があるんだったわ!
また放課後の練習でね!」
珍しく慌てたように立ち去るローザ様の後ろ姿を見つめて、ため息をついた。
◇
その日の夕方。
一般生徒たちの熱狂に気をよくした演劇部員の更なる熱血指導に疲弊した私は、寮へ戻る前に少しだけ頭を冷やそうと、本校舎と別棟を繋ぐテラスへと向かっていた。
夜風に当たりながら、神官長様の警告をどうやってローザ様に伝えようかと考えを巡らせる。
まぁ、別に伝えなくてもローザ様の事だから、そのあたりも織り込み済みかもしれないけれど。
薄暗いテラスへ足を踏み入れた、その時だった。 不意に、月明かりが差し込む石造りの手すりの傍に、ふらりと人影が立っているのが見えた。
この後21時にも一話投稿します。
重要回。
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