舞台裏は引き続き騒がしい
「――『汝が冥府の闇を恐れるというなら、私自身がその闇を飲み尽くそう!』」
「……はい、ストップですわ!!」
講堂の壇上。またしても演出担当の令嬢が台本を丸めて手を叩いた。
(わぁん、結局何の相談もできなかったよ――!)
朝神官長に警告を受けてからあっという間に放課後になってしまった。
ただの脅しだろうと思いつつも、やはり異端審問という言葉が引っ掛かっている。
何度もローザ様と話そうと試みたけれど、今の学園は、休み時間も演劇の事にかかりきりなのだ。
大勢の生徒が見守る中、魔女疑惑の話なんて切り出せるわけがない。
「ローザ様、声の響きも視線も完璧ですわ! ですが……やはりこの後の展開が物足りません!」
「ええっ!? いや、十分でしょ?まだ物足りないの!?」
(っていうか、これ以上問題を大きくしないで!)
けれど演劇部員たちは真剣な顔で頷いた。
「ええ! 冥府の闇を飲み尽くしたあと、ただ寄り添って終わるだけでは、この燃え上がるような背徳感が昇華しきれませんわ! もっと神の権威に真っ向から牙を剥くような展開にしましょう!」
「ええっと、たとえば……?」
私が引きつった笑顔で聞くと、彼女たちはまたしても台本にガリガリと恐ろしい言葉を書き込み始めた。
なんかデジャブ。
「こうしましょう!『飲み尽くした闇の力をもって、偽りの光を放つ神殿ごと、この手で灰燼に帰してご覧に入れましょう!』」
「放火!? 犯罪教唆はさすがにやめよう!??」
「闇の力ですから炎は上がりませんわ」
「そういうことじゃない!」
私の真っ当なツッコミも虚しく、部員たちのボルテージはどんどん上がっていく。
「ならばこれではいかがでしょう。『古き光の鎖を断ち切り、我ら二人で真なる闇の王国をここに建国せん!』」
「国家転覆罪!! ねぇ、これ悲恋劇だよね!? なんで革命劇になってるの!?」
「障害は大きければ大きいほど愛は燃えるのですわ!」
演出担当が鼻息を荒くして言い放つ。
「そうですわ! いっそ舞台装置で神殿のセットを組んで、最後にローザ様の魔法でド派手に燃やしていただきましょう!」
「やめて! 物理的に火あぶりにされるのは私たちになるから!!」
(ちょっと……!さっきは対抗心バリバリで半信半疑だったけど……
神官長様の警告、本当にシャレにならないんじゃない!??)
私は頭を抱えた。
数日前に『天を捨てて永遠の宵闇に』『闇を飲み尽くそう』というヤバすぎるセリフが採用されて以来、演出陣は「より背徳的で過激なもの」を求めて完全に暴走状態に突入している。
「ふふ、ならいっそ、私が神の座を簒奪して、リリィを新しい世界の女神に据えようかしら」
「ローザ様までノリノリで燃料投下しないで!?」
『教義変更も一時的な対策に過ぎないかもしれません』
神官長の言葉が脳裏によぎる。
あの教義変更は、巷で騒がれているような、神殿の大らかな処置というわけではないのだ。それは陛下の言いぶりからも気づいてはいた。
逆に私の付き合っている宣言がそれくらい大きな出来事だったということで。
(付き合ってる程度でこの騒ぎなのに、神殿に直接盾突くようなセリフ、許されるわけがないじゃない!)
なんだろう。
ゲームが終わって予定調和が終わったからこそ、こういう現実的な問題が前よりも恐ろしく感じる。
本当に矛盾だらけだ。
あの時は「ゲームに描かれていなかった現実」に振り回されていると思っていた。ここはゲームじゃなくて現実なんだと思っていたのに、やっぱりゲーム中は「ゲーム」として認識していたらしい。
「――楽しそうだね」
不意に講堂の扉が開き、柔らかな声が響いた。
振り返ると、ジュリアン殿下がクラヴァール先輩を伴って立っている。
「で、殿下!?」
特大プロジェクトのスポンサー様の登場に、演劇部員たちが色めき立つ。 殿下はふわりと微笑みながら近づいてくると、演出担当の令嬢が持っていた最新の台本を覗き込んだ。
「……なるほど。神殿を灰燼に帰して闇の王国を建国、か。これは大層な悲恋劇になりそうだ」
「あのっ、殿下! これは――」
私が慌てて言い訳をしようとすると、殿下は軽く手で制した。そして、いつもの爽やかな笑顔のまま告げる。
「君たちの情熱は素晴らしいけれど、さすがにこれはやりすぎだね。
神殿から劇の中止の要請があった」
「ええっ、そんな……!ですがそれではせっかくの――っ」
「もちろん劇は中止にするつもりはないよ。けれどセリフの再考は必要だ」
「で、でも――」
演劇部が食い下がる。ローザ様がスッと前にでた。
「それなら、このあたりで手を打つのはいかがです?」
「『冥府の闇を飲み尽くそう』に、『天の許しなどとうに捨てております』か。私としては一番最初の台本に戻すのが落としどころだと思うけど。」
「神殿から勧告書が届いたのは今日ですわよね?
今日中に急ぎ先ほどの国家転覆の台本が神殿に漏れるよう手配いたしましょう。
そして後日殿下の命でセリフを調整したと報告すれば良いのでは。
ついでに事の顛末も大げさに吹聴しておけば、神殿を尊重していると印象づけられますわ」
(おおお!悪徳商法みたいな手口!さすがは悪役令嬢!)
「まぁ際どいところだけど、悪くはないか。
ローザリアはさっきのセリフを残したいの?」
「もちろんですわ。私としては『古き光の教義という鎖を断ち切り、我ら二人で真なる闇の王国をここに建国せん!』でもいいくらいですもの」
「うん、それはやめておこうか」
「では冥府の闇を飲みつくすくらいで手を打ちましょう。
――殿下。まさか負けるとお思いで?」
――何が、とは言わない。
けれど殿下の目がすっと細められた。
「……それなら、有無を言わせぬ圧倒的な熱狂が必要だ。出来るかい?」
「ええ、もちろんですわ。こういったことは本来過激なほど熱狂するものでしてよ」
ローザ様がふふっと優雅に笑うと、背後の演劇部員たちが「お任せください!」と地鳴りのような返事を返した。
殿下は小さく息を吐き出すと、ふっと口角を上げた。
「わかった。台本は前回のものでいこう。楽しみにしてるよ」
(ええええええ!? 結局それでいくの!?ほんとに大丈夫!??)
クラヴァール先輩をみると、やれやれと言った表情。けれど止める気はなさそうだ。
(ついていけてないの、私だけ?)
私の危機感は、クラスメイトの熱狂と大物たちのよくわからない思惑の中に、またしてもあっさりと呑み込まれてしまったのだった。
明日、二話更新します。殿下活躍します……!
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