何やら舞台裏が騒がしい
「――リリエル様」
今日も朝練を終えていったん寮へ戻る途中の渡り廊下。
私は思いがけない人物に呼び止められた。
「……神官長様」
「ご無沙汰しておりますリリエル様。お忙しいようですね」
(うわ……直接会うと気まずい!)
「――神官長様は、学園に何の御用で?」
平静を装いつつも思わず一歩下がると、疲労の滲む顔をした神官長は、重いため息をついた。
「ご安心ください。別に貴女を連行しに来たわけではありません。
学園長に神殿からの手紙を届けに来たのです」
「手紙、ですか?」
「ええ。魔導祭で公演するという劇。
リリエル様ならお分かりでしょう?」
穏やかな、けれど確信をもった口調にドキリと心臓が跳ねる。
「ただの学生の劇です。
学園内に神殿の意向は及ばないはずですが」
わかってる。私だって、ちょっと――いや結構際どいなって思ってた。
それでも立て付け上は、神殿は政治にも勉学にも口を挟めない事になっている。
思わず眉にしわが寄る。
けれどこれくらいは許してほしい。
神官長のことは信じていた分、失望も大きかったのだ。
そんな私の態度に神官長が苦笑を漏らした。見たことのない表情だ。
これまでは――ローザ様について私に問いただす時ですら、穏やかな表情を崩さなかったのに。
「自分自身のせいとは言え、あからさまに警戒されると傷つきますね」
神官長は苦々しい顔のまま、周囲に誰もいないことを確認してから私に一歩近づき、声を潜めた。
「神殿への反抗もほどほどに。
……クロイツ令嬢の魔女疑惑が完全に無くなったわけではないのです。
リリエル様は言いがかりのように思っておいでかもしれませんが――」
「教義変更までしておいて、まだそんなことをおっしゃるんですね」
「――大神官様を甘く見ないほうが良いでしょう。あの方は厳格な光の代行者であり、それを守るためには手段を選びません。」
「手段を選ばないって……」
「異端審問」
静かな廊下に、彼の言葉が重く響く。
つまりは魔女裁判だ。歴史の教科書でしか見ないと思っていた言葉。
私はごくりと息を呑んだ。
「大神官様は政治力にも長けていることをお忘れなく。
教義変更も一時の対策に過ぎないかもしれません。
――お気をつけて」
神官長の目には嘘はない……ように、見える。
あの時、ローザ様を魔女として断じようとしていたのは神官長だったはずなのに。
(異端審問って……。いくら何でも、たかが学園の劇に対して大げさすぎない? 私がローザ様側についたから、牽制して脅しているだけよね……?)
神官長に一礼し、私は足早に渡り廊下を歩き出した。
◇◇◇
「うーん。これは、なかなか強く出たね」
学園長室。
殿下は渡された神殿からの要請書を机に投げ出すと、困ったような学園長に向かって面白そうに微笑んだ。
「――神殿はなんと?」
横に座るクラヴァ―ルが投げ出された羊皮紙を取り上げる。
「あの演劇を中止して、リリエルを神殿に寄こせってさ」
「――これは、これは。大神官様直々に勧告書、とは」
「まぁ、なかなか過激なセリフ回しみたいだからね。
さすがに放っておけなかったんだろう。
大神官は神官長と違ってかなり光原理主義だから」
「どうするおつもりで?」
「学園長は、どう思う?」
「――この劇は、もはや学園内外から大きな注目を集めております。
今更中止など――」
「うん、それに本来学園内の事に神殿は口出しが許されていないからね。
それを理由に突っぱねることはできるけど、まぁセリフに手を入れるあたりが落としどころかな」
「――それで納得するでしょうか」
「クロイツ家も絡んでいるからね。知ってる?クロイツ家が神殿に寄付している額を」
「――それならなぜ、神殿はクロイツ令嬢を――
いえ、出過ぎたことでした。申し訳ありません」
学園長がおずおずと口を挟むとジュリアンはふわりと微笑む。
「ローザリアは神殿の脅威だからね。
魔女というレッテルを張りさえしてしまえば、神殿に名分があるから――
今後もクロイツ家から搾取する方法はいくらでも作れる。
詳しくは言えないけれど、今の寄付も正直口止め料みたいなところがあるしね。
でも今、そのバランスが崩れつつある」
「――リリエルの恋人宣言」
クラヴァ―ルが静かに口を挟む。
「うん、そう。正直ここまでの熱狂につながるなんて誰も想像していなかったと思うけど。でもこれは使えるよ。神殿の権威は人々の認識で成り立っているから。王家としては、ここで一気に畳みかけたい」
「そうなる前に、大神官が何をするか――」
「そうだね。教義変更をした手前選べるカードが限られているからこそ、何をしでかすか注視する必要はあるね」
「より過激な方向に舵を切る可能性もありますね」
「その通り。とは言え表立って強引なことは出来ない。
それこそ民衆からどう見られるか、こそが神殿の命綱だからね。
結局のところは情報操作、が妥当かな」
「――遺跡関連も注意が必要ですね。火竜の存在に気づかれたら……」
「そこなんだよね。
あの断罪劇と教義変更で魔女疑惑はなくなったようで、まだ火種はくすぶってる。物語なんて、都合のいい事実と虚構をつなぎ合わせればいかようにも作れてしまうから。
学園長、これは陛下にも報告しておいてもらえるかい?」
「はい、承知いたしました。」
「リリエルはどうされるんですか」
「こちらの方が難しいね。
リリエルは久しぶりの聖女だから、正直慣例がないんだよ。
前の聖女の時代は、女性は学園に通わなかったしね」
「なるほど――
よく、学園預かりにできましたね」
「リリエルが聖女の仕事を嫌がっていたからね。
それならまずは学園で、ということで落ち着いた。
それすらも半分脅しみたいなものだったらしいけれど」
「――意外ですね。リリエルは聖女であろうと努力しているように見えますが」
「ふふ、でも光継祭に出ることが決まった時は少し諦めモードだったよ」
「なるほど。外堀を埋めたわけですか」
「まぁ、そうだね。彼女の人の好さと責任感に付け込んだ部分があるというのは否めないかな。でも、聖女の存在は神殿にとっても王家にとっても必要だから」
「―—そのあたりは複雑ですね。
下手をすれば神殿の権威ばかりが増える。」
「そう。だからこそ、これまで聖女は王家に嫁ぐことが多かったんだ。神殿と王家はお互いを監視し合いながらも長らく共犯関係でもあったからね。」
「なるほど――」
クラヴァールから納得したような、それでいて少しだけ呆れたようなため息が零れる。
ひとしきり裏の事情を語り終えたジュリアンは、トントン、と指先で軽く机を叩いて会話に区切りをつけた。
そして立ち上がると、いつもの爽やかな――それでいて、どこか楽しそうな笑みを浮かべる。
「それじゃあ、我々も動こうか」
「――何をなさるので」
「ひとまずは現場の確認、かな」
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