一つの舞台裏
本日、この後、夜に2話更新します!
そして練習が始まって数週間が経った。
「――お前、今日も走んのか。良く続くな」
「アルデン先輩こそ」
「俺は入学してからずっとやってんの」
――早朝の学園。
まだほとんど生徒がいない園内を、私はアルデン先輩と一緒に走っていた。
「ほら!腹筋!上半身がぶれてんぞ!」
「は、はい!!」
「おお、でかい声出るようになってきたじゃん」
そう。
あれから私は毎日走り込みをしている。
劇の規模の大きさにビビりまくって演劇部員に相談したら、張り切って私用の練習メニューを作ってくれたのだ。
走り込みに筋トレに発声練習に――
最初見た時は青ざめたけど、やってみると結構楽しい。
毎日続けると、自分の身体が変わっていくのがわかるから。
それに、発声もかなり良くなってきた気がする。
朝の清掃をしていた庭師のおじいさんが、私の横を通り過ぎる瞬間にバサリと箒を落とした。
「おお……リリエル様。朝陽を浴びて真珠のような汗を流されるそのお姿、まさに奇跡の具現……。今日も一日、健やかに生きていけそうですわい」
「あ、ありがとうございます?」
今日も聖女フィルターは絶好調だ。
横で淡々と走るアルデン先輩が、静かに笑いを堪えている。こっちにはフィルターは効いていないらしい。
「よし、じゃあ次はプランクか?」
「ちょっと、なんで先輩が私のメニュー覚えてんですか!
というか付き合ってくれなくていいですよ。
先輩には物足りないでしょ」
「いや、そんなことねぇよ。
負荷のかけ方なんていくらでもあるしな。
それに一人じゃ出来ねぇこともあんだろ。
ストレッチとか、正直こっちも助かってんだ」
「それならいいですけど――」
トレーニング初日に木陰で死にそうになっていた私を発見したアルデン先輩は、それから自分のトレーニングの時間を早めて私に付きあってくれている。
給水のタイミングとかストレッチとか、色々細かいことを教えてくれるから正直助かってはいるけど、ちょっと申し訳ない。
(――ほんと、いい人なんだよね)
出会った時の印象は最悪だったけど、こうしてよく知ってみると、面倒見のいい実直な人だとわかる。
「ほら、これ」
水筒が差し出される。アルデン先輩自作のスポーツドリンクだ。
ごくごくと飲み干すと、少しだけ言い出しにくそうに切り出された。
「――そういや、クロイツ令嬢は元気か」
「ん?ローザ様?」
不意に名前が出たことに首を傾げ、すぐに思い至る。
そうだ。あの断罪劇。
「元気ですよ、ものすごく」
私が何でもないように答えると、先輩の強張っていた肩の力がふっと抜けた。
「そうか。それなら、いいんだ」
「アルデン先輩は、あの時の事、なにか知ってるんですか?」
あの、どうにも不自然な言いがかり。
クラヴァ―ル先輩はともかく、アルデン先輩のガヤは本当に下手糞だった。
「――悪いな。殿下に聞いてくれ」
「それが、中々お会いする機会がないんですよねぇ」
「そういう流れってあるよな。
俺は正直、あれ以来お前とも疎遠になるんじゃねぇかと思ってたから――
トレーニング中のお前を見つけた時は正直ほっとしたんだ」
「――そうだったんだ」
私と疎遠になりたくないと思ってくれていたのか。
それは、ちょっと嬉しいかも。
もしかして、トレーニングに付き合ってくれているのはちょっとした罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
「まぁ、殿下の事を悪く思わないでくれよ。
――色々、あんだ。」
「まぁ――はい。事情があるんだろうと思ってはいます」
「ほんとか?」
「まぁ、今はどちらかというと神殿を恨んでるんで」
「おまっ……!ちょっ……!」
「誰もいないから大丈夫ですって」
「……おまえ、なんかキャラ変わったか?」
「いえ、私はずっとこんなです」
「いや、たしかに……まぁ、そうか」
「ふふ」
あの時は、ローザ様と二人で世界を敵に回す覚悟もあったのに。
意外にも、世界は私に優しいらしい。
(いや、この程度で優しいって思っちゃうんだからやっぱハードモードだったのかも)
「アルデン先輩は、殿下とはお会いしてるんですか?」
「ん?ああ。護衛だからな。
殿下が謹慎中こっそり街に繰り出すときなんかは――っと」
「大丈夫、誰にも言いませんから。
殿下は、街に視察に?」
「まぁ、そうだな。
はやりの劇も見に行ったな」
「ええええ!??殿下が!??白百合の誓いを!??
というか、じゃあアルデン先輩も!???」」
「おう。なかなか面白かったぞ。
そもそもあの劇は――
っと、悪い、これ以上は言えねぇ」
「………?」
ばつが悪そうに口をつぐんだ先輩は、パンッと手を叩いて誤魔化した。
「まあ、お前たちの劇も楽しみにしてる。
ほら!続きやるぞ!次は発声練習か?」
「は、はい!!」
(――アルデン先輩、何を言おうとしたんだろ)
朝のトレーニングを終え、寮で汗を流してから教室へ向かう道すがら、私はアルデン先輩の言葉を反芻していた。
もしかして、あの劇が市中で爆発的に流行ったのって、自然発生じゃないってこと?
『ふふ、光栄ですわ。ですが、あの場での出来事は学園内の限られた者しか知らないはずでしたのに。一体どなたが吹聴したのかしら?』
『さて?一体どこから洩れたのやら』
白百合の間での、陛下とローザ様の会話が脳裏に浮かぶ。
それにローザ様は、殿下が神殿に対する方針を変えたと言っていた。
そこから導かれる答えは一つだ。
でも。
(やっぱり何か――私は何かを見逃してる気がする)
昼休み、遠くの廊下を歩く殿下の姿を見かけたけれど、周囲に完璧な王子様の笑顔を振りまきながら魔導祭の事務処理をこなすその姿は、以前よりもずっと遠く感じられた。
◇◇◇
「……えーーっと。なに?これ」
放課後の講堂。私の絞り出すような声は、演劇部員たちの鼻息荒い熱気に霧散した。
目の前には、仰々しく広げられた数枚の衣装。
「もちろん、練習用の衣装ですわ!!演劇部で古くなったものをリメイクしましたの!」
「いやほぼ新品でしょこれ」
恐る恐る手に取ったドレスは、明らかに新しい艶のあるシルクが重ねられていて、上半身にはびっしりとスパンコールが縫い付けられている。
「ダメでしょ、予算外の事しちゃ」
「リメイクの材料は私物ですから何の問題もありませんわ!
リリエル様、役になり切るにはまずは形から!
騎士が囚われの姫を救い出し、永遠の誓いを立てる……この最高潮の盛り上がりに、制服では魂が入りませんわ!」
演劇部の部長が、眼鏡をキラリと光らせて言い放つ。
後ろには、そうだそうだ、とばかりに頷く部員たち。
なんでそんなに前のめりなの。
「魂云々の前に、私の正気がログアウトしそうなんだけど……」
「ログ……?」
「ごめん何でもない!!」
――そんなこんなで抵抗虚しく、あれよあれよという間に更衣室へ押し込まれた。
そして数十分後。
「きゃあああああああああああああああ!!」
講堂を揺るがすような凄まじい悲鳴に、私は思わず肩をビクつかせた。
「あらリリィ、素敵よ」
目の前で紅玉の瞳を細めるローザ様は、漆黒の衣装に身を包み、あまりにも――あまりにも闇の帝王すぎた。
対する私は、光を反射して発光せんばかりの純白のドレスに包まれた、どこかの国の花嫁(ちゃっかり髪まで美しく結い上げられている)である。
(いやでも確かに……これは魂こもっちゃうかも……)
なんて感心したのも束の間。
「尊い……っ!」と次々に床へ崩れ落ちていく部員たちを見て、私の正気は今度こそ完全にログアウトした。




