舞台、決まる
――王立学園の初夏は、「魔導祭」の準備とともに始まる。
魔導祭は、建国と魔導の恩恵を祝う学園最大の行事だ。
各クラスや研究班がこぞって魔法を使った出し物や展示を行い、一般の貴族や民衆にも一部が開放される、いわゆる学園祭みたいなもの。
あの断罪劇から一ヶ月。日差しが少しずつ強くなり始めた学園は今、一年で最も浮かれた空気に包まれていた。
「さて、今年の魔導祭ですが、我がクラスの出し物を決めたいと思いますわ!」
ホームルームの時間。黒板の前に立ったクラス委員の声に、女子生徒たちが一斉に目を輝かせた。
「わたくし、提案がありますの! 今年は絶対に『演劇』にするべきですわ!」
「ええ、賛成です! それも、困難を乗り越えた『真実の愛』をテーマにしたものがよろしくてよ!」
(……嫌な予感しかしない)
自分の席で身を小さくしている私の耳に、次々と熱を帯びた声が飛び込んでくる。
「それなら、『亡国の騎士と囚われの姫君』はどうかしら?」
「少しセリフが難解ですけれど……今ならいいかもしれませんわね!」
(身分違いの姫と騎士が結ばれる古典ね。
というか、”今ならいい”って、もしかして……)
「まぁぁ!市中で流行っている劇の原型ですわね?さすがですわ!」
(やっぱり!?)
ローザ様が言っていた古典はこれの事だったか……。
まぁ、なんとなくそんな気はしてたけど。
身分を超えた真実の愛は、いつでも最高のエンターテイメントらしい。
「では、演目は『亡国の騎士と囚われの姫君』で決定ということで。次は、配役ですが……」
クラス委員が興奮を抑えきれない声で問いかけた瞬間、教室中から悲鳴のような歓声が上がった。
「決まっておりますわ! 闇を抱えた騎士役がローザリア様で、光の姫役がリリエル様しかありえません!」
「衣装はどうする!? ローザリア様の騎士服、絶対に軍服風がいいわ!」
「リリエル様のドレスは、出来る限り光を反射する織のシルクを使いましょう……あぁ、想像しただけで尊い……!」
バンッ!!
その時、勢いよく教室のドアが開け放たれた。
「お待ちなさい! その歴史的な神企画、あなたたちのクラスだけで独占するおつもり!?」
息を切らした他クラスの生徒たちが、なぜか目をギラギラさせて雪崩れ込んでくる。
「演出はどうするおつもり!?台本を書ける人材はそちらのクラスにいらっしゃるのかしら!??」
「うちのクラスは楽器に秀でた者が多いのよ!演奏は任せて頂戴!」
「素材はどうするのかしら!?衣装を任せてくださるなら、わがクラスが責任をもって仕入れますわよ!!」
――そうだった。クラスごとに得意分野が違うんだった。
いやそれはいいんだけど。
「ねぇ、私、演技なんてやったことな――」
「じゃあもう、一年生全員の合同演目ということで学年委員会に申請を出しますわね!」
慌てて立ち上がり抵抗を試みるものの、私の声は熱狂の渦に完全にかき消されている。
「舞台装置の予算はいくら引けるかしら!?」
「あの、いくら装置が良くても演技が――」
「世界を敵に回してでも君を守る――なんて、お二人のための台詞のようですわ……!」
誰も、私の話なんて聞いていない。
熱に浮かされたような多数決が瞬く間に採られ、あれよあれよという間に、私とローザ様の主演による「一年生の得意分野を総動員した特大プロジェクト」が決定してしまった。
(……デジャブ感がすごい……)
あの日、悪役令嬢の断罪イベントを乗り越えて、ゲームは終わったはずだった。
ゲームをぶち壊したことによる制裁みたいなものもなくて、普通の生活が待っているはずだったのに。
なのに、個人の意思を一切無視して、有無を言わさず一つの結末へと押し流されていくこの感じ。
(まるで強制力じゃない?なんなのこれ!?百合ルート!????やだ、生成したの、私じゃない!!)
――そう。身分を超えた愛は、どんな時代も最高のエンターテイメント。
そこに性別と神殿の教義まで超えたんだから、そりゃぁ盛り上がるよね。
(自業自得かぁ。わぁん!)
――自分で自分のツッコみに笑えなくて、情けなくも脱力した。
◇
昼休み。 喧騒に包まれた学生食堂の隅の席で、私は出された紅茶にも口をつけず、テーブルに突っ伏していた。
先ほどのホームルームでの大騒ぎは、瞬く間に学園中に知れ渡ったらしい。少し離れた席からチラチラとこちらを窺い、頬を染めてひそひそと囁き合う令嬢たちの視線が痛い。
完全に「尊い二人」を観察する目になっている。
「やぁねぇ、リリィ。どうしたの? そんなに憔悴して」
向かいに座る声の主に、私はげっそりとした顔を上げた。
「いや、どうしたのじゃなくて……」
「ふふ、劇の事? 楽しみじゃないの?」
「いやなんか……嫌な流れだなぁって。完全に周りのペースに巻き込まれてるし」
「そう? 平和じゃない」
(そうだった! ローザ様、百合設定を楽しんでる人だった!!)
周囲の熱視線などまったく意に介する様子もなく、ローザ様はソーサーを持ち上げ、優雅に紅茶の香りを嗜んでいる。
「――リリィはいろんなこと気にしすぎよ」
「でも――」
「ふふ、人はね、見たいように物事を見るものよ」
「――え?」
ティーカップを置いたローザ様は、どこか遠くを見るような、静かな微笑みを浮かべた。
「別に、それだけの事よ。でも、それが誰かを陥れるような悪意のあるものじゃないなら、別にいいじゃない」
――そうだ。
ローザ様は、もう少しで”魔女”にされるところだったんだ。
あれもまた、ひとつの物語だった。
神殿にとって都合のいいだけの、残酷な物語。
それを思えば、お嬢様たちの他愛のない妄想劇など、平和そのものだ。
「私は、楽しみだわ。リリィを守る騎士役」
「まぁ……私だってちょっとは楽しみだけど」
さっきから強制力とか色々言っていたけれど、でもその実、初めて何も気にしないで参加できるイベントなのだ。
「じゃ、練習頑張りましょ?きゃぁきゃぁ言われてなんぼよ」
「―—ごめんやっぱそこまでは割り切れない」
「ふふふ」
結局、どこに行っても熱い視線は消えることはなくて。
(なんだか前よりも酷くなってる気がするわ)
――暑い夏になりそうだ、なんて。
そんないかにもゲームのプロローグみたいなことを、想った。




