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転生聖女の幸福譚〜よくある断罪劇をぶち壊したら、悪役令嬢との疑似百合ルートを生成してしまったようです~  作者: 白野真白
2幕

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ジュリアンとローザリア②

 あの日、王宮の魔術訓練場には、私と護衛の騎士たち、そして見学に訪れていたローザリアの姿があった。


 十歳を迎えた彼女の魔力はすでに王宮の魔導師たちすら舌を巻くほどに成長していたけれど、その日の彼女もいつものように、どこか退屈そうに大人たちの訓練を眺めているだけだった。



 ――何の前触れもなかった。

 なぜ彼女が突然あんなことをしたのかは未だにわからない。

 天才の遊びの延長だったのか、あるいは何らかの意図があったのか。


 ただ不意に、彼女を中心に、火、水、風、土の四属性が異常な密度で顕現したのだ。


 図書室で見せたような、指先のささやかなお遊びなどではない。

 相反する巨大な魔力が絡み合い、反発し、空が裂けるような轟音が響き渡る。空気がびりびりと震え、地面が脈打った。


 彼女を中心に、属性の衝突によって生じた雷と嵐が交じり合い、訓練場に敷かれていた強固な魔法陣が、硝子細工のようにあっけなく砕け散る。


 理解の範疇を超えた、理不尽とも言えるほどの圧倒的な暴力。


 私が図書室で見ていた「便利な火消しの闇」など、彼女の底知れなさのほんの上澄みでしかなかったのだ。



 自分が彼女の手綱を握れるなどという全能感は、一瞬にして消し飛んだ。自分が積み上げてきた価値が、砂の城のように崩れ去る音がした。



「殿下、お下がりください!」


 大人たちが悲鳴を上げ、後ずさる。

 私を守るべき護衛の騎士すら、本能的な恐怖に顔を引きつらせて凍りついていた。


 私も同じだった。足の裏から這い上がるような純粋な恐怖に膝が震え、呼吸の仕方すら忘れていた。

 近づけば死ぬ。頭の中で警鐘が鳴り響いていた。


 けれど。


 暴走する力の中心で、ローザリアはいつも通りの無表情だった。

 彼女自身にも制御できないほどの力が、彼女の小さな体を引き裂こうとしている。

 それなのに、それすらもただの観察対象だとでもいうような、ひどく無機質な佇まい。



 それは王太子としての矜持だったのか。それとも、「彼女の隣にいられるのは私だけだ」というちっぽけな自尊心の残骸が、恐怖に震える私の背中を押したのか。



 ――私は、一歩を踏み出していた。



 制御を失った四属性の暴走が、巨大な炎と土砂のうねりとなって、一直線に私へと牙を剥いた。

 死を覚悟したその時。吹き荒れる嵐の中で、不意に、彼女の紅い瞳が私を捉えた。



 ――目が、合った。

 わずかに驚いたような瞳。

 そんな表情は、初めてだった。


(私を、見ている)


 場にそぐわない感情が湧きあがった、次の瞬間だった。

 彼女が私に向かって手を伸ばしたかと思うと、その掌から、夜の底をそのまま引きずり出したような、巨大で圧倒的な『闇』が溢れ出したのだ。


 純粋で濃密な、絶対的な虚無。

 それが、私にぶつかる寸前だった奔流を一瞬にして包み込み――轟音ごと、すべてを「吸い込んで」消滅させた。


 世界が白黒に反転したかのような錯覚。

 嵐が嘘のように消え去り、耳鳴りがするほどの静寂が降りた。


 莫大な魔力を急激に操作した反動か、ローザリアがふっと崩れ落ちる。

 瞼が閉じる刹那のあの紅い瞳の光を、私は生涯忘れることはないだろう。



 事件の後、大人たちは口々に彼女を恐れた。

「あれは危険だ」

「殿下、あの子に近づいてはいけません」

「あんな恐ろしい力を持つ娘は、恐れるべきです」



 彼らの言葉は正しかった。真っ当な大人の、正しい現実だったと思う。

 もちろん、ローザリアの代わりに「学友」ひいては婚約者の立場を自分の娘に、という大人たちの打算も隠れていただろうけれど。


 けれど、私は大人たちのそういった”正しさ”を押し付けられる度に、胸の奥で密やかな優越感を抱いていた。



 ――あんな化け物のような力を見ても、逃げ出さず一歩を踏み出したのは、私だけだ。

 彼女は暴走の苦痛の中で、私だけを見ていた。私を巻き込まないために、自らを傷つけてまであの闇を解き放ったのだ。


 暴走を止めたのは、私と彼女の間にある『絆』だ――。


 直前に砕け散ったちっぽけな全能感は、世界で私だけがあの時の秘密を共有しているという、より強固で絶対的な絆への確信へと変わっていた。



 大人たちが彼女を恐れ、遠ざけるほどに。

 あの恐怖を知ってもなお彼女の隣に立てるのは私だけなのだという自負が、熱を帯びて確固たるものになっていく。


 これからは、いやこれからも、私が彼女の唯一の理解者として、隣に立ち続けるのだ。


 あの時の私は、微塵の疑いもなくそう信じていた。



 ――だが、それは残酷なほど一人よがりな錯覚だった。



 一週間後、高熱から目を覚ました彼女は、まるで生まれ変わったように完璧な淑女として振る舞い始め……静かに私から距離を置くようになったのだ。


 あの日が、私たちを繋ぐ絶対的な絆の始まりなどではなく――。

 終わりの見えない、決定的なすれ違いの始まりだったと気づくのは、もう少し後のことだ。




 ――コン、と。

 窓ガラスを叩く小鳥の羽音で、唐突に意識が浮上した。


 焦点のぼやけていた視界がクリアになり、再び王宮の静かな庭園を映し出す。深い緑の茂みはただ風に揺れているだけで、そこには当然、泥まみれで遊ぶ幼い彼女の姿などない。


 無意識のうちに窓枠を握りしめていた手を、ゆっくりと離した。掌には、じっとりとした冷たい汗が滲んでいる。


 いつの間にか、クラヴァールは部屋から退出していたらしい。


「……私は、何を感傷に浸っているんだろうな」


 誰に聞かせるわけでもない、自嘲気味な声が落ちた。


 あの魔力暴走の日から、私の中で育っていった「彼女を安全な世界に繋ぎ止めるのは、私だけだ」という使命感。


 あの時とは形は違うけれど――いまだ私の中に、それは強固に存在している。


(今回はあっさりリリエルが守ってしまったけれど。いや、あっさり、なんて言ったら怒られるかな)


 

 リリエルの予想外のセリフに、神官たちの反応。


 『ど、どうしたんだい、リリエル』


 思わず漏れた動揺が、自分のことなのに、見ていたかのように思い出せる。


 あの時は、私が私として出来る精一杯のことはやったつもりだ。後悔はない。


 でも。



(―—あれは、カッコ悪かったな)


 いや、あれだけじゃないか。


 

 また、チリリと胸が焦げ付くような痛みが襲う。

 この胸の奥底で燻り続けている、得体の知れない熱と痛みの正体を、今の私はまだ、正確な言葉にできずにいた。


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