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## 彼らは、彼を人殺しだと言った。彼は、彼らから目を逸らした。

「……、」

「……あら」

 俯きがちに家の廊下を歩いていると、よりによって祖母にばったり遭遇した。

「なぜこんな人殺しが、この家を我が物顔で闊歩しているのよ……本当に嘆かわしいわ」

 オーバーに額に手を当てて、祖母はそう言う。

「……」

「何か言ったらどうなの⁉ あなたは人殺しなのですからね、私たちにどれだけ謝罪しても足りないようなことをしたのですよ‼」

「……すみません」

「人殺しが喋るな! その声を聞くだけで寒気がするわ‼」

 どっちなんだ、と言いたくなるが、黙って耐える。

 頭を微かに下げて、祖母の傍を通り抜けよう、とした時——

「っ、」

「……チッ」

 突然祖母が足を出し、俺の足を引っかけて転ばせようとしたので、慣れていた俺はぎりぎりで持ちこたえる。

 すると祖母は、思わずと言ったように舌打ちをした。

「生意気……!」

 怒りに満ちた声を上げる祖母を後目に、俺は今度こそ通り抜け、階段を上がって自室に戻った。


「っぅ、はぁ……」

 脇腹の痣が、じくじくと痛む。

 これは、12歳の時に祖父母、父、今の母につけられた傷だ。

 何か道具を使ったのか、4年経った今でも非常に痛む。

 時間が経つうちに消えていくかと思いきや、今も色濃く残っている。

「はぁ、っふ、ふぅ、ふぅ……」

 深呼吸をして、痛みをこらえる。

 そして痛みがある程度収まると、俺は本を本棚から適当に取り出して、読み始めた。


 気が付いて時計を見れば、もう夜の9時だった。

 今はまだ寝てはいないだろうから、まだ読めるだろう。

 けれど、成績が落ちればまた執拗に詰られるので、俺はふ、と息をついて、勉強用具を広げた。


「……11時半、か……」

 なら、そういうところで健康的な俺の家族は、皆寝ているだろう。

 重い腰を上げ、俺はお風呂の支度をした。


 そっと階段を下りて、誰もいないことを確認する。

 真っ暗で、無音で、誰の気配もしない。

 無意識にほっと安心して、俺はお風呂に向かう。

 ——その時。

「……(またた)、」

「っ⁉」

 びくんと体をこわばらせて、俺は声のした方に向く。

「っ父、さん」

 それは、眠たげに目をこする、父だった。

 ……祖父母や母よりはマシだ。この人はただ、祖父母が怖いだけなのだから。

「……」

 気まずくて、俺は黙り込む。

 すると、父はゆっくりとこちらに向かってきた。

「……瞬。ごめん、ごめんな……ごめんなぁ……こんな情けない親父でさぁ……お前を、守れなくて……亜紀(あき)が死んだのを、お前のせいにしてよぉ……」

 ……なん、なんだ。

 こんなこと、父は言わない。無駄にプライドが高い父は、自分より明らかに立場が低い俺に、謝りなんてしないだろう。

 ……寝ぼけているだけか。

 途端に冷めて来て、俺は父から目を離して、お風呂に向かった。

「瞬、……待て、待ってくれ……俺はお前に、謝りたかっただけで……」

 その声を無視して、俺はそのまま進み続けた。


 ……今更謝られたって、信じられるわけないだろ。

 俺は、父に対してそう思いながら湯舟につかる。

 俺は、母の命を犠牲にして生まれたらしい。

 母はもともと体が弱かったから、祖父母も父も俺をおろそうと母に推奨していたそうだ。

 けれど、母は俺を産む決断をした。

 祖父は言っていた。

『亜紀は、お前を産んだとしても、生きようとしていた!』と。

 ……そんなの、知らない。俺が、たまたま母のもとに生まれただけ。

 母が、たまたま体が弱くて。たまたま、俺を産むという決意をしただけ。

 それなのに。

 祖父母も、父も、物心ついた時から俺を罵倒していた。毎日のように。

 ……「人殺し」と。

 俺は、人を殺した感覚なんてない。

 俺はただ、母から生まれただけなのに。

 ……そこまで考えて、俺は思考を打ち切る。

 そんなことを今更考えたって、しょうがない。

 そして、俺は首までとっぷりと浸かり、目をつむった。

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