## 黄昏のような笑みを、無邪気に彼女は浮かべた。赤い顔を、見せないために彼は後ろを向いた。
「本……多、さん……?」
「……っあ、橘山、くん……」
5秒くらい見つめ合って、俺たちはようやく言葉を零した。
しかしそのまま、名前を呼ぶだけ。また口をぱくんと閉ざし、固まり合う。
「……えーと? 春耶ちゃん、知り合い……?」
「へっ、あ、そうです……クラスメイト、です」
バイトの先輩らしい女の人に聞かれ、本多さんは硬直から一足先に抜け出しそう答えた。
それに続いて、俺も硬直から抜け出す。
「……本多、さん……バイト、してたの……?」
「……う、ん。ちょっと……ね」
どこか後ろめたそうに、本多さんは言葉を濁す。
気まずくなって、俺たちは互いに視線を逸らした。
その横でなぜか楽しそうに、俺たちをニヤニヤ見つめる本多さんの先輩。
「春耶ちゃん、私ここやっとくから。ごゆっくり~」
「へっ⁉ い、いや、」
「ほらー、後ろ人詰まってるから。早く早く」
……何がごゆっくり……?
そんな疑問が浮き上がったが、ほらほらと本多さんの先輩に押し出される。
俺たちは顔を見合わせ、肩をすくめた。
「「……」」
……気まずい。
あの、賤公で初めて会った時みたいだ。
「……あの、さ……」
本多さんが口を開き、この気まずい空気を壊してくれる。
……俺には無理な芸当だ。
「……何?」
「あ、えっと、……橘山くんのおうち、この近く?」
鈴のような声と共に、純白の吐息が、本多さんの口からふわりと広がった。
「……そう、だよ。あのマンション」
俺が自宅を指さすと、その指をたどって本多さんのきらきらとした瞳が動く。
そしてそのマンションをとらえると、彼女の瞳はきらりとさらに輝いた。
「あそこなの⁉ わたし、あっちの……あの、白い一軒家。めっちゃ近いじゃん……!」
「……あれ、そうなの? じゃあ、もしかしたら会ってたかもね」
「そうだねー!」
にこにこ、やはり黄昏のような可愛らしい笑顔を浮かべて、本多さんは子供のように無邪気に俺を見つめる。
その瞳が眩しすぎて、思わず視線を逸らした。
「もー、さなちゃんがごめんね? バイトの先輩なんだけど、ちょっとみーはー? でさー」
「……さなちゃん?」
「あ、紗苗ちゃんね。あだ名あだ名」
「……あぁ」
そういうことか、とぼそっと呟く。
「ねぇねぇ、橘山くんってきょうだいいる?」
「……いや。……本多さんはいるの?」
「うん、いるよー。弟が1人。小学6年生なんだけどね、すっごく大人びててモテるの! 自慢の弟だよー。完璧なの! ほんとに!」
「……あぁ……そう、なんだ……」
若干引き気味で、俺は相槌を打つ。……この人、ブラコ……うん。
「あ、言っとくけどわたし別にブラコンじゃないからね?」
「……」
そうだろ。
「あ。それ、そうだろって思った顔でしょ?」
本多さんはそう言って、少しむっとしたような顔で、ずいっと俺の顔を覗き込む。
……ちょ、近い……っ⁉
ぶわ、と顔が瞬時に熱くなって、俺はばっと顔を背けた。
「……? どうしたの? あ、笑った? 笑ったな? わたしブラコンじゃないよ? ……あれ、耳赤いけど大丈夫?」
背中の奥から鈴のような声を奏でる彼女の顔を見られなくて、俺は意地を張って首がもげるほどに顔を背ける。
澄んだ明るい冬の昼。
俺たちの声が、青く高い空にしゃら、と響き続けていた。




