## 一緒に行こうよと、彼女は笑った。一緒に帰ろうぜと、彼は笑った。
「……行ってきます」
ぼそっと、小さな声で呟く。
しかし、返ってきた音はしん、とした沈黙の音だけだった。
俺はふ、と気だるげに息を吐き、扉を開けて学校へと向かった。
「あ」
若干俯きがちに、目を長い前髪で隠しながら通学路を歩く。
すると、鈴が転がるような、涼やかで澄んだ声が聞こえた。
ふっと見ると、それは——本多さん、だった。
「橘山、くん」
「……なに」
内心とても狼狽しながら、素っ気なくそう返事をすると、にこーっと黄昏のような笑顔を、本多さんは浮かべた。
「また会ったね! おはよう、今日もあそこ行くの?」
「……え、あ……う、ん。行く、けど……」
「そうなんだぁ! あ、じゃあさ、一緒に行く⁉」
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………………………は?
この人……何言ってんの……?
「あっ、嫌なら別にいいんだよ⁉ でもさ、せっかく一緒のとこ行くんだし……」
もじもじと指を絡めさせ、本多さんは頬にピンクを散らしながらそう言う。
「え、……別に、いいけど……」
えっちょっ、俺何言ってんの?
気づいた時にはもう、俺はそう言っていて。
取り消そうにも、もう手遅れのようで。
本多さんは、黄昏の光を宿した瞳を煌めかせ、にこっと笑った。
「おいおいおいおい……! 瞬、本多に何したんだよ……!」
「え。別に何もしてないけど」
教室に着き、いつものように自席で静かに読書に浸っていると、俺の唯一の友人、木崎和也が声をかけてきた。
「いやいや、本多と一緒に話してたじゃねぇか門の前で……! うらやましいったらありゃしねぇ……!」
「……いや、ハンカチ落としたのを拾ってもらっただけだよ」
「……おぉ……女子力たけぇな。ハンカチ持ってるとか」
「……え、普通じゃないの?」
ハンカチは必需品だろう。
「……。まあいいや、というかそれマジか? マジでハンカチ拾ってもらったのか?」
「……。うん」
「その変な間なんだ」
和也の疑念の目に耐えられず、俺は思わずふいっと窓の外の方に視線を逃がす。
「あっ、目ぇ逸らした! やましいことあんだろ!」
「……ないよ」
「……マジでか? マジでないんだよな?」
バカだな……。
和也はバカだ。そしてオタクで一言多いため、女子には非常に嫌われている。
まあ、深く接してみたら根はいいやつなんだけど。
「マジで」
「、そう、か。ならよかったが……ただ! ハンカチを落として、それを拾ってくれたのが本多という事実がうらやましい! というか本多と話してたのうらやましい!」
「……」
行きつけの公園が同じで、一緒に帰る約束をしましたなんて絶対言えない。
言ったら間違いなく発狂するこいつ。
そんなことをしていると予鈴が鳴ったので、和也も自席へと戻って行った。
俺が帰る用意をしていると、和也が俺に向かってきた。
「瞬ー、帰ろうぜ」
「ごめん、今日は無理」
「えー、なんでだよー」
……本多さんと帰るから。
さすがにそんなことは言えず、もごもごと言葉を濁す。
「……まあ、家に早く帰らないといけないから……」
「……家に? 親父さんに呼ばれてんの? ……祖父母?」
「いや」
和也にだけは、俺の家庭のことを伝えている。
話した時、和也は拒絶どころか真摯に受け止めてくれ、なんと自分の家庭環境までも話してくれた。
絶対に話したくないことだったろうに、俺のために言ってくれたことで、俺と和也はずっと一緒にいるようになった。
「そっかー。ならよかった。あっ、つーか俺塾だ! 早く帰んねーと! 瞬、またな!」
「うん、また」
和也はそう手を振り、教室を飛び出していった。
「橘山くん、帰ろっか」
「……そう、だね」
おざなりに返事して、俺は本多さんからわずかに後ろを歩く。
その黄昏の笑顔が眩しくて、俺はすっと目を逸らした。
「、え?」
「……え、何……?」
賤公に着き、俺がいつもの場所に腰を下ろすと、本多さんはなぜか戸惑ったような澄んだ鈴の声を奏でた。
「えっ、そこわたしが座るところだよ?」
「……え、俺いつもここ。本多さん、こっち座れば?」
「いやいや、橘山くんこそこっち座りなよ。そこわたしが座るから」
「いや、俺はもう座ったから、本多さんがこっち座りなよ」
「ええ? ここわたしの場所だよ?」
「俺の場所だよ」
「わたしだよ」
「俺だよ」
「わたし!」
「俺」
「わたしだってば!」
「俺なんだって」
「わたしのとこ!」
「俺のとこだよ」
「もーどいてーそこわたしの場所なの!」
「いや、ここ俺の場所だからどかないよ」
「わたしの場所なの!」
「俺の場所」
「わたしの!」
「俺の」
「「わたし(俺)の!」」
ぶはっと、本多さんが噴き出す。俺も笑いがこみあげて来て、ぷっと噴き出した。
そのまま、俺たちはお腹を抱えて爆笑した。
その笑い声は、黄昏の空に溶けて消えていった。




