## わたしを凍り付かせる言葉を、彼は言った。瞳の奥を凍り付かせて、彼は黙った。
それは、いつもの放課後だった。
いつも疲れる学校の授業が全て終わり、いつものように家にはまっすぐ帰らず公園に寄る。
その公園を見つけたのは中学一年生の頃だ。学校で疲れて、でも家に帰っても疲れるから、帰りたくないなって思った時にふらりと立ち寄ったのがこの公園だった。
公園の名前は「賤羅公園」と言い、わたしは勝手に賤公と略している。その名の通り、ここに誰かが来たり誰かが近くを通ったりなんてことは全く見たことがない。それが心地よくて、わたしはそれからずっと放課後に通っている。
そして今日も今日とて冒頭で言ったように賤公に行く。
そこまでは、いつもの放課後だった。
しかし、そこからいつもの放課後とは違った。
「——わっ……⁉」
「っ⁉」
いつもは誰一人いないベンチに誰かがいたので、わたしは思わず大声を出してしまう。
その誰かは、びくっと肩を揺らしわたしを見た。
……え? この人……クラスの、子……なんだ、けど……。
「あ……もしかして、橘山、くん?」
慌ててニコリと微笑みながら、問う。……同じクラスの子が、こんなところにいるなんて……。
橘山くんは、いつも静かでクールだ。
物憂げな綺麗な横顔と、長い睫毛が影を落とす切れ長の瞳。細身で背が高くて、色白で、成績がとてもよくて頭がいい。同じクラスの女の子たちが、「橘山くんいいよねー!」って騒いでた。
「……本多、さん……」
至極驚いたような顔で、橘山くんがそうわたしの名前を呼ぶ。
彼の声は澄んでいて、透明感のある低い声だ。静謐な森の湖面のような、落ち着きのある大人っぽい声で、彼がたまに声を出したときは、女の子たちが「きゃー!」と叫んでた。ちなみにわたしの親友・ちーちゃん(千歳ちゃん)も。
わたしはニコッと笑い、橘山くんに話し掛ける。
「橘山くんも、ここ知ってたんだね。やっぱりここいいよねー」
「……、うん」
「橘山くんっていつからここにいるの?」
笑みを絶やさないようにしながら、私は橘山くんとの会話を続ける。
「……小二の、初め頃」
……はっや。
「えっ、早! わたし中一の時だよ」
……橘山くん、全然笑わないしあんまり喋んないな……。
喋るのあんまり好きじゃないのかな、なんて考えた時。
その彼の口からこぼれた予想外の言葉が、わたしを凍り付かせた。
「……なんでそんなに笑うの」
「え?」
「……ずっと笑ってるけど、さ」
気まずそうに橘山くんが言う。
……え……?
ちーちゃんにも、バレてないのに。
なん、で……?
この笑顔が、嘘だって……バレた?
「……俺まずいこと、言った?」
橘山くんはさらに気まずそうに呟く。
……あ、……気、遣わせちゃった。
「……あ、大丈、夫……だよ。まずくない」
「……、そう。……ねぇ、本多さん」
「、ん? どうしたの」
笑顔を取り繕い、また橘山くんに目を向ける。
彼はふ、と嘆息し、わたしから目を逸らして言った。
「……、本多さんって、さ。……俺と、同じで……家、まっすぐ帰りたくなくて、いつもこの公園来てる?」
「へっ」
わたしは思わず変な声を出し、ぽかんと口を開けた。
……なんで……。っていうか、同じ?
「……え、俺と“同じ”でって……橘山くん、も?」
「……。そう、だよ」
「……あ……そう、なんだ……」
それっきり、わたしたちは黙り込んでしまった。
「……あ、わたし、もう行かなきゃ……」
二人して黙り込んでから結構経った時、気まずい気持ちを抱えながら声を出す。
ぱっと橘山くんがわたしを見たので、少し驚く。
……あ、わたし……笑顔、忘れてる。
「……そう。じゃあ、……また、会ったら」
なのに、橘山くんは素っ気なく呟いて。
わたしはうん、と頷いて、ぎこちなく笑って公園から出た。
そしてわたしは、頭を真っ白にしながらとにかく足を動かした。
「っふぅー」
鏡を取り出して、口角を上げる。
いつも家のドアを開ける前にする、笑顔の練習。
「、ただいまー!」
「あっ、姉ちゃん! おかえり」
ニッと弟の澄耶がわたしを迎えてくれる。
澄耶はまだ小6だけど、全然友達と遊ばずにわたしのお手伝いをしてくれるんだ。
「お母さん、ただいま」
「……あぁ、春ちゃん……。おかえりなさい……」
「うん。ただいま……あ、お母さん何かいる? お腹、減ってる?」
「……いいえ、有弘さんが作ってくれたから……。有弘さん、ありがとうねぇ」
「、お母……さん。お父さんは……もう、いないよ。作ってくれたのは、澄耶だよ」
「あぁ、そうねぇ。有弘さん、ありがとうね」
「……」
ふ、と瞳を翳らせ、澄耶が視線を一瞬床に落とす。
その瞳が、澄耶だとは思えないほど——そう、お父さんみたいに凍てつくように冷えていて。わたしは思わず、くっと息を呑んだ。
しかし、澄耶はぱっとすぐに顔を上げ、綺麗に笑った。
その微笑みは、綺麗すぎて——わたしには、澄耶が人形みたいに見えた。
「ちょっと母さん、俺澄耶だよ。親父じゃないよ」
「ええ、そうね。有弘さん……」
ぎゅっとわたしは拳を握って、さっき扉の前で練習した笑顔を張り付ける。
「お母さん、それよりもう6時だよ。一緒にお散歩行こ」
一瞬。
一瞬だけ澄耶が瞳の奥に見せた、小6男子とは思えないほどに冷え切った昏い光だけが、気がかりで。
行くときに澄耶を盗み見たけれど、もう彼はいつも通りの、優しい笑顔を浮かべていた。
「行ってらっしゃい、母さん、姉ちゃん」




