[二部九章]従者の語らい(前編)
たいとるどーり。
『なー、お前、正直なところどうしたいわけ?』
なんとなぁく、で寿邸と入り口が繋げられたバーのカウンターに座りながら、僕は駄犬‥‥‥‥ノワールへと語りかける。
「と、言いますと?」
すっとぼけるような表情で、本当にすっとぼけるノワール。
‥‥‥‥‥こんの鉄面皮。いつかあのひっどい瞬間を映像に収めてこいつの知り合い全体の前で流してやる。結婚式の披露宴みたいに。
『だーかーらぁ、葵と文人。もともとは、文人の中の“ヨグソトースとしての力”が必要だったわけで、ガワである文人自身はいらなかった。けど、もうそんな状態、状況じゃすまないくらいに当人たちの距離が近くなってる。これ、お前はどう思ってるわけ?』
そう問いかけると、ノワールは少し黙った後、にっこりと微笑んだ。
「良いのではないでしょうか。マスターの事はマスター自身にお任せしても。私共は“あくまでも”従者。ま、殆ど同等の位置に立つ契約をしたらしいあなたは別かもしれませんが、私はマスターのご意向に沿うのであればなんでも良いです。それこそ、マスターが幸せになるのであればなんでも。」
そう言われて、ちょっと強く言いづらくなった。‥‥‥‥こいつは、なんでか知らないけどちゃんと“分をわきまえてる”。自分の言って良い事以上の事は、良くっても話さない。
でも、それでも、だ。ちょっとくらいは気になることがある。
『俺さ、ちょっくら見てきたんだよ、文人の父親。‥‥‥‥‥ありゃ、筋金入りの家系だぞ。葵は今、自分自身の事で手いっぱいのはずなのに、寿文人という存在と近くにいることで、安定すると同時に面倒ごとに巻き込まれかけてる。‥‥‥‥‥お前だって機械人形の指示を仰ぐ最中、どうせあいつの身辺確認でもしてたんだろ。』
「おや。それくらいは分かっていたのですね。」
『当たり前だ。じゃなかったらお前が本当に何も言わず、文人と葵が一緒にいることを許すわけがないからな。』
しれっとした顔をしているけれど、コイツ、ちょっと葵たちが自分を探していることに気が付いた頃にはもう集合する準備を整えてあったくらいには周辺あっちこっちの情報を集めて、精査していた。‥‥‥‥‥‥ったく、嫌になるほど有能だ。
「ふふ。‥‥‥‥‥‥まぁ、そうですね。彼の母親という名の不確定要素はありますが、もうそこは災害のようなものだと思った方が良いでしょう。‥‥‥‥ま、できる事なら排除してしまいたかったのですが、そこまでの権限はございませんし、無理に実行に移しておかしなことにするのももったいない‥‥‥‥というより無意味なので。」
‥‥‥‥‥‥へぇ、つまりこいつは文人の件の、“母親”の情報を持ってるってわけか。
『案外有能じゃん。‥‥‥‥‥そう認めざるを得ないくらいにはお前は有能だと思うよ。全く。』
ため息交じりにそう言うと、クスクスと耳障りな笑いが聞こえた。
「貴方の事も少々調べさせていただきましたが、そうですね。“悪魔になって良かったですね”。‥‥‥‥‥そうでなければ、悪魔となる前の情報が抹消されているなんてあり得ませんから。」
つい、手が出る。
けれどそれをすました顔で止めて、ノワールは微笑んだ。
『お前、俺の事調べてどうしようとした。』
「ふふ、なんでしょうね。‥‥‥‥‥‥あぁ、からかいのネタにするというのは‥‥‥‥」
ひゅ、っと軽く風を斬る音がして、ノワールの首筋に一筋の傷が入る。血は、でない。
『お前、やったら葵がいくら止めようが殺すからな。』
「承知いたしました。‥‥‥‥‥‥あぁ、貴方も本当に面白い。全く、主従そろって興味をそそることばかりしないでくださいませ。‥‥‥‥堪えられなくなるでしょう?」
本当に、腹が立つ奴だと思う。だから、それを隠そうともせずに俺はノワールを睨みつける。
『お前は、本当に生粋の悪魔だな。‥‥‥‥そういうところ、本気で反吐が出る。』
吐き捨てるようにそう言うと、ノワールは静かに微笑みをたずさえたまま、俺の事を見つめる。
「そういうあなたは本当に‥‥‥‥‥‥そうですね。これくらいは聞いてもいいでしょう?
内亜。貴方は“どちらの性質”に寄っているのですか?」
『分かってるだろ。‥‥‥‥‥‥‥悪魔としての仕事はほとんどできなかった。悪魔としての時間のほとんどは葵と共にいたから。』
つまりは、そういう事だ。
ノワールはその答えだけで十分に満足したのか、にっこりと微笑んでからグラスを磨き始める。
その手を見て、ふと不思議に思った。
『おい、ノワール。‥‥‥‥‥お前、機械人形師と一緒にいたんだろ?‥‥‥‥なんで“手が荒れている”んだ?』
そこを聞いて欲しかったのだろうか。ノワールはにこりと微笑んで、手袋を外して手を見せてくる。‥‥‥‥‥前までにはなかった、細かな傷がたくさん。
「魔術を使わない。人間の手で作り上げるもの。‥‥‥‥少々、興味が湧いたのですよ。」
‥‥‥‥‥こいつ本当にあのクソ駄犬か?そう問いたくなるくらいには、まともな回答が返ってきて驚く。
「私だって、新しいものを見つけるのは好きなのですよ。」
そう言いながらノワールは手袋をはめ直し、静かにグラスの準備をする。
そういえば、言い忘れていましたが今回、第二部は九章、つまり今の章でお終いになります。
次からはもっとこう、異形だらけ~になってゆくのでお楽しみに!!その前に幕間やりますけどね!!




