ノアの方舟での一幕 前編
六花が降りて行った後の方船でのお話。
地上の時系列としてはだいぶ戻りますが、湖での一軒が終わった後、みんなが別れた辺りのお話です。
久しぶりに会った彼女は、とても成長していた。
しっかりとした自意識を持って、ちゃんと選択をすることができるようになっていた。
それはとても、本当に誇らしくて。
自分を思いだあしてくれた瞬間の笑顔は、これから先ずっと忘れられない思い出になるだろうな、なんて思いも抱いた。
ドラゴンなんていう幻想種の混ざった自分の身体は、顔を含めて半分ほどが鱗に覆われている。
それを恐ろしく思う人々も少なくないため、自分はあまり今まで他人に対して強い感情を抱いたことは無かった。
‥‥‥‥けれど、彼女は。葵は、初めからそれを気にすることなく近寄ってきてくれた。
あの無垢さから、地上へ送る時には非常に心配もしたものだが、ちゃんとした従者を得たり、仲間と呼べる人物もきちんと作れていて。
あぁ、良かった。そう、どれだけホッとしたか計り知れない。
しかし、そんな葵との会談も長くは続かなかった。
天上の神々とかいう存在についてはよく知らない。けれど、葵に対して酷いことをしていたということだけは知っていた。そんな神々が、葵の事を“失敗作”だなんて言って、レプリカとも呼ぶべき存在を創りだし、葵同士で殺し合う様に仕向けてきた。
その結果、葵は自らが築き上げてきた膨大な感情と記憶を、その決して少ないとは呼べない一部をそのもう一人の自分とも呼ぶべき存在に与えて、またボロボロになりかけていた。
本当なら、何かしてあげたかった。
けれど、それは自分のやることではないと、そう彼女の姉を名乗る未希という少女に言われた。
‥‥‥‥反論をしたかった。何かしてあげたかった。けれど、今の自分にはできることがないのであれば、“自分のやるべきこと”をしよう。そう思って、ノアの方船、主様の待つあの船へと帰ることにした。
本当は、何かしてあげたかった。本気で、そう思ったけれど。
(やるべきことは、誰にでもある、か。)
彼女の姉に諭されて、葵の事を任せて、自分は自分のやるべきことをするために船へと戻る。
船へと戻り、すぐに主様の待つ謁見の間へと向かう。
片膝をついて首を垂れて、主様へと機関の報告を行う。
『遅くなり、申し訳ございません。主様。』
ホログラムに映し出された精神体である主様の表情は変わらず無表情で、何をお考えなのか、自分にはわからなかった。けれど、何故だろうか。少しだけ、今日は機嫌がよさそうな気がした。
「良い。して、そなたが得たものは?」
そう問いかけてくる言葉にも、どこか何か面白いものを見たような‥‥‥‥‥そうだ、まるで幼いころの葵が無邪気に悪戯をけしかけてくるときのような空気感を感じるのだ。
『‥‥‥‥‥はい。まず、方船を視認することによってここでの記憶を思い出した弟子である葵の元へと向かいました。そこで‥‥‥‥主様、報告中に申し訳ございませんが、何か私の不在時に何かございましたか‥‥‥‥‥?』
報告を始めても、主様はどこか別の事を考えているような気がして、つい尋ねる。
すると、いつもは変わらぬはずの主様の声音が少々変わる。
「ふふ、気づかれてしまったか。面白い女が一人。この船に引っ掛かったのだ。なんでも、天音 葵。あの子の血縁らしい。名は‥‥‥六花、と言ったか。狂犬のような女であった。」
少しだけ思考が固まる。
そもそもこのノアの方船の絶対的主である主様に反抗心を抱く存在がいること自体が不思議でならなかったし、葵の血縁。あの冷静沈着で、時折無邪気で可憐な笑みを見せる葵の血縁が狂犬のような女。情報として頭の中に入っては来るけれども、どうしても信じがたい。
『主様、できれば少々お話を伺っても‥‥‥‥?』
「ふふ、やはり食いついたか。その六花とやらはな、何とも珍しいことにドラゴンとしての一面も持ち合わせておった。‥‥‥当人は隠しているつもりの様ではあったが、如何せんここの天上は監視しておかねばならない情報が多い。若狭、おぬしが地上へと降りている間に、天上の神々へ反旗を翻し、しかも多くの中の二柱の神をほぼ再起不能の状態にまで追い詰めた。そして、神々からの反撃によってというより‥‥‥‥あれは、自らの攻撃を抑え込もうとした反動の方が大きいだろうが‥‥‥‥‥まぁ、見事なぼろきれのようになった状態でここに一時滞在しておったのよ。その際の世話役はバビロンに任せておったから、気になるのであれば一つ、聞いてみるが良い。」
いつもより饒舌な主様の声音の中に、少々の嫌味のようなものを感じて、その六花とやらが何をしでかしたのかが非常に気になったが、あえて触れないでおく。
「では、下がって良いぞ。」
『御意。』
特にそれ以上六花という存在について触れることなく、葵について少々考えを巡らせる。
あの子は、現存する全ての存在としての性質を持つ、世にも珍しいどころか、神々の最高傑作と言われた存在であったはずだ。
‥‥‥‥‥その姉、ということはおそらくその前に創られた存在のはずだが、まさか自分と同じ存在としての特性を併せ持つとは思いもよらなかった。
(‥‥‥‥‥‥主様の言葉通り、バビロンにでも話を聞いてみるか。)
そう思い、謁見の間を後にしてカフェの方へと向かう。
若狭さんは結構やり手というか、作中で言うなら素手なら最強格です。
まぁ、六花さんの本性の方と比べるとどっちが勝つかなー、戦い慣れてる方かなー?みたいな感じですが。
いつかこの二人の戦闘シーンは書いてみたいところです。‥‥‥‥周囲への影響を考えて書かないと。




