756 道が交わる
私は前途有望な仕立て師見習いシャランティア。
濃厚なブラックの気配に震えています。
突如本社の命令で訪れた場所は、都会から遠く離れた僻地で野山ばかりで建物一つ見当たりませんでした。
やって来たのは転移魔法で一瞬だったから楽だけど、それ逆に言えば一瞬で転移させられたからには帰りの方角もわからないし距離もわからない。
自力での帰還は不可能、まさに陸の孤島に閉じ込められたってことじゃないの?
さらには迎えに来た人が軍部の鬼教官みたいな人でした。
「泣いたり笑ったりできなくしてやる!」
もう帰りたい。
「こらバティ、せっかく手伝いに来てくれた人たちに失礼でしょ?」
「ぐべべべべべっべべっべべべべッッ!?」
するとさらに別の人が出てきて、最初の鬼教官みたいな人に炎と雷の魔法を交互にグミ撃ちしてきたわ。
この人転移魔法で私たちをここまで連行してきた人だ。
「いってえッ!? このベレナ!!たかがツッコみに獄炎霊破斬と青雷極天光をそれぞれ三十四連射しないでよッ!?」
「アナタが魔王軍流の歓迎をするからでしょう? アナタはアスタレス様にそうやって仕込まれたんだろうけど、それを軍の外にも適用するのはアウト寄りのアウトよ」
「つまりはアウト?」
何この恐ろしい人たち……!?
第一印象の通りにやっぱり軍人上がりだった……!?
嫌だわ軍人なんて野蛮で凶暴で!? 捕虜を丸焼きにして食べちゃったりするんでしょう!?(偏見)
こんな人たちの住んでいる僻地なんてシティ派の私が生きていけるわけがない。
デザイナー人生どころか人生そのものが終了しかねないわ!!
「おい、我が愚妹」
そこへ進み出る我らが陣営フルレティさん。
今日は引率ということで同行してきたわ。さすがにこんな地獄へ若手だけを送り出すような冷酷非情ではなかった。
ちなみに私の他にも二名ほど若手の仕立て師見習いが連れ立っている。
私と同じ貧乏くじを引いたヤツらだった。
「いらっしゃい愚姉、ちゃんと貢ぎ物は持ってきたようね?」
「そういうアナタこそ、要望に応じればかの『ミシン』を見せてくれるという約束、
忘れていないでしょうね。あの噂に名高い、仕立て人ならば誰もが憧れ皆触れたがるという伝説の神器ミシン!!」
え?
ちょい待って?
何その『ミシン』とやらは? ニシンの親戚?
もしや私たちはそんな魚もどきを見たいがためのフルレティさんの欲望から売られたってこと!?
なんてこった!?
敬愛する上司がそんな人道に反するなんて!
労働ギルドに駆けこまないと! この人たち違反していますよ!
「さてさて、姉妹の触れ合いはその程度にして、こっちの新人さんたちが困っているからかまってあげましょうよ。今日の主役はこの子たちでしょう?」
と言う、さっき炎やら電撃やらを撃ち出しまくったお姉さん。
この人が一番良識的! 話せる!
「そうだったわね! 聞け、ここが貴様らの追い求める戦場よ! 恐怖の記憶と勝利の高揚がそのまま貴様らに成長を促すであろう! 仕立て師として大成したければここで血反吐を吐いて生き残れ!!」
「だからそういうノリやめなさい」
そしてもう一方はまったく話が通じない!?
何なのこの人!? 芸術的センスの欠片もない! 私たちデザイナーとは絶対相容れない人だわ!
* * *
そして、転移魔法で降りた地点から歩くこと千歩ほど。
なんか家らしいものが見えてきた。
よかった……! 文明の欠片もない土地じゃなかったんだ……!?
「ここが主な職場となる聖者様の農場でっす!」
「え? 聖者の農場って、まさか……?」
生贄の羊こと、若い仕立て師見習いの一人が何やら気づいたような声を上げた。
しかし私は何も気づかない。
服飾のこと以外一切興味はないので。
「あの母屋の一角が私の仕事場になっているから、皆もそこで作業してもらうわ」
「捕虜兵の解体精肉作業ですか?」
「違うわよ。服を作ったり補修する作業よ」
「えッ!? アナタ縫い物できるんですか!?」
「できるわよ! 何のためにアンタら呼んだと思ってるの!?」
それはそうでしょうけれども……!?
てっきり血と臓物を見るのが何より好きなバーサーカーとばかり……!?
「したらばあとは担当者に任せて私は行くわね。私は私でやんなきゃいけない作業があるので」
「ウチのバカ姉が帰るときに送り役が必要だからそん時また頼むわよ」
ああッ、あの唯一良識的なお姉さんが行ってしまう!?
頼む行かないでカムバック!
そしてできたら帰る際は私たちも一緒に帰らせて!
「それで! それでいい加減にミシンを見せなさいよ! 私の好奇心はもう治まりのつかないところまで来てるのよ!」
「はいはい、そんな初めておっぱい見る童貞みたいにガッつかないで」
その言い回しがまた軍隊スラングっぽい。
もう何なのこの人?
仮にこの人が針や糸を使えたとしても美しいドレスやスーツを仕立てられるなんて到底思えない。
雑巾が精々としか思えないんですけど!?
「これがミシンです」
「おおおおおおおおおおおおおッッ!!」
そしていよいよ作業場に入り、ミシンなるものと対面。
興奮し咆哮するフルレティさん。
しかし私たち若手には、視界に入ってきた物体の意味するところがわからない。
一体何コレ?
「ではミシンの使い方を説明しますー。上糸を通してー、下糸を通してー、布地をセット!」
「ふぉぉおおおおおおおおおおッッ!?」
フルレティさん、煩いです。
「そして人力でペダルを回していき、布を進めると自動的に縫われていきます」
「ぬおっふぉぉおおおおおおおおッッ!?」
ふぉぉおおおおおおおッッ!?
何コレ? これ何どういうこと!?
本来私たち仕立て屋が一針一針縫っていくはずの糸が、この道具によってズンズン縫い進められていくッ!?
手縫いよりも断然早いし、縫い目も綺麗!?
こんなことがあっていいの!?
「これがミシンで縫う工程……!? 初めて直で見た……!?」
「お姉ちゃんが農場に来るのこれが初めてだもんね。招く理由もなかったし」
「何でよッ!? 血を分けた姉妹なんだから理由がなくとも招待するのが当然でしょう!? そしてもっと早くにこの素晴らしいミシンを見せてくれたらよかったのに!!」
「誰がそんな気前のいいことするかぁ! 私ら姉妹の絆は、血と怨念であざなわれているのよ! 出し抜こうとは思っても助け合おうなんて夢にも思うかぁ!!」
……。
……えッ?
あのバティとか言う怖い人、フルレティさん妹さん?
たしかに似ているところはあるけれど。そうなら何故真っ先にそう自己紹介しないんだろう?
よっぽど悪いの姉妹仲?
「ふうふう……! とにかくミシン一台土産にもって帰るから用意しなさいよね! あの三人の身柄と引き換えよ!」
「誰が持って帰らせるかぁ!!」
私たち、あの道具と引き換えだったの!?
酷い!
しかも三人で一台のトレードとか、私たち一人一人の価値が低すぎる!
せめて一人一台のレートになりませんか!?
「は? アンタたち三人がかりであのミシン以上の綺麗さと速さで縫えるの?」
「お姉ちゃんクズいなあ……!?」
本当ですよ。
しかしながら、何やら気分が変わってきたわ。
一見左遷先どころか流刑地に思われてきた山奥だけど、こんな見たこともない道具に出会えるなんて、インスピレーションの煌めきだったわ。
もしや私今、途轍もないイマジンの坩堝に立っているのかも。
「……この縫い目……」
そして私と一緒に連れてこられた若手の一人が何か言ってる!?
さっきミシンが縫い上げた布の一枚を眺めて。
「規則正しく密な縫い目……見覚えがあります。オレ以前勉強のために、あるブランドの作品を見たことがある。それが他製品では見たこともない、異様なまでに綺麗な縫い目で……!」
「さすがキトくんは勉強しているわね。若手期待度ナンバーワンといわれるだけはあるわ」
えッ?
若手ナンバーワンの期待の星は私じゃ……!?
「そこまで察せられるなら告げましょう真実を。現地に来たならもう黙っている必要もないしね。紹介するわ、この子が我が不肖の妹、バティ」
「黙れ不肖の姉」
「そして今、魔都の仕立て師で知らぬ者のないトップブランド『ファーム』におけるたった一人の服職人でもあるのよ」
……なん、ですって……!?
あの新人皆が憧れている『ファーム』の職人?
弟子入りしようともがき足掻いても結局弟子入りできなかった。
つまり、……この人の元で働くということは……!?
「自動的に『ファーム』に弟子入りするってことになるわね」
「ふぉえええええええええええッッ!?」
思わず絶叫が出た。
つまりここは『ファーム』の本拠地!?
島流しに遭った気分で何てところに連れてこられたの私たちは!?







