757 若きを迎えて
ファッションリーダー俺です。
なんかバティが新しく人を入れるらしいね。
衣服部門は長いことバティ一人の才覚に任せきりだけど、さすがに彼女が結婚して妊娠出産とかまで視野に入れると一人任せきりは問題がある。
ということで服作りもついにチームで行う時代になってきたか。
これまでも手の足りないときはゴブリンらが手伝ってくれたんだけどな。
逆になんでもっと早くチーム制に移行しなかったんだという気持ちもあるが、バティの新たな門出を援けるために我らも全力でサポートしようではないか。
といえば挨拶だな。
新しく農場の住人となる方々に主人の俺が顔を見せないわけにはいくまい。
「やあやあ、こんにちは」
まずは気さくに顔出ししようと思ったが。
「ケチぃいいいいいッ!! こっちは伸び盛りの新人三人も手放したんだからミシン一台と交換でもいいじゃないいいいッ!!」
「ざけんなこっちもミシンの価値はアンタら以上に承知してんのよ!! 物々交換ならせめて使える人材百人もってこぉおおおいッッ!!」
「びぇええええええッッ!! ここがッ! ここが『ファーム』の本拠地!? 夢にまで見たああああああッッ!!」
……。
顔を出した途端繰り広げられるカオスに面食らった。
何が起こってるの?
お姉さんと壮絶な取っ組み合いを繰り広げているバティ。
その隣で、これも知らないお嬢さんが感涙している。
さらにその脇で呆然と立ち尽くす、これも若い二人がいる。
一体何事?
何なの?
* * *
落ち着くのに場面転換が必要になってしまった。
改めて紹介してもらう。
まずはお馴染みウチの服作り担当バティ。
そのお姉さんフルレティ。魔都の有名ファッションブランドでデザイナーを務めているという。
その人の紹介で連れてこられた若手三名。
まずついさっきまで感動ガン泣きしてた女の子がシャランティア。
抜け目のなさそうなメガネ男子キト。
そしてここまで一切喋らないオドオドした少女がアマリリスちゃんであった。
「えー、この三人を献上いたします代わりにミシンを頂戴できるという話を伺いましたのでやってきました」
「そんな約束してない」
人身売買じゃねーかやめろ。
フルレティさんの要望は熾烈で、何が何でもミシンを持ち帰らなければ気が済まないという感じ。
しかし当方は人身売買を断固として認めないから却って受け付けないけどね。
「えーと、俺はこの農場の主です。ここで一番偉いヤツになりますんで困ったら俺に言ってください。皆さんが楽しんで働けるようにするつもりです」
「ならばミシンを!」
「それはもういい」
何が何でも縋りついてくるフルレティさんを引きはがし、俺は残る三人に向かいあった。
いずれも若いが、面構えは三者三葉。
これまで何人もの若門を迎えてきた我が農場としては『また歯応えのありそうなヤツが来た』といった印象だ。
「あの……、聞いてもいいでしょうか?」
「何だね?」
三人の中で特に賢そうなメガネ男子が言う。
「ここが聖者の農場であるのなら、その主ってことはアナタが聖者なんですか?」
「えッ? 何どういうこと?」
それを隣でシャランテアとか言った勢いだけで行動しそうな子が反応する。
「知らないのかお前は!? いま世界中で噂される聖者の農場のことを!?」
「ファッションのこと以外興味がない」
「少しは世相に通じていないとファッション業界でだって生き残れないぞ! 世界のどこかにあるという幻の秘境! 誰も辿りついたことがないがそこに行けばどんな宝も手に入るという! そう、世界のすべてに匹敵するほどの!!」
そんな風に言われてんの?
噂は途切れ途切れながら伝わるが、直接聞くのはなんか初めてのような気がする。
ウチの農場が何か天竺みたいな扱いになっているけど、別にそんな大したところでもないんだがなあ。
有り難いお経もなければ一繋ぎの財宝もない。
あるものと言えば精々ミシン。
これがいいのか?
「えーと、今まで農場で着る服は概ねバティが作ってくれたんだけど、これから彼女が忙しくなるんでウチの作業だけにかかりきりってのができなくなってくるんだ。そこでキミたちを助っ人に呼びました。どうかよろしくお願いします」
「はーい、何故忙しくなるんですか」
「結婚するから」
バティがね。
すると『!?』とばかりに目を見開き、視線を送る人がいた。
バティの姉のフルレティさんだ。
「どういうこと? 私聞いてないんだけど」
「言ってないからね」
「結婚するって誰と? その辺のカナブン?」
「なんで虫と結婚するのよ? 魔王軍時代の同僚で、貴族の跡継ぎよ」
「キシェエエエエエッッ!!」
なんか奇声を発するお姉さん!?
怖い!?
「私だってまだ独身だっていうのに妹のアンタがそんな優良物件と結ばれてんのよおおおおッ!? 姉が先に片付くまで操を守ろうという気概はないのか!?」
「なんで私がテメエの順番待ちしなきゃいかんのよ! そんなことしたら一生結婚できないじゃない!!」
「どういう意味だぁああああッッ!!」
醜い姉妹ゲンカは意図的に視界からシャットアウトしよう。
そして前途有望な若者たちにのみ焦点を合わせる。
「バティは自分自身の着るウェディングドレスの制作も進めているし、同時期に式を挙げる夫婦三組のドレスも同時に作っている。いかに彼女でも手が回らなくなってきているのでキミらのサポートが欲しい」
「はッ、ハイわかりました!!」
真っ先に返事をするのは、何事も勢いだけで進めていそうな女の子シャランテア。
「憧れの『ファーム』で仕事ができるなんて夢のようです! これなら『ミックスパイダー』から離れて本当によかった! 向こうより断然こっちがいい!!」
なんか義理のない発言をしているように聞こえるが、まあいいか。
本格的な作業は翌日からしてもらうとして、今日は歓迎の農場案内といこうではないか。
農場にある宝はミシンだけではないぞ!
そうだな……衣服関係の彼らが喜ぶとしたら……。
「これなどどうだろう?」
「なんですかそれはぁああああーーーーッッ!?」
俺が取り出しましたるは、淡い煌めきを放つ純白の生地。
滑らかな肌触りはまさしくシルクの特徴であった。
「絹です。まだこっちの世界では農場でしか作られていない優れもの!」
「このきめ細やかさ……! 手触りの滑らかさ……!『ファーム』の衣服に使われている、どう研究しても解明不可能だった布地はここで作られていたんですね……!?」
うん、そう。
ダンジョン内で発見したカイコ的なモンスターに糸を吐き出してもらって、紡績のあと織って布地にした。
織物を手掛けたのは主にゴブリンたち。
「これはグレードを落とした普通の絹だが、我が農場で進化した金剛カイコが本気で糸を吐いたらあらゆる魔法をはじき返す金剛シルクになるよ」
「なんなんですかそれは!?『ファーム』の凄まじい作品は、この農場そのものに支えられているんですね!!」
ちなみにこれからバティたちが着る予定のウェディングドレスは金剛シルクで作られる。
これは農場の伝統であって、ウェディングドレスは必ず金剛シルクで仕立てるのだ。
アスタレスさんのドレスも、グラシャラさんパッファ、ランプアイそしてプラティウェディングドレスもそうだった。
『いかなる困難もはじき返せる花嫁になれるように』という縁起物である。
「他にもあるぞ! そうだエルフたちの工房を見せてあげよう! ヤツらの作る陶器とか木像とかも芸術的価値を貰っているからな!!」
きっと服作りの参考にもなるに違いない。
顔合わせも兼ねて案内でもしよう。骨肉を争いをしている姉妹は放っといて。
そうして彼らを案内していると、また厄介なものと遭遇した。
エルフの工房にまたしてもドワーフさんらが訪問していたのだ。
芸術論にていついかなる時も大きく対立する、この二種族。
「おお聖者殿! よいところに参られた! 今日こそ土臭いエルフどもに真の美について説き伏せてやるつもりですじゃ! どうぞお立会いくだされ!」
「こっちのセリフだ! 小手先に頼るドワーフの愚かさを今こそ証明してやる! 真の美とは自然の中に宿るものなのだ!!」
やっべぇ。
コイツらの拗らせた論争を目の当たりにしたら、若く無垢な彼らの感性が同歪んでしまうかわからない。
ここはひそかに撤退して彼らの若い感性を守らねば!
「どちらへ行かれるのです聖者様! おお、そちらにいる若者たちは何とも創造性に富んだ顔つきをしていますな! 一つワシがいい話をしてくれよう!」
「そういう若い才能には我らエルフの自然芸術論こそふさわしい! 若いうちからドワーフに影響されてるとただの小手先職人になってしまうぞ!」
ええい、この子らにかまうな!
持論を展開したいならせめてお前らの間だけで討論していろ!
若い柔らかな感性の彼らにとって、この場所は甚だ危険なのかもしれなかった。
* * *
そしてすべての用事が済んだのち、引率としてのフルレティさんはお帰りになった。
「やだやだ! ミシンもって帰らないと嫌だぁあああああッッ!!」
追い返すのが大変だった。







