1570 ジュニアの冒険:蚕と懐古
……解雇?
いやカイコ。
バティさんの取り出してきた虫は、どうやらそういう名であるらしい。
虫かごの底を埋め尽くすほどに敷かれた青葉をムシャムシャと貪る。色は真っ白な形状芋虫。
そのような一見何の変哲もない虫に、それだけの価値があるというのか。
「こんな虫が農場の奥底で飼われてたっていうのか? 全然知らなかったぜ?」
ノリトもまた困惑気味だ。
「この金剛カイコは、トップシークレットで飼育されていて農場でもごく限られた一部しか知りません。それほど重要な存在だということです」
この白芋虫が?
益々信じがたい。
「仕方のないことよ。何せこのカイコたちが吐き出す糸を織って作り出す絹は、木綿などと比べてしなやかでなめらか。肌触りもよく多くの方々から好まれている。値段的にも絹は、木綿の二倍から五倍と言われているわ」
「ごばいッ!?」
家格にいち早く反応したのはノリトだった。
さすが市場に生きる男。
「高級かつ貴重になる原因としては、原料となるこのカイコが珍しく、そしてとてもデリケートな生き物であるから。この子たちを飼育して、糸を吐き出させるまでにするのは大変な苦労が必要なのよ!」
バティさんが、実感のこもった口調で言う。
そんな大変な思いをして……。あのカイコ自体も、きっと苦労して捕まえてきたんだろうな。
「いや、聖者様がダンジョンのそこら辺から拾ってきたんだけれど」
なんじゃい。
……えッ、でも、ダンジョンに湧いてるってことはモンスターですか?
「そうね、正確にはこの子たちはカイコ型のモンスター、と言うことになるのでしょうね。だからこそなおさら、この子たちの吐き出す糸は特別なものよ」
そう言ってバティさんは、一切れのまだ未加工な布地を取り出す。
まさか……これが絹?
「そう、しかもこの子たちが全力で吐き出した最上級の絹糸を織りあげて作った……。その名も金剛絹!」
こんごうきぬ?
「その凄さを明らかにしてみせましょう。……ベレナ」
「へいへーい」
気のない返事をするベレナさん。
そんなベレナさんに対して、バティさんは向かい合い、例の金剛絹を肩から羽織ってマントのように我が身を覆う。
「さあ、いいわよ! 来なさい!」
「それじゃあ遠慮なく」
ベレナさん魔力を練って……何をしようとしているの?
「獄炎霊破斬……を一〇八連射」
ズガガガガガガガガガーン。
うわああああああああ。出た出た。
ベレナさんお得意の最上級魔法の高速連射。
アレ一発一発が、強豪モンスターを瞬殺できる。
それを小パンチ感覚で連射してくるというのがベレナさんの恐ろしいところだが……。
その連射魔法が、全部バティさんに直撃ぃいいいいいッ!?
あんなのバティさんは消し炭も残らないくらいじゃないのか!?
しかし。
魔法の猛攻を終えて、もうもうと爆煙が立ち込める状況。
視界が遮られて、思わず『やったか?』と呟きたくなる。
そうして煙が晴れていくと……やっぱりバティさんは傷一つなく、変わらぬ様子で立っていた!?
あの絹織物を、体に巻いて!?
「ふッ……これが金剛絹の力よ」
いや、何が!?
たしかに最上級魔法の一秒間百発連続攻撃に傷一つないのは恐ろしいですが。
一体何が!?
「金剛絹は、布地でありながらあらゆる鉱物を超越した防御力を誇る。対魔法性能も一級品。あまりに硬すぎてマナメタルの針でなければ縫うこともできないという問題まである布地なのよ」
「聖者様が世話をしているうちにカイコが進化して、こうした強力な糸を吐き出すようになったとかなんとか……。それが金剛絹の秘密であり、金剛絹を生み出すカイコを金剛カイコと呼ばれるようになった!」
金剛カイコ!?
「想像してごらんなさい。もしこの金剛絹で作られた衣服を着た軍隊が攻めて来たら、一体どうなるか……?」
金剛絹のズボンやシャツ。
金属鎧より遥かに動きやすくて、その上に丈夫。
剣も魔法も通さない。
そんな相手、どう対処しろと言うんだ?
「金剛絹は、世界の共通認識を覆しかねないシンギュラリティ。その恐ろしさを実感した聖者様は、金剛絹を世に出さないと決めたの。その代わりに金剛カイコと協議し合って、性能を落とした普通の絹を製造することに決まったのよ」
協議……?
虫と……?
ウチの父さんって、時々本当に理解不能なことを普通にやってのけるからな。
「そういうわけで、この金剛カイコは存在からして農場の秘中の秘……」
真面目ぶってベレナさんが言う。
バティさんが続けて言う。
「アナタたちが農場の次世代を担うのであれば、この金剛カイコからも認められないといけません。それができないのなら、この子たちは自然に還すのがもっともいいでしょう」
たしかに。
世界のあり様すら変えてしまいかねない最強の素材。
それは適切に運用できる者だけが扱うべきで、それは現在父さんやバティさんがしっかりとしている。
しかし数十年先、僕かノリトが金剛カイコを自由にできる立場についた時、正しいことに使えなかったらそれがどんな災いを呼ぶか。
想像もしたくない。
「だからこそ、オレたちが金剛カイコを扱うに相応しいか試さないとってわけか。……いいぜ、オレの方が兄貴より優れていると、この虫たちに認めさせてやらあ!」
ノリトのやる気も上がっている。
さてそんな中、金剛カイコは僕たちに何をさせようというのか?
……ん?
カイコの一匹が、虫かごから這い上がってきて……?
うわぁああああああ!?
なんか糸を吐き出した!?
物凄い量だ!?
もう既に元となっているカイコの体積以上、糸が吐き出されている!?
……止まった。
カイコってこんな風に糸を吐くんだな……、って違う?
これを織りあげて絹ができるというわけか。
でも、そんな糸を僕たちの前で出してとうしろというんだ?
「まさか、……これは!?」
何やら驚くバティさん。
「この糸、伸縮性がある!」
伸縮性?
あ、本当だ。引っ張るとびよーんと伸びる。
だから何? となってしまうが。
「本来、絹糸にはない伸縮性を付加できる。それも金剛カイコの能力?」
「しかし、その伸縮性のある糸を出して一体どうしろと?」
もしや一種の謎かけか?
これをクリアしてこそ金剛カイコに認められる、次世代の主人となると?
「なるほど、わかったぜ!」
何ノリト!?
お前もう金剛カイコの意図がわかったのか、糸だけに!?
ノリトは、この伸縮性のある絹糸を一房持つと……。
「兄貴、この端の方噛んで」
噛む?
噛むというより伸びーる金剛絹糸の一端を咥えさせられて。
そのもう一方をノリトが持って、遠くへと駆けていく。
……。
いや、待って。
どんどん伸びーる絹糸の、一端を僕が加えて、もう一端をノリトが持ったまま走って行って。
二人が離れれば離れるほど伸縮性を持った糸は伸びて、伸びて、伸びていって。
……いや待て。
伸びたら戻ろうとする弾性を持った、特別な絹糸だぞ?
それをこんなに伸ばしたら?
端を口にくわえている僕は?
ノリト、その手に持ったもう一端を離すなよ?
絶対に離すなよ!?
ねえわかってる!?
ちょっと待ってバティさんとベレナさん!?
なんで僕のことを抑えて逃げれないようにしている!?
ちょっと離すなよ!? 絶対に離すなよ!?
絶対に離……うおぉおおおおおおッッ!?
バチーン!
キャッキャとはしゃぐ金剛カイコ。
彼らの求めるお笑いの方向性が通じ合って、僕らは認められた。






