1569 ジュニアの冒険:シラヌマユ
「よっしゃぁあああああ! 一抜けだぜ!」
ベレナさん担当の試練にパスしたのは、ノリトの方が先だった。
バティさんのミシン縫い試練で後れを取っていたのに、逆転されてしまった。
ベレナさんが課してきたのは、彼女の持っている資格がどのようにして農場運営に役に立つかを答える筆記試験だったが、僕は大いに手こずった。
簿記って何?
モノを折る音か? ボキッと?
ファイナンシャルプランナー?
精神感応でナノ粒子を操作する機能を持った追加装甲か?
まったくわからん。
そうやってゴタついているうちに縫製を終えたノリトが、ベレナさんからの問題を一発ですべて解いてしまった。
「さすがノリトくんは社会経験があるだけによく知っているわね」
その言い方!
まるで僕に社会経験がないかのような!!
「商売したかったら、その辺りの知識は必須だからな。ベレナさんが持ってる資格の三分の一はオレも持ってるし」
なんだと!?
ノリト、僕が知らない間にそんなスキルアップをしていたのか!?
「それでもベレナさんの資格保持数には全然届かないけどな。どれだけ時間を賭ければ、そんな資格オバケになれるのやら。これも年の功ってヤツ……ぐぶッ!?」
ああ、ノリト……。
余計なことを言うから……。
「うふふ、ノリトくんに必要なのはまず空気読み検定三級みたいね」
笑顔で冷気を放つベレナさんだった。
これが、同僚が結婚していく中も独身を守って、農場も守り続けた女傑。
「まだまだ、ジュニアさんには必要な資格を全部覚えてもらいますよ。聖者様のあとを継いでから全部丸投げなんてことをされたら困りますんで」
はいぃ……!?
「専門的なことは専門家に任せておくのはいいです。でも、何を任せるかすらわかってないのはトップとしては致命的ですんで、ここでしっかり覚えてもらいます。アナタの将来に必要なことですよ」
はいぃいいいい……!?
ここまで旅してきてもまだ覚えることがあるだなんて……!?
「人生そんなものよ」
他人事のバティさんがわかった風な口を利く。
しかし今はノリトの動向の方が深刻だ。
せっかく縫製勝負で先んじたのに、資格クイズであっさり逆転されてしまった。
しかも知識的な問題上、僕がクリアするにはまだ勉強と暗記が不可避。
その間にどんどん先へ行かれてしまう。
ベレナさんの言う通り必要な知識情報だとしても、焦りの方が先走ってしまう……!
「兄貴はそこでゴタついていやがれ! オレはその間に遥か遠くへ行かせてもらう! 永遠に埋まらない差を築いてやるぜー!!」
「あッ、ノリトくんはここで待っててねー」
「はひッ!?」
ノリトが、理解不能なことが起こった時のネコみたいな声を上げた。
「次の課題はねー、ジュニアくんとノリトくんの協力が必要不可欠なの。だからジュニアくんがパスするまでお休みね」
「なんでそんな課題用意した!?」
たしかに。
それでは僕とノリトの競争が成り立たないのだが。
「そもそもこっちは競争を想定してないからねー」
身も蓋もない。
そういうわけでノリトは哀れ、僕が必要な知識を覚えるまで身動きが取れなくなってしまった。
「だからあ! 財務が公正かどうかは組織の中だけじゃわからんだろ! だから外から第三者が監視する必要があるわけ!」
仕舞いにはベレナさんと一緒に、僕への教育に乗り出してきた。
そんなに詳しいならノリトが将来、農場の事務関連を一手に引き受けてくれたらいいのに。
「それじゃダメだから、今習っているんでしょう」
ハイです。
「まあこの兄弟が力を合わせたら大体無敵なんでしょうけれど。そう上手くはいかないのが人生よね」
はあ!? 誰がこんなヤツと!?
「はあ!? 誰がこんなヤツと!?」
そうこうしているうちに何とかベレナさんからの試練が終わった僕。
ハイ! お好み焼き検定は、お好み焼きの普及と理解を深めるための検定です!
「よし! これで私からのジュニアくんノリトくん双方、私からの試練をパスしたと認めます! 二人ともよく頑張りましたね!」
「やっとかよー、ホントに無駄な時間を取られたぜ」
圧倒的な先行を無為にされたノリトはご愁傷様だ。
じゃあ僕たち、先に行ってよいんですね?
バティさん、ベレナさん、ご指導ありがとうございました。
お二人のお陰で農場の大切なことを思い出し、学ぶことができました。
これからも二人のことは忘れません!
さあ行くぞノリト! 次なる試練の場へ!
「兄貴が仕切るんじゃねーよ! アンタがここまで遅延させたんだろうが!」
「待ちなさい」
そう言って僕らを止めたのはバティさんだった。
彼女は不敵な笑みを漏らしながら。
「まだ、アナタたちはここから進むことを許されていないわ。何故なら……」
「……次の試練を課すモノは、ここにいるからです!」
ベレナさんも便乗して高らかに言う。
「なんだと!?」
次の試練を課すモノ!?
一体誰が!?
この天空オークボ城内にしつらえられた部屋は、余計な設備が一切なく居合わせた僕、ノリト、バティさん、ベレナさんだけであとはガランとしていた。
他に誰かいたとして、気づかないわけがない。
では一体試練を課すというのは?
「コイツらでーす」
と言ってバティさんが取り出したのは……虫かご?
虫かごが何故ここで出てくるんだ!?
まさか……!?
「そう、次にアナタたちを試す子が、この虫かごの中にいるわ! この金剛カイコたちが!!」
金剛カイコ?
虫かごには、人の指程度に小さな芋虫が、葉っぱの上で蠢いていた。
その数、数匹。
農場で自然と共に暮らしてきた僕たちにとって耐性はあるが、それでも『ウェッ』となってしまう。
何故なら……。
「芋虫ぃいいいいいッ!!」
「害虫、害虫、害虫ぅううううううううッッ!!」
そう、芋虫は葉を蝕む害虫だ。
特にキャベツや白菜のような葉が食用となる野菜にとっては致命的だ。
だから父さんは、注意深く畑を見回っては、鬼のように芋虫を潰していた。
そのスピリットは僕たち子どもにも継承されている。
「ノリト! 一匹残らず殺すぞ! 逃すなよ!」
「あたぼうよ! こういう時のために最新の農薬を開発したんだぜ!」
さすがノリト!
ようし、その農薬を虫かごいっぱいになるまでぶちまけてやれ!
「待て待て待て待て、待たんかぁあああああッッ!」
その瞬間、僕とノリトが回転しながら宙を飛んだ。
バティさんに殴られたからだった。
やっぱりこの人、戦っても無類に強い。
「コイツら、害虫駆除に躊躇がない。こういうところがまさしく聖者様のご子息ね」
「失礼な! この子らの何処が害虫よ! むしろ益虫! 益虫の中の益中、キングオブ益虫と言っても過言ではない存在よ!」
ええ~、芋虫が益虫?
そんなの俄かに信じられないんですが?
「そもそもこの子たちは芋虫じゃない! カイコよ!」
カイコ……とは?
「アナタたち知らないの? ずっと農場で飼ってきたのに?」
「アンタたちが奥でひっそり育ててたから部署担当じゃなければ気づかないのよ」
「だって、私たちの仕事の中核になる素材を生み出すのよ! 全力で保護するのは当然でしょう!」
やあやあ言い合うバティさんとベレナさん。
それで……カイコというのは一体何なんですか?
「話が進まないから、私から説明しましょう」
ベレナさんがコホンと咳払いをする。
「カイコは、重要な特産品を生み出す益虫です」
特産品!?
虫が、品物を作り出すんですか?
「そうよ。ハチのハチミツとかもあるでしょう。それと同じようにカイコも、人間に有益な品物を生み出す。場合によってはハチミツよりも有益なものを」
それは一体……?
「布です」
バティさんが割り込むようにして言った。
「カイコが作り出す布は、絹と言われて最高級の布地になるんです。私たちのように服作りを生業にする者たちにとっては、夢のような生き物なんですよ……!」
うっとりとした表情になるバティさん。
……それで。
そのカイコが、僕たちに試練を与えるの?






