1568 ジュニアの冒険:戦いより過酷な生活
「こらぁ! この縫い目! 線がグニャグニャじゃないの! こんなのでお客さんの前に出せると思ってるのぉ!?」
はいぃッ! すみません!!
ガガガガガガガガガガガガガ……!
耳元に響くのは、バティさんの怒声。そしてミシンの駆動音。
ミシンというのは農場製の道具で、糸で布を縫うために使う。
……と一応説明しておく。
縫うんなら針と糸さえあればよくね? と思われるかもしれないが、侮るなかれ。
このミシンを使えば手縫いより遥かに高速で、しかも規則正しい美しい縫い目で縫い合わせることができる。
このミシンは、父さんが開発したものだが完成当初は革命が起きたかのような大騒ぎだったらしい。
そしてその大騒ぎの中心にいた人物こそが、……このバティさん。
「おらおらー、一布分真っ直ぐ縫い合わせたら通っていいって言ってるんだから、これぐらいスパッとやり切りなさいよー。これでも断然優しいんだからねー、手縫いじゃなくていいってんだからー」
ハイッ! ありがとうございます! 頑張ります!
ダダダダダダダ……っとミシンを走らせているが、縫い目を直線に走らせていくことのなんと難しいことか。
一度縫いだしたら途中で止められないし、ミシンが自動的に縫うスピードに合わせて手元が狂わないように固定しないといけない。
精密さも必要だし、スピードに合わせた瞬発力も必要だ。
世の縫い師さんたちはこんな大変な思いをして服を作っているのか。
想像するだけで頭が下がる。
いやもちろん『究極の担い手』を使えば簡単に縫える。
何なら手縫いでも一ミリの狂いもない正確無比な縫合をできるだろう。
しかし今回、それは許されない。
バティさんから、この試練を受ける条件として禁じられているから。
さすが農場古参だけあってバティさんは鋭い。
僕が『究極の担い手』を使う素振りでも見せようものなら即座に察知して、バチンしてくる。
『究極の担い手』にそんな破り方が? と二重に驚愕した。
そんなわけで僕は純粋に、自身の感覚と手先の器用さだけでミシン縫いを遂行しなければならなかった。
それが難しい!
「いやいやいやいやいや、……おかしくね!?」
ノリトが悲鳴を上げるように言う。
ちなみにコイツも僕同様、ミシンを駆けている。
僕とまったく同じ試練をバティさんから、同時にかけられていた。
「なんで縫物とかしてるの!? させられてるの!? これオヤジのところまで行く試練だよね!? その試練をやろうよ! 早く!」
と言いつつノリトは手際よくミシン縫いを進めていく。
端から端まで縫い終わった布地を、バティさんに提出。
「……うん、ギリギリ売り物に出せるクオリティね。じゃあ同じ水準のものをあと九枚」
「ちっくしょう!」
悪態をつきながらまたミシンに向かうノリトだった。
アイツ、根が真面目だから結局言われたことちゃんとやるんだよな。
「はいはいジュニアくん、ヒトの様子窺ってる場合? アナタはまだ一枚も仕上がってないのよー」
うおおおおおおおおお、そうでした!
バティさんが合格出すほど真っ直ぐ美しい縫製を十枚仕立てなきゃ、先に進めない!
それがバティさんに課された試練!
しかし、それでいいのか!?
いやてっきり……二人と戦って勝ち進まなければいけないというのが試練の内容とばかり。
「え? なんで?」
なんで、と言われましても……?
「戦いなんて、そんなに意味あることじゃないでしょう? 農場にはそれよりも大切なことがたくさん、たくさんあるじゃないですか」
お……!?
おう!?
「ご飯を食べてお酒を飲んで、笑って喋って、お風呂に入って寝る。それらすべてが大切なこと。私バティはその一つである衣服を司る農場の関係者。だからその分野でアナタたちを審査する、ただそれだけです」
たしかに……、僕は大切なことを忘れていた。
今それに気づいた。
僕は長い旅を経て、様々な経験を積んで成長したつもりだったが、その一方で大切なことを忘れてしまっていた。
思えば旅の途中で様々な人たちと出会い、教えや指導を受けてきたが、そのほとんどがバトルを通じて……だったように思える。
だからすっかり試練といえばバトル、という風にパターンができてしまっていた。
しかしそれこそ思考を停止させて、視野を狭めることになっていたのか。
旅路で多くのことを学んできたが、そこに落とし穴が潜んでいた。
「そうだ……、長い旅の果てに忘れるところだった。農場の本質を!」
うおおおおおおおおおおおおおおッ!
反省した僕は手早く動き、『究極の担い手』を使わずとも猛烈な速さで、しっかり真っ直ぐな縫い目の布を十枚、仕立て上げた。
「ジュニアくん、合格!」
「はえぇええええッ!?」
ノリトが驚愕している。
旅路で多くのことを学び、農場の極意を思い出した僕に、隙なし!!
「フッ、勝った気になるのはまだ早いわよジュニアくん、この場にはまだ、私がいるのだから!」
そうだ。
バティさんの試練をクリアしても、まだミッションコンプリートにはならない。
何故ならここにはもう一人、ベレナさんがいるからだ。
農場初期から今日に至るまで、全身全霊を農場に捧げ続けた中核メンバー。
それがベレナさんだ。
彼女の試練だって、単純なバトルとかではないはず。
「ジュニアくん、農場もそうですけれど、国なり軍なり、組織を維持するのにもっとも大事なことは何か、わかりますか?」
いきなり問いかけから来た!?
しかし深い質問だな。
組織を維持するのに大事なこと……?
やはり人? いや心? いや強い気持ちか!?
「答えは、事務です」
不正解だった。
もっと地に足つけた現実的な答えだった。
「日々の事務作業こそ組織の運営に必要不可欠なものです。収入と支出を明確にして、上向きなものにしなければどんな組織だって破綻します。必要なものを取り揃え、人員を管理し、人々の不満を解消もしくは、そもそも発生しないようにする」
はい、仰る通りです。
「それらを一手に支えている業務こそが事務です。地味で代わり映えのない仕事ですが、これを疎かにしたら組織は一ヶ月だって持ちません。勤怠を管理したり、お給金を計算したり、備品を補給したり、人員配置を確認したり……そうしたことを農場に一手に引き受けているのは、誰だと思います?」
だ、誰でしょう?
「私です!!」
やっぱり!?
ベレナさん以外に、そういうことやってそうなイメージに心当たりがなかった!
もしや農場は長らく、ベレナさんと言う稀有な人材に支えられていたのか!?
仮に農場初期の段階でベレナさんが加入していなかったら……。
想像するだけで寒気がしてきた。
「いずれ聖者様のあとを継ぐであろうジュニアくんたちには、当然のことながらこうした事務職の重要性も理解していただきたいと思っています。華々しい役職にばかり目が行って、地味でも必要な部分が疎かになって破綻する。……そんな前例は腐るほどありますので」
……パンデモニウム商会の新会長シャゼスさんの顔が脳裏をよぎった。
はい、まったくです。
「初期の農場は、単純な集まりでしたし事務作業も楽でしたけれど、時が経つにつれてドンドン複雑化していって、専門的な知識も必要です。私がこれまで農場を支えるために取得した資格を御覧に入れましょう!」
そしてベレナさんが披露してくれた資格は、こんな感じ。
魔族簿記一級。
魔族公認会計士。
魔族税理士。
魔族宅地建物取引士。
魔族行政書士。
魔族社会保険労務士。
魔族宅建士。
魔族不動産鑑定士。
魔族中小企業診断士。
魔族ファイナンシャルプランナー二級。
魔族ひよこ鑑定士。
魔族マイナンバー実務検定一級。
魔族コスメ検定一級。
「御見それしましたぁああああッッ!?
何と錚々たる資格の羅列。
これらの、見るからに取得の難しそうな資格の数々を、農場を支えるために獲得してきたというのかベレナさん!
改めて実感できた。
アナタこそが陰に隠れた農場の守護神であったか!






