1547 ジュニアの冒険:超竜
『では家令よ』
『はい』
アレキサンダーさんに応えてノーライフキングの家令さんが現れる。
いたのかこの人。
気配をまるで感じなかったが、これもメイドラゴンゾンビのミキさんが言っていたように『使用人たるもの主人や客人に存在を悟られてはいけない』というヤツなのか?
彼も、超一級の人物としてアレキサンダーさんに仕える者なのか……。
『やはりこの若者と一戦交えることとなった。いつも通りの処置を頼む』
『かしこまりましてございます。……しかし、頂上まで訪れる人間はいつの世も意欲的な方ばかりですな』
『喜ぶべきことではないか』
家令さんに何かしらを言いつけるアレキサンダーさん。
一体何を?
『戦いの場の創造だ』
創造!?
場所に対して聞きなれない言葉!?
『私が本気を出すと、すぐに破裂して消滅してしまうからな。まったく不便なものだ』
主語!
主語が不明瞭だとはなはだ不安で落ち着きません!
「よく今日まで滅びずに継続してこれたな、この世界」
「下手したら、あの方のクシャミ一発で吹き飛ぶんじゃないですか、この世界」
僕たちの平和は、案外紙一重で崩れそうな危うい均衡の上に成り立っているのかもしれない。
そこへノーライフキングの家令さんが、落ち着かせるように言う。
『ご安心ください。この世界が平穏無事であるために闘場を、別の宇宙へと移すのです。さすればこちらの世界には何の影響もありません』
それを聞いてどう安心しろと?
『他の宇宙に迷惑がかかるかもと心配されているなら、それも大丈夫です。そのために完全なる無の宇宙をゼロから想像するのですから。以前は熱的死した古宇宙を使ったりもしていたのですが、それも新たな宇宙の元となる場合もあればやはり影響は抑えたく……』
ヤッバい、何言ってるかわかんね。
とりあえず家令さんもまた世界を創造できるとは物凄い能力の持ち主か?
もしや先生とか老師とか……超スーパークラスのノーライフキングに匹敵する?
『いやいや滅相もない。私ごときがあの高名な三賢の方々と肩を並べるなどおこがましい。私はあの方々のように学を修めた魔導士ではありませんので。使える術も。今から使う空間創造操作の一種のみです』
いやそれも充分凄いかと。
……えッ? ノーライフキングなのに魔導士じゃないんですか?
『私も八傑衆同様、アレキサンダー様に心酔し不死者の道に入った冒険者に過ぎません。不死者へとなり果てる禁術はミキ様から教わり、アレキサンダー様のお役に立つための空間操作の術は博士に頼み込んで教えていただきました』
何でもないことのように家令さんは言う。
でも空間をなんちゃらするって、普通に火を熾したり風を吹かせたりするよりもずっと難しいんではイメージだけれど。
そんな超高等術だけを集中して覚えるのは、彼自身が言ったように自分の主人のため。
それだけアレキサンダーさんへの忠誠心の表れか。
『それでは、そろそろ戦いの場へとご案内いたしましょう。……へっちゃらもへもへ!!』
家令さんが何かを呟くと、急に視界が変わった。
フッと暗くなった。
見渡す限り全面黒の果てしない空間。
これが家令さんたちの言う“無”しかない宇宙。
『ご安心を、空間操作に付随する効能で生存に必要な酸素や温度は提供できます。もっとも、我が主の力で丸ごと吹き飛ばされてはどうしようもありませんが』
怖いことをサラッと言う。
その一方で、この暗黒しかない空間の中で僅かに暗黒でない一点。
これほどの闇に包まれながらも輝きを失わない純白の竜が、そこに浮かんでいた。
『いつもすまぬな家令よ。このように、お前に箱庭を作ってもらわなければいちいち本気を出すこともままならぬ。まこと不便な体よ』
『何を仰います。その不便を不便と見なす心こそアレキサンダー様の慈悲深さの証。私ども従者の誇りです』
うおおおおお……!?
理想的な主従関係が目の前で展開されている?
それだけでも圧倒されそうだ。
それだけでなく、こんな何もない暗黒空間に放り込まれて、その事実だけでも精神的圧迫感が酷い。
普通に考えたら、こんなところに連れ込まれただけで生殺与奪を握られているようなものじゃないか。
しかもこれがまだ戦闘の準備段階に過ぎない。
そう考えただけで気が遠くなった。
『ではジュニア様』
家令さんが告げる。
『準備は整いました。ここには気兼ねするものは何もございません。存分に己が力を振るい、また言葉だけでは計り知れないアレキサンダー様のお力を思い知るがよろしいでしょう!』
たしかにね!
『気兼ねするものは何もない』っていうことはたしかに疑いようのない事実だと思います!
この暗黒空間では!
『ジュニアくん』
アレキサンダーさんが言う。
その声はどこまでも平坦で静かで、そしてどこまでも鋭かった。刺されても痛みすら感じさせないほどに。
『皆は大仰に囃し立てるがね。私はそれほど優秀なドラゴンではない。何しろ最初の方は落ちこぼれと蔑まれていたほどだ』
そうなんです?
アレキサンダーさんから語られる過去の記憶。
『生まれたての私は物覚えが悪く、他の竜と比べて育ちも遅くて小さかった。兄弟の中で明らかに弱いと見切りをつけた父上から毎日虐げられ、「このままでは殺される」と思って龍帝城から逃げだした。そうしてたどり着いたのがキミたちの知る「聖なる白乙女の山」だ』
今では最強ドラゴンと誰もが恐れるアレキサンダーさんも、そんな大変な幼少期を過ごしてこられた。
……あッ『聖なる白乙女の山』ということは……。
『そう、私はそこで祖母上と出会い、己を高める術を学んだ。最初はただ生きるための抗いだった。父上が後継者を育てるためではなく、みずからの力を増強するために子を増やしていたのはわかっていたからな。私は父上に対抗するための術や技を祖母上から教わることとなった』
その“父上”って、アル・ゴールさんのことだよな。
今ではすっかり力を失って大人しいけれども、そんなにカスいドラゴンだったのか。
なんだか幻滅だなあ。
『しかしそこでも私は出来の悪さを発揮した。祖母上は私に、期待と愛情をこめて様々な術を伝授してくれたが、そのいずれも使いこなすことはできず、体得できなかった。その時ほど自分の不甲斐なさが恥ずかしいと思ったことはない。拠り所となってきれた祖母上のお役に立つことができなかったのだから』
当時を思い出したのかガックリうなだれるアレキサンダー竜。
回想にそこまで感情移入しなくても。感情の大きい人(竜)なんだろうなあ。
『しかし、そんな中でたった一つだけモノにできた術……竜魔法がある。今でも私が使える竜魔法はただそれのみ。自分の魂が耐えられるまで、自分の力を倍加させる。たったそれだけの魔法、たったそれだけの能力』
そうは言うけれど、単純ながらの能力ではあるがそれなりに強力ってことでは。
力の増加……たしかに単純だが、単純なロジックこそロジックでひっくり返すことは難しい。
となったら純粋に、力は力で押し返すことになるわけだが、そこに最強ドラゴン・アレキサンダーさんが重なれば、もう想像するだに恐ろしい。
最強ドラゴンだぞ。
その彼は引き出せる限界値は一体何倍だ?
万倍? 十万倍? 一千万倍?
『私の限界強化倍率は……三四七京九八八〇兆六一三六億〇〇一二万倍だ』
はい?
け、けい? けい!?
『それでは始めようぞ。最初に言っておく、これは警告ではない、忠告でもない。……哀願だ』
アレキサンダーさんの周囲で、何かが漠然と膨れ上がっていく。
漠然と、しかしたしかに。
『もうダメだと思ったら無理せず降参してくれ。私の力で未来ある若者を殺すなどあってはならない』
『我が主に心の傷などつけてはいけません。ジュニアさん、アナタのように若い御方は撤退を恥とお考えになるようですが、アナタが恥を晒すよりもアレキサンダー様が悲しまれることの方を避けねばなりません』
家令さんのあまりにもアレキサンダーさんファーストな言動。
そうしてる間にもアレキサンダーさんから発せられる漠然とした何かは、確実に膨らみを増していく。
いや、僕にも大体わかってきた。
あの漠然とした何かは、力だ。
魔力でも、マナでもない。
純然たる強さが、あまりにも大きく膨れ上がることで世界の均衡を壊しているんだ。
『アレクサンダー様、今は何倍まで上がりましたかな?』
『うむ、四三〇〇倍と言ったところだ』
一千万台!?
しかもただの数千万倍じゃない。元がドラゴンだ。
地上最強、他生物のすべてを掛け合わせたより巨大なドラゴンの強さをさらに数千倍となったら、そりゃ世界も重心も狂うだろう。
『七千万倍……九千万倍……一億四千万倍……』
ひいぃいいいいいッ!?
加速度的にどんどん上がっていく!?
『一番早い決着は、あまりのプレッシャーに相手の心まで押し潰され狂死してしまうことです。それがもっとも早くて、しかも始末が簡単だ。その次が物理的に力の大きさに押し潰されてしまうこと。それくらいになると、アレキサンダー様の力に世界が軋まされて、物理法則のいくつかが変調してしまいますがな』
また怖いことサラッと言ってる!?
最強という名の存在が、今かたちを伴って目前へと迫りくる……!






