1543 ジュニアの冒険:死の息吹
『聖なる白乙女の山』を巡る最後の試練を担いし者は、『聖なる山の白乙女』だった。
メイドラゴンゾンビのミキさん。
今僕の目の前には、山のように大きなドラゴン……ただし骨のみ……、が立ち塞がっている。
もちろん身がすくむほどの威圧感だ。
「気を付けろジュニア! 相手は何してくるかわからんぞ!!」
ヴィールが背後から檄を飛ばしてくる。
たしかに……ドラゴンとノーライフキング。世界二大災厄と呼ばれた両存在は、僕の知り合いの中にいて、なかなか深い親交を築き上げている。
だからどっちの超越存在も、いざ戦うとなったら何をしてくるかおおよその予測はついた。
しかしながらドラゴンとノーライフキング、その両方を兼ね備えた存在というのはこれまでとんと縁がなかった。想像したことすらない。
だからこそどんなことを仕掛けてくるか、まったく想像つかない。
ブレスか? 魔法か? はたまた肉弾攻撃か?
あるいはメイドならではの何かを攻撃手段としてくるか?
「なんか変なモンの読みすぎなのだ」
「ノーライフキングであることを抜きにしても、母上はかつて女帝竜……すべてのドラゴンの頂点に立っていた御方だ! 油断していたら一瞬でやられるぞ小僧!」
はい!
小僧です!!
アル・ゴールさんからも忠告を受けるが、本当に何してくるかわからん。
警戒しようにも、どう警戒するのがいいのか見当もつかない。
『フッフフフフフフフフ……!』
頭の中へ響いてくるようなこの声は、ミキさんのもの。
ドラゴンは本来の形態に戻ったらテレパシー的な魔力会話を行うが、ヴィールなどとで聞き慣れているはずのドラゴン会話も、どこか不気味だ。
『わたくしとて大元はドラゴン。さすれば基本的な戦法はドラゴンに準ずる』
ドラゴンの基本戦法。
といえば……。
『そうブレスです。ドラゴンが口から吐く息は様々な攻撃効果を持ち、逆らう者を殲滅します。炎、氷、毒、雷……。種類は色々ありますが、どれも最後は塵も残さず消滅させるものなので大した違いはありません』
そ、そうだな……!?
それほどドラゴンという種の基本的能力が凄まじいということだ。
ただ攻撃に属性というものがつけば、それに合わせて対処法を講じるというのがファンタジーバトルの基本。
ひとまずは相手の出方を窺い、最低でも得意属性を看破するぐらいはしよう。
戦略を組み立てるのは、それからでも遅くない。
『あらあら、よろしいのかしら? ドラゴンを相手にそんなゆったりとかまえて?』
向こうも大概余裕たっぷりで……。
『ニンゲンは、ドラゴン相手にはもっと必死で立ち向かうと思っていたのですが。危機感が薄いのかしら? それとも大物だから?』
うッ。
小心者だから慎重なんです。
『ではいい加減お目に駆けましょう。この不死のドラゴン、ミキが放つ……死のブレスを』
ミキさんが、フッと口先から何かを吹き出した。
それはブレスというにはあまりに静かで、最初何をしたのかもわからないぐらいだった。
しかしすぐに、それは恐ろしいものだと脅迫的観念と共に実感する。
実質的な効果はすぐに現れた。
ミキさんの静かな吐息を吹きかけられた地面から塵となって消滅していくからだ。
あれは腐敗? いや風化? それとも老化?
とにかく形あるモノが生命力を失い無に還っていく。
その現象に名前をつけるとしたら……、まさしく“死”。
「うおおおおおおッ!? これはどういうことだ!? 解説役の父上!」
「誰が解説役だぁ!? これこそ母上だけが操る最強……いや最凶最悪必殺必死のブレス。ヤツの吐息が触れただけで生きとし生けるものすべてが腐れ落ち、潤いを失い枯れ朽ちる! 生物無生物に関わらずすべてに死を与えるブレスだ!」
律儀に解説してくれるアル・ゴールさん。
死のブレス……いかにもドラゴンゾンビっぽい!
「死属性のブレス……そんなものが存在するのか?」
「存在しねーけど。ノーライフキングには、その道を究めた者が最後にたどり着く最強の力……死光気というものがある。おそらく母上のブレスは、その死光気を組み合わせて応用したものなんだろう」
死属性存在しないのかい!
だったら属性の弱点を突いて逆転とかもできないじゃないか!
いやもうそれ以前にミキさんの攻撃は強力……いや凶悪だ。
こっちの防御力、生命力、知力を問答無用で蹴散らしてくる死そのもの。
こっちが生命体である限り、あの死のブレスからは逃れることができない。
こんな絶対的能力がありながらラスボスではなく中ボスだってところがもう終わっている。
「うおわわわわぁーーーッ!?」
僕は慌てて死のブレスから逃げる。
幸い有効範囲はそれほど広くないらしい。全力で走って逃げたら何とか安全圏へと抜け出せた。
しかしそれは、相手側がだいぶ手を抜いてくれているのも大きい。
実際ミキさんはフッと吐息を吹きかけただけで、追撃を全然してこなかったのだから。
やろうと思えば継続的にブレスを吹けただろうし、それで僕の退路も阻めたはずだ。
全然まだ殺す気じゃないということ。
いやまだ勝負のつもりすらない、挨拶の段階というべきだろう。
『ここでやめてもいいですよ。アレキサンダー様は、ニンゲンが無為に死んでいくことを何より嫌います。アナタも無謀な挑戦で若い命を散らすこともないでしょう』
でも、ここで降参したら試練はクリアにならないんでしょう?
だったら、後退という選択肢は僕の辞書にはない!
「ジュニアーッ! 色々詰め込みすぎて文章変になってるのだー!」
「辞書に選択肢ついてるわけねーだろ! ゲームブックじゃねーんだぞ!」
外野の実況役と解説役が煩い。
『その無鉄砲さが若さの証ですか。では、できるだけ死なないように加減してあげますけれど、手元が狂うということは何事にもあるものです。死んでも裏もないでくださいね』
僕は試練のためにここに来た。
リスクもなく成長を得られる試練はない。
たとえ死の危険が迫ってこようと、乗り越えてみせる!
『その意気やよし! では再びお目にかけましょう死のブレス!』
ミキさんから吹きかけられる死の吐息。
その流れは恐ろしく静かだ。まるで死自体そのものがそうであるかのように。
しかし迫りくる死を浴びて、生が上げる悲鳴はけたたましい。
それこそすべての生者が、死に対して起こすリアクションだった。
「ジュニア! 逃げるのだ! 死のブレスにかすっただけでもヤバいぞ!!」
ヴィールが送るアドバイスは至極真っ当だ。
僕も逃げた方がヨシだと全細胞が叫んでいる。
しかし僕はあえて、逃げることなく真っ向から死のブレスに立ち向かった。
迫りくる死の吐息の前に、仁王立ちして一歩も引かない。
『あらあら』
「アイツ正気かぁッ!?」
向こうに死のブレスという切り札があるのなら、こっちにだって切り札はある。
『究極の担い手』という切り札が。
触れたものの潜在能力を限界以上に高めるのが『究極の担い手』の能力なら、この僕自身の生命力を限界以上に高める。
死に打ち勝つほどに。
迸れ僕の生命力よ。
いつか必ず死に敗北することがわかり切っている命だけれど、一瞬ぐらい死に打ち勝つことがあってもいいじゃないか。
死よ、いつだって命がお前に屈服すると、思うなよぉおおおおおッ!?
『なんと?』
「生きているだと!? 母上の死のブレスをまともにくらって!?」
「さすがジュニアなのだぁああ!!」
凌いだぞ! 死に打ち勝つ生の謳歌、それが農場魂だ!
そして、最大攻撃の直後こそ最大の隙が生まれる! ならば今こそ反撃の絶好機!
行くぞ今こそ、ジュニアアタック!
『甘いですわ』
ペシッ。
と容易くはたき落される僕。
『性急ですわね。まさか八傑衆の頂点に立つこのわたくしを、まさか一手攻略しただけで倒せるとでも?』
甘い見通しでした。
『ドラゴンの力、ノーライフキングの力。それらが敗れたとしてもまだこのわたくしには、最後の力が残っています。わたくしが最後の頼みとする力……それは、メイドの力ッ!!』
メイドの力!?
メイド力!?
『そう、メイドとは主人のことを誰よりも主人のことを深く想い、役立とうとする力! 想いは無限の力を創造する! メイドたるわたくしには、アレキサンダー様を敬愛する心ある限り死んでも滅ぶことはありません!』
ならばこっちは、農場を想う心がある!
農場の仲間たち!
農場国の人々!
そして家族!
皆を想い、共に進んでいく心もまた何人にだって折られることはない!
行くぞミキさん!
アナタのメイド魂と、僕の農場魂。
どっちが果てることなく突き進むか、勝負だッ!!






