1535 ジュニアの冒険:恨み骨髄に徹する
さて、歩いてみるだけで如実にわかる毒山エリアのデンジャラス。
ここで次なるS級冒険者さんが待ち構えているとのことなのだが……。
「もうすっかり八傑衆でもなくなったのだー」
綺麗な布巾で顔をぬぐいながら言うヴィール。
ちょっと明言しないでよ。
必死に考えないようにしていたんだから。
「しかしこんな生存不可能域にニンゲンがいるのか? 正直環境の影響を受けない死体モドキだからこそ常駐していられるような場所だぞ?」
ヴィールの言うことももっとも。
ここに踏み込んだ僕自身、一刻も早く脱出して全身洗い流したい気分なんだから。
ここで待ち受けるS級冒険者……。
同級のムルシェラさんをして『最強』と言わしめるような人。
一体何者なんだ……!?
「お、アイツじゃねーか?」
ヴィールが何かに気づいて指さした。
「あっちに人影があるのだ」
火トカゲ?
いや人影か。こんな毒々しい場所に用もなくうろついている人がいるとは考え難い。
とすると、この場で僕を待ち受けているという用事がある、S級冒険者さんと考えるのが妥当か。
待っててください、今いきます!
ジュニアダッシュ!
……人影に近づくと、その輪郭が少しずつハッキリしてきた。
女の人だ。
女性らしい滑らかな体格線にもガッシリとした強度が窺える、いかにも女性冒険者らしい体つき。
年齢的にはムルシェラさんより上、トントンさんより若い感じがする。
つまりもっとも精力的な年代ということだった。
最強と呼ばれるのも納得というか。
しかも、あんな毒素渦巻くド真ん中で直立不動の姿勢でいられるなんてただ者じゃない。
普通なら毒で侵されて立ってもいられないほどだ。
そんな中で涼しい顔でたたずんでいられる、その一事だけでも最強と呼ばれるに相応しい。
でも一体、誰なんだ?
冒険者において最強……などと謳われる人に、僕が心当たりがないとは。
これでもこの世界の重要人物には大抵知見があるつもりだったんだが。僕のまだ知らない凄い人がいるなんて、やっぱり世界は広い。
「……んあ? なんか見覚えのあるヤツだな?」
ヴィールには心当たりがあるようだった。
さすが僕より年上。
このS級冒険者が誰なのか、当人の名乗りを聞いて確認したいところだが……。
「……う~ん」
バタッ。
倒れたぁあああああああああッッ!?
やっぱり無事じゃない!
こんな毒濃度の高い空間に長時間いたらそうもなりますよ!
「まあ、待ち合わせには適さない場所だ」
まったくだよ!
介抱介抱! 適切な処置を! 毒消しないの毒消しぃいいいいいいいいッ!?
小一時間、手当てに追われた。
そして……。
「ありがとう! 回復したわ!」
復活したS級冒険者さん。
いやでも想像以上に速やかに復活した。しかも全快。調子の悪さを少しも引きずっていない。
これがS級冒険者たる者の凄さなのか?
「いやー、毒にやられるとは私もまだまだねー。……あッ、でもマンガじゃ一回毒ると抗体とかができて、毒効かなくなるのよね!? だったらもう私って毒無効!?」
何を言っているんだこの人は?
「たったの一回で無効化できるぐらいの抗体ができるんなら、毒なんて自然界じゃオワコンなのだ」
ヴィールがもっともな正論を言う。
でも、本当に最強のS級冒険者なら一回で完全抗体を作れそうという根拠のない信頼感ならある。
本当にこの人が、前評判通りの最強S級冒険者であるなら。
一体この人の正体は?
「……何なのジュニアくん、まるで不審者を見るような目でヒトを見て?」
「不審者であることは間違いないのだ」
ヴィールの冷静かつ的確なツッコミが入る。
っていうか、この女性は僕のことを知っている?
益々何者なんだ?
「嫌ねえ、昔は一緒に旅行したこともあるのに、こんな魅力的なお姉さんのことを忘れるなんて。だったら二度と忘れないように印象的な自己紹介をするまでね!」
最強のお姉さんは、腰に下げていた一振りの剣を引き抜いた。
何故かそれだけで、周囲にわだかまっていた毒素が払われ、四方三里に清浄な空気が広がっていく。
清浄効果!?
どういう理屈!?
「そんなことできるんなら最初からやっとけよ」
ヴィールの冷静かつ的確なツッコミが入る!?
「この鏖聖剣ズィーベングリューンの聖気に触れれば、毒なんてたちどころに浄化されて消え去るのよッ! これこそ私の勇者たる証明の舞ッ!」
えッ?
勇者?
「そう私こそ、世界を救うために異世界からやってきた勇者! その成れの果て! 今では冒険者その最強たるS級にまで上り詰めて、さらにその中で最強と言われる!」
うわぁ、元気……!
ついさっきまで毒で倒れていた人とは思えない……!
「その名はモモコ! S級冒険者勇者モモコよ!!」
モモコさんッ!?
聞いたことあるような、ないような!?
「シャにシャが重なって語感が悪いのだ。冒険者か勇者か、どっちか削れ」
「嫌よ! 冒険者も勇者も、どちらも紛れもない私なのよ!!」
なんだか独特な人が出てきたなあ。
これまで会ってきたS級冒険者たちに負けない個性。
最強の呼び名に相応しいのかもしれない。
「そう、私は勇者であり冒険者。それが今でも私の胸に燃え続ける誇り……つまり、プライド」
「なんか語りだしたのだ」
「私は異世界召喚によってこの世界に呼び出されたの。魔族と戦う勇者として」
それは、ウチの父さんやカトウさんと同じ?
名前の感じが似てるなと思ったら。
「フフ今、自分の父親やカトウさんと同じだって思ったわね?
思考を読まれた。
「ただ彼らと私には違うところがあるわ。聖者やカトウさんは、召喚時に授かったスキルが勇者向けではないと判断されて追放された。しかし私は違う。授かったスキルが“大当たり”だとなって、勇者として公認されたのよ」
とは言うが、そこに誇らしげな態度はない。
なんだか昔の痛々しい思い出を語るかのようだった。
「私は、悪を滅ぼす勇者として戦場へ送られたわ。おりしも人魔戦争の盛んだった頃よ。魔族は悪であり、人族は正義。異世界から来たばかりでこっちの価値観など何も知らない私は、何の疑いを持たずに戦い続けた。それが正しいことだと信じて……!」
そして戦争は終わりました。
魔族側の勝利で。
さすれば人族側でもっとも華々しく戦った勇者モモコさんは……?
「過酷な逃亡生活だったわねー。人のいる場所には行けずに森を彷徨い、山にこもり……!」
大変そうな記憶だった。モモコさんがあんな遠い目をして……。
「で、私が何を言いたいかって言うと、人間国から見捨てられた聖者さんやカトウさんは、その分余分な知識もなくまっさらな状態からこの世界に馴染んでいけた。私は一旦勇者として歪んだ価値観を刷り込まれてから、それを矯正しながらこの世界での生き方を学ばなければならなかった……!」
つまり?
「大変だったって言いたいのよぉおおおおおおッッ! 他の人たちより馴染むのがずっと大変でぇえええええ! 苦労してきたんですぅううううううッッ!!」
「別にそこまででもないだろ。ご主人様だって苦労してきたぞ。おれが言うなら間違いないのだ」
ヴィールの冷静かつ的確なツッコミが入る。
たしかにヴィールは、父さんが農場立ち上げた最初から見守ってきた者たちのうちの一人だからな。
「そんな色々ありましたけれども、こうして今はS級冒険者にまでなって元気に暮らしています! そんな私の経歴を! どうか讃えて!」
はい。
パチパチパチパチパチパチパチパチ……。
最後のS級冒険者として待ち受けていた人は。
……何というか、面倒くさい人だった。
次の更新は8/14(金)の予定になります。






