1516 閑話:姫と天使の締めくくり
「行ったか……」
私の名はレタスレート。
世界の流通と食料とエンタメを牛耳る大会社、レタスレート&ホルコスフォン豆カンパニーの共同代表よ。
そんな風な肩書きで名乗るようになったのは、いつ頃のことかしら?
とにかく今は飛び立っていった知り合いの子ジュニアの軌跡を見送るわ。
「というかアイツ何気に空飛べるようになってるのよね。自力で。あんな資質セージャの血統にあったかしら?」
「男子たるもの三日会わざれば刮目するほどの変化があると言います。少年も成長すれば空も飛ぶでしょう」
成長したら飛べるもんなの。
んなわけあるか。
ウチのホルコスちゃんとコンビ結成して十数年。
さすが天使として世の常識が通じないところがあるから、私の方がすっかりツッコミ役に収まってしまったわ。
どちらかと言うと私も非常識枠に入るというのに。
「しかし……あのジュニアが立派になったものねえ。ついこの間までハイハイしていたものとばかり……」
「そんなことを言うと気持ちが老いますよ」
わかってるわよ!
引けば老いるし臆せば死ぬわよ!
こういう時ばっかり常識をブチ込んでくるんじゃないわよ!
……しかし、余所ん家とはいえ幼いと思っていた子どもの成長を目の当たりにすると思い出してしまうものなのよ。
昔のことを。
それこそ二十年以上前のこと。
私、レタスレートは今とは似ても似つかぬ生活をしていた。
お姫様であった。
いや、比喩とかじゃなく事実として。
旧人間国の第一王女。
今リテセウスくんが治めている人間共和国とは別物。
その前身っていうか、あえて言うなら人間王国ってところね。
王制と共和制は違うのよ。
そんな私の幼年期は、今思い出してみてもしょーもなかったわ。
望めば何でも手に入る……いや与えてもらえる。
人間国の頂点に立つ王族のそのご機嫌を取ることだけが周りの人間に課せられた使命だったから。
私が我がまま一つ叶えるのに、城の外の数万人の一般庶民がどれだけ苦悩を強いらせていたか。
当時の私は知るよしもなかったわ。
大きな変化が訪れたのは、戦争終結によって。
人間国が負けた。
それによって王であった父も捕まり、私も捕まった。
敗戦国のトップ。
通常の流れであれば処分は斬首一択。
敗北の責任を負うためにも頂点の責任を負う者は命を持って償わなければならない。
まあ、当時の私は全然子どもで戦争責任とか毛ほども自覚していなかったんだけれど。
そんな敗軍の姫が、十割以上斬死が決まった運命から生き永らえたのは、戦勝側である魔王さんの慈悲によるところから。
今考えても魔王さんに足を向けて寝られないわね。
当時はそんな恩義なんか毛ほども気づいていなかったけれどね。
「何やら遠い目をしていますねレタスレート」
「人生を振り返るのにちょうどいい日和というものがあるようね」
そうして九死に一生を得た私は、セージャのいる農場に身柄を預けられることになった。
ここに登場するのが二人目の恩人セージャよ。
さっきまでここにいたジュニアの父親に当たるヤツね。
私が言うのもなんだけれどジュニアはいい父親を持ったと思うわ。
この世界にヤツほど面倒見がよく、土と向き合うに真摯なヤツは存在しないもの。
アイツの下だったからこそ私は、この先にある最大最強の恩人と出会うことができたのだから。
そう豆よ!
これまで我がままいっぱいのお姫生活で、スプーンより重いものを持ったことがなく、汚れるからと土も触ったことのない小娘が。
大地と向き合い、一日にしてならぬ農作業によって辛抱を学び、性根を叩き直すことに成功した。
そのための農作物が豆ッ!
私は豆によって救われ、豆によって生まれ変わったのよ!
豆こそもっとも尊い私の恩人。
「マスターも魔王氏も、恩を懸けた甲斐がないと思ってらっしゃるでしょうね」
何を言ってるのホルコスちゃん!?
セージャも魔王さんも、かけがえのない私の恩人よ!
しかしそれ以上に豆こそが私的恩人界のTier1、塗り替えられることのない永遠の一位というだけであって。
そこに何の違いもないということなのよ!
「違うと思いますが」
とにかく豆のお陰で私は、天を砕くパンチ力を得て、地を裂くキック力も得た。
そして何物にも代えがたい豆力を得たわ。
「豆力とは?」
それをアナタが言うのホルコスちゃん!
アナタもまた豆に魅入られたナットウニストでしょうに!!
「そうです、納豆はすべての災いを消し去り、世界に平穏と健康をもたらす神の食物。まさに万能薬……エリクシルというべき物体です」
覚えのない功績に神様もビックリでしょうね。
このように納豆を愛するホルコスちゃんと豆を愛する私。
惹かれあうのは必然だった。
豆によって固く結ばれた絆はエクスカリバーをもってしても断つことはできない!
私とホルコスちゃんのコンビによって、この世界は瞬く間に覆い尽くされたわ
豆によって。
実際、怒ると言われていた食糧危機を回避できたのは私たちの生産する豆によって。
タンパク源として優秀な豆は、主食として成り立つのよ!
「そしてその豆を拠り所として成り立つ納豆は、発酵食品。優秀な栄養源であることに加え、発酵によって生まれた成分はあらゆる病気を予防もしくは快癒させます。まさに万能薬、エリクシルなのです!」
それはわかったから。
いいものなら売れるというナイーブな考えは捨てるべき。
それは豆を除いてのこと。
正真正銘のいいものである豆は、それだけで無条件に売れるのよ!
そうして大きくなったのが我ら! レタスレート&ホルコスフォン豆カンパニーなのだから!!
「そうです、我々はこんなに大きくなりました。しかしまだまだ大きくなる途中です!」
いいこと言ったわホルコスちゃん!
そう私たちはまだ旅の途中。
本来死ぬはずだったものを生かしてもらった、その意味を手繰り寄せるために……。
私たちは今日も豆を生産し続ける!
「急に深いこと言ったと思ったら、急に唐変木なこと言いだしてシリアスさが迷子いなるのう」
ああ、この島の小さな主さん。
まだいたの。
「ワシが住んでる島なんじゃからいるに決まってるじゃろう!『まだいるのか』はワシがアンタらに言うセリフじゃ!!」
まあ、スポンサーに大した口の利き方。
でも今日はアナタのお陰でコーヒーと和解することもできたし、益々私の豆愛に死角がなくなったわ。
これで我ら豆カンパニーは新しいステージに上がれる。
手始めに我が社直営の喫茶店チェーンを作って、既存店に殴り込みをかけようかしら!?
「それはいいアイデアですねレタスレート」
そうね、コーヒーを飲みに来てくれたお客さんに、おまけで小袋に入れた豆菓子を無料提供! するというのはどうかしら!?
お客さんの喜ぶ顔が目に浮かぶわ!
「ナイスアイデアだと思いますが、どこか二番煎じ感が否めません」
まあホルコスちゃんなんてこと言うの!?
でも長年の相棒が言うなら信憑性があるかもね!
私の人生なんて間違いで溢れかえっている。
だったら今更間違いの一つや二つ増えたって大した違いにはならないわ!!
この世知辛い世の中を豆粒のように生き抜いてきたレタスレート!
その無二の親友ホルコスフォン!
これからも世のため人のため豆のために、全力疾走で生きていくわよ!!
「あー、これ以上居座るんなら、せっかくじゃからコーヒーでも飲んでいかんか、淹れたてじゃぞ」
まあ、小さな島の主さん気が利くわね!
それでは全力で一気飲みして……!
……熱い!? 苦い!?







