1513 ジュニアの冒険:コーヒー豆と和解せよ
魔島温泉掘り出し計画。
あとはホルコスフォンおねえさんに掘削してもらうだけと思っていたのに、思わぬ暗礁に乗り上げてしまった。
いや、すべては僕の思い上がりから来たものだ。
世界中の多くの人から助けてもらえる父さんは、その分世界中の多くの人々を助けて信頼してもらえる立場。
あの人の息子だからと言って無条件で自分も同じ立場に着けるなどという僕の考えが浅はかだった。
しかしそれとは別に、このレタスレート&ホルコスフォンのWおねえさんには何かご不満があるようで……。
「魔島……噂には聞いていたわ。世界一のコーヒー生産地……」
「おお、よくぞ知っておるのお姉ちゃん! そうこの魔島こそ世界一コーヒー豆を輸出しておる、コーヒー生産の根源地じゃ!!」
喜び勇んで言うアゼルさんに、レタスレートおねえさんは珍しく苦い顔。
「このレタスレートと言えば豆、豆と言えばレタスレートと言われて久しいわ。それもこの私が誰よりも深く豆を愛するが故。大豆、エンドウ、そらまめ、ピーナッツ、……他にも様々な豆を分け隔てなく愛してきた私だけど、唯一真っ向から愛せない豆があった……!」
それは一体?
いや、『豆を愛する』ってそもそもなんだ?
「それがコーヒー豆よ!!」
なにぃッ!?
って、だから豆を愛するという概念が?
「マスターがコーヒーという概念をこの世界に持ち込んでから。レタスレートとコーヒーとの間に深い葛藤がありました」
ホルコスフォンおねえさんが解説に回るけど、すべてが理解の範疇から出てこない。
「コーヒーは豆から作られる飲み物。豆を焙煎し、挽いて粉々にし、お湯に浸して成分を抽出することで出来上がる飲料。しかしレタスレートにはその工程がどうしても許せない」
「そうよ! 豆は豆でそのまま楽しめばいいじゃない! なんで原型がなくなるまで変えるわけ!? そんなの豆への冒涜じゃないの!?」
激しく憤るレタスレートおねえさん。
どうやら豆キチの彼女にとっては彼女にしか理解できない譲れない一線があるようだ。
余人である僕にはとんとわからんけれど。
「そんなこといったら豆腐だって原型残ってないし……!?」
「豆腐はまだいいわよ! 豆腐となってメタモルフォーゼしたあとも、乖離した成分は豆乳、おから、様々な形態へと枝分かれして楽しめる! それに対してコーヒーは、抽出したあとの残りはどうする!? 捨てるのよ! 仮にも豆であったものを! そんな豆に対して可哀想なことを、この豆への愛に溢れるレタスレートができると思っているの!?」
とこのように供述しております、豆に憑かれた女レタスレートさんが。
これにどう返せばいいんだろう、わかる?
いや、わからない?
「このレタスレートのイズムと激しく反発するコーヒーとの葛藤は、水面下で絶えず行われてきました。この魔島のことも随分前から着目していましたが、レタスレートの拘りと反発してなかなか企画に上らなかったのも事実」
「くうッ、悩ましいところね。世界一の豆生産地なんて我が社としてはすぐにでもM&AtoZしたいところだったのにコーヒー豆というところが最大のネックで……」
ある意味でコーヒー豆が何を凌いでいた魔島?
もはやナニがアレ過ぎてわけのわからないところまで来ているが。
「そんな激しい葛藤を私にくれやがったこの島を、そう簡単に助けるわけにはいかないのよ! もし助けてほしいなら、島の主要生産物を大豆に切り替えることね!」
無茶振り!?
レタスレートおねえさん、それは無理難題が過ぎる!
魔島の人々だって数百年コーヒーを主要産業にしてきたことに誇りがあるんですよ!
「もしくは納豆アイランドに改名するか……」
ホルコスフォンおねえさんも無茶振りが過ぎる!
どうしよう、もしかしたら僕は魔島にとって著しい災いを呼び込んでしまったのかもしれない。
僕はなんて軽率で愚かだったんだ。
みずからの未熟さを改めて痛感した。
「フッ、大丈夫じゃジュニア殿」
アゼルさんッ!?
その余裕の表情、島主の威厳が感じられます!
そうだ、アゼルさんだって何十年もトップとして、この島の平和を守り続けてきた。
本国との交流再開といった大事件も乗り越えてきた、経験豊かな指導者なんだ、決して甘く見ていい人ではないんだ。
この人であれば、たとえ世界を牛耳るレタスレート&ホルコスフォン女傑コンビニも対等に渡り合える!?
「まずは訂正しようではないか。コーヒーグラウンズは、ただ捨てるだけのゴミでは、けっしてないということを!」
「「こーひーぐらうんず?」」
「おぬしらが“コーヒーの出がらし”と呼んでいるものの正式名称じゃよ」
さすがアゼルさん!
専門用語に詳しいのが玄人感を出している!
「そもそもコーヒーというのは含有されている成分が他の豆とはまったく違う。ようは過剰なんじゃな。コーヒー豆をそのまま食ったヤギがやたら元気に跳ね回るのを見て、コーヒーの有用性を発見したなどという話もある。そのままではあまりに刺激がありすぎるので、湯に煮出して薄めるぐらいしなければいけないという話じゃな」
「な、なるほど……!?」「参考になりますね」
レタスレートおねえさんたちに耳を傾けさせる、アゼルさんの含蓄に富む語りッ!?
「しかしだからと言って出がらしとなったコーヒー豆を無駄にする愚かな真似を、長年コーヒーと共に生きてきた魔島の民が許すと思うかな!? ならば見るがいい、我々が百年の歴史の末に編み出したコーヒーグラウンズの再利用法を!!」
こうして始まる、コーヒー産地の人による、出がらし再利用講座!
「まず第一に、コーヒーグラウンズは……肥料になる!!」
なにぃいいいいいッ!?
それは有効な情報だぞ!? と僕は農家の息子としてその情報に飛びついた!
「多くの食べ残しと一緒に混ぜ、土を入れて、時間が経てばより栄養ある土が出来上がり! これをコーヒー畑に撒いてコーヒーのさらなる成長を見込めるというわけじゃ! コーヒーは、コーヒーに還ってくるわけじゃな!」
なるほどこれは参考になる!
そういえば父さんもコーヒーの出がらし使って肥料にしていた覚えがある。
最初はそのまま畑に撒いて『あれー? おかしいなー?』とか言っていたけれども。
「コーヒーグラウンズは、そのままだと除草作用があるでな。肥料にしたかったら必ずまずは発酵させる段階を踏まないとダメじゃぞ!」
「「なるほどー」」
なるほど参考になるー。
レタスレート&ホルコスフォンおねえさんも納得させる薀蓄。
「コーヒーグラウンズの効能はそれだけではない! 次に着目べきは……消臭じゃな!」
「しょ、消臭!」
「乾燥させたコーヒーグラウンズを布でくるむか、もしくは箱にでも入れて、臭いの気になるところへ入れておこう! さすればあら不思議! 臭いがまったく消えておるではないか!」
「乾燥させるのが大事なのね!?」
「そうじゃ! 濡れたままじゃとカビが湧いたりするから要注意な! その他にも鍋の消臭にも使える! 水を張った鍋にコーヒーグラウンズを入れて、そのまま煮立たせる! するとスッキリ臭いもなくなるぞ!!」
なんと、まるで大図書館のように、コーヒーの出がらしに関する情報がバキバキ出てくる!?
これが魔島の支配者なのかッ!?
「その他にも虫よけに使える! アリやナメクジなど地を這う虫の効果的じゃのう! 家屋の出入り口にでも撒いて結界を張るがよいぞ! あと針刺しにも使えば、コーヒーグラウンズの成分が錆を防止して針によい! どうじゃ、こんなに様々な効能がコーヒーグラウンズには秘められているのじゃ!!」
「凄い! コーヒーの出がらし!」
「違う! コーヒーグラウンズじゃ!」
「コーヒーグラウンズ!」
「Yes! コーヒーグラウンズ!」
「「「コーヒーグラウンズ! コーヒーグラウンズ! コーヒーグラウンズ! コーヒーグラウンズ! コーヒーグラウンズ! コーヒーグラウンズ! コーヒーグラウンズ! コーヒーグラウンズ!」
皆でコーヒーグラウンズコールが始まってしまった。
これでもうコーヒーの出がらしのこと二度とコーヒーの出がらしって呼べない……!
半生をコーヒーと共に過ごしてきた魔島の代表アゼルさんの前では、敏腕経営者であるレタスレートおねえさんもホルコスフォンおねえさんも形無しであった。
「わかったわ! 私がいかにコーヒーをわかっていなかったか! 目から豆がらが落ちたわ!」
目から落ちるのはウロコでは?
「コーヒー豆も、素晴らしき豆の仲間! 私もコーヒーの発展に一役買いたい! この島のコーヒー畑、すべて豆カンパニーで買い上げましょう!!」
「待って、待って待って待って待って待って待って……!」
そうやって巨大企業はすぐ買収とかする。
よくないですよ、そういう癖。
「ううむ、それも言う通りね……。でも私は、この豆に愛情を注ぐ島に何かしてあげたいわ!」
「コーヒー豆な」
レタスレートおねえさんの豆キチな一面が出ている。
豆のためなら世界も救うし、滅ぼしかねないのがこの人だ。
「それじゃったら! この島の観光地化に是非とも協力を!」
「観光地化?」
「ここ十年、計画が進まなくての。それがジュニア殿の助けで一気に捗りそうなんじゃ! 出資者がいてくれたらさらに大助かりなんじゃがのう! のうのう!」
抜け目がないアゼルさん。
ここぞというチャンスに出資者まで募ろうとは。
「はあ、それで温泉とか言い出したのね。たしかに気持ちいいものね温泉」
「温泉たまごならぬ温泉納豆を開発しようと試みたのもいい思い出です」
そんなことしようとしてたのホルコスフォンおねえさん!
あッ、そう言えば温泉のことだ。
温泉を掘りだしてほしくてあの豆コンビを頼ったのに。
話がまったく進んでいない。







