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1484 ジュニアの冒険:さらば人魚国

 それからそれから。

 それからどんどこしょ、僕ジュニア。


 ガラ・ルファさんによる研究発表会は一応成功裏に終わった。


 やっぱり千語を尽くして説明するよりも一回の実演の方がインパクト大きいし、現場に母さんを始めパッファおばさんやゾス・サイラさんなど、手錬の魔女さんたちが揃っていたのも大きかった。


 彼女らほどの知性ならば、ガラ・ルファさんの意図を読み取って、より多くの人々に理解を飲み込めるよう平易な言葉におり直して説き広めることもできる。


 それに今回の題材となったレントゲンが、率直に一目見てその効能がわかるというのも大きかった。

 少なくとも細菌や免疫機能よりはな……。

 細菌そのものは顕微鏡で見ることはできる。しかし、それを元に作り上げたワクチンが体内に入って、病気への抵抗力になる過程を肉眼で確認するとか不可能だ。

 そればかりは経験則で実感するしかないがレントゲンなら一目瞭然でわかる。

 その差は大きく、有用性は即座に認められてすぐさま世に広まっていくことだろう。


 と、これまでが後日談。


 人魚国のラスボスとまで称されたガラ・ルファさんとの面談も済んで、あとに残ったものといえば。

 もうこの辺りで、人魚国ですること見るものはひとまず消化したと思っていい。


 僕の旅は、みずからを鍛えるための武者修行の旅。

 見たこともないものを見て、知らないことを知る研鑽の旅路だ。


 一通りの経験を終えた以上、僕も新しい目的地へ向かうべきだろう。


 そのことを告げるために一旦は人魚宮へ戻ることにした。


 人魚宮で用件を伝えるとすぐに通してもらえた。

 さすがに人魚王であるアロワナおじさんには多忙ですぐ会えなかったが、代わりにナーガスおじいちゃんとシーラおばあちゃんには即、取り次ぎしてもらえた。

 さすが引退していると融通が利きやすい。


「ええー、兄ちゃんもう帰っちゃうの? もっと一緒にいようよー」


 祖父母との面談と思いきや、途中から乱入してきた従兄弟モビィ・ディックくん。


「もっと遊ぼうぜー。……あ、ダイオウイカ狩りに行こうよ! アイツらけっこう手強くて修行にもなるぜ!」


 残念ながら水中戦はしばらくトラウマなので勘弁してください。

 あとそれ地上種族の僕としてはハンディキャップが圧倒的過ぎると思うんですわ。たとえ水中で呼吸できたとしても。


「ええー。じゃあクリオネ掬いでもいいよ。なかなか難しくてハマるぜ」


 いや、どういう遊びだ?


「無理を言っちゃダメよモビィちゃん。ジュニアちゃんは大事な目的があって世界中を旅しているのだから」

「もっす!」


 僕の対応をしてくれている前王夫妻が嗜める。


 ナーガスおじいちゃんは、先の武泳大会で負った故障の治療痕が痛々しい。

 包帯をグルグル巻いたり、あちこちに湿布を張ったり。

 本戦でイエローテイルくんと実子アロワナおじさん、二人の強豪を相手にした傷跡は生々しく残っていた。

 それでも全盛期なら回復力も早く、翌日には包帯も取れて完全復活していたことだろう。

 マジで?

 実際、このナーガスおじいちゃんと熾烈な戦いを繰り広げたアロワナおじさんの方は、今日も元気に政務に励んでいる。

 復活までのスパンの長さは、揺るぎなく老いからくるものだった。


「もすぅ……」

「今年の大会の心残りは、ジュニアちゃんと戦えないことだって。あとモビィちゃんともね」


 ううッ、そうだな今大会は組み合わせの妙で、人魚王族の誰とも戦わないまま終わったなあ。

 残念なようなホッとしたような。


「来年こそはれっきとした場所で戦いたいってダーリンも言ってるわ、それまでは引退も先延ばしにするって」

「もっす!」


 え?

 それ僕、来年も出場すること既定路線にされてる?

 ちょっと勘弁してください。僕も父さんに倣って土下座で凌ごうか?


「オレだって来年はもっといいところまで勝ち進んでやるぜ! そのためにも一から修行のし直しだ!!」

「ももっす!!」


 モビィくんもやる気に満ち溢れている。

 彼もまた人魚王の第一子として、国の未来を背負って立つべき宿命の男。


 きっと次会う時には目を見張るような成長を遂げていることだろう。


「……あ!」


 何か、思いついたように言うモビィくん。


「そうだオレも修行の旅に出ようかなー! 父ちゃんもジュニア兄ちゃんも旅して成長したんだろう? だったらオレも旅に出て人魚国にサヨナラ倍々進化だぜー!!」

「もっすぅううううううううううううッッ!!」


 ナーガスおじいちゃんが泣いた。

 それはもう哀れなまでにみっともなく泣いた。

 それだけ孫と離れることは耐え難い


「モビィちゃん、アナタが旅立つにはまだ早いわ。アナタのパパが旅に出たのは成人してからだし、ジュニアちゃんに関しては早すぎるぐらいよ」


 えッ、そうですか?


「プラティちゃんの家には、その家の教育方針があるから口出しはしないけれど、ウチだったら我が子を修行の旅に出すなんて、少なくともあと五年は待たせるわ」

「もっすもっす!」


 ナーガスおじいちゃんが勢いよく首を振る、上下に。

 孫と離れたくない一心だった。


「ジュニアちゃん、アナタもそうだけれどね。子どもはもっとゆっくり大人になっていいのよ。子どもの時間は長いから焦る気持ちもわかるけれど、アタシたちのような年寄りから見れば子どもの成長はあっという間。『ちょっと待って』と言いたくなる時もあるわ」

「もっす!」


 シーラおばあちゃんの実感の伴った言葉。

 僕はこの旅で、おばあちゃんの隠された過去にも行き当たった。

 青春時代を誰より過酷に生きてきたこの人の、若さに関する言葉には、聞き流せない重みがある。


「プラティちゃんは厳しいのかしらね。彼女の子どもたちは皆、どこか生き急いでいるように見えるわ。特にノリトちゃんがね」


 うっぐ、と鋭い指摘に息詰まる。

 たしかに我が弟……ノリトは十代前半とは思えない成長ぶりを見せている。


 普段の態度こそ反抗期バリバリで子どものようだが、その一方で母さん譲りの研究能力、大人相手にも引けを取らずに商談をまとめる交渉力。

 多くの人員を集めて組織としてまとめられる統率力。さらにはその団員に心から慕われているカリスマ性。


 どれをとっても十代の少年とは思えない。

 こわ。


 今目の前にいるモビィくんとノリトは同年齢のはずだが、一体どっちが十代前半の少年としてあるべき姿なのだろうかと悩ましくなる。


「子どもの頃にしかできない楽しみがあるわ。それを知らずに急いで大人になるのは悲しいことよ。アナタもノリトちゃんもモビィちゃんも、そしてアタシの子どもたちから生まれたすべての孫たちにも人生を楽しんでほしいと思っているわ」


 は……はい。


「弟が迷った時は支えてあげなさい。お兄ちゃんなんですからね」

「もっすもっすもっす!」


 シーラおばあちゃんの予言めいた言葉に、何とも言えなくなる僕だった。

 そして……。

 もっすもっす煩い。


   *   *   *


 それから数日ののち、僕は人魚国を出立した。

 思ったよりも遅れてしまった。

 出立の意志を伝えてから結局、別れを惜しむ人魚国の人々と再び会ったり、盛大な送別パーティを開いたりで時間がかかってしまったからだ。


 それら別れの儀式を済ませて、僕は再び海流エレベーターに乗って地上へと戻る。


「またいつでも遊びに来いよー」

「来オ年の武泳大会でまた会おう!」


 ステーションには人魚王族の皆さんを始めとして、たくさんの人が見送りに来てくれた。

 僕とはハッキリ血縁のある方々だ。その肉親愛が温かく嬉しかった。


 この人魚国でも、先の人間国魔国同様得るものは大きかった。


 シャボンに乗って海面へと昇っていく。

 今ならば、かつて見慣れた地上の景色もまた違って見えるかもしれないと思った。


 そして実際地上に戻ってみて……見える景色はたしかに違った。

 何しろ地上に出て最初に目に入ったのは……山ほども大きな怪物だったのだから。


 地顕獣か? とも思ったが違う。

 共通するのは巨大なだけで、まとう気配がまったく違う。


 パッと見竜のような姿形だが、全体の質感が海洋生物のそれに近く、どちらかといえばアザラシかオットセイのようなフォルム。

 しかし巨大すぎるためにドラゴンと見間違うような、そんな奇怪な生き物だった。


 何より顔つきが、オットセイというのはあまりに凶悪な面構えをしているからやっぱり竜なのかと疑ってしまう。


『ジュニア様とお見受けいたします』


 しかもその怪物が喋った!?

 向こうから見ればハムスターのように小さいであろう僕のことを見下ろして!?


『私は海神ポセイドス様より遣わされた使者。どうか我が主の招待をお受けいただきたい』

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― 新着の感想 ―
あれ?三男って行儀見習いで人魚国にいませんでいたっけ? 勘違いだったらすいません
あーそりゃまぁ天界も冥界も訪れてるんだから 当然ポセイドス様も招待するわなぁ ジュニア君が生まれてこれたのはポセイドス様の奥方である アンフィトルテ様の加護とラマーズ法伝授による恩恵だから 挨拶に行っ…
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