1483 閑話:究極の異世界輸入物
「……ゲッ、オヤジいたの?」
この俺……聖者を見た途端、次男ノリトが言った。
親を見て『ゲッ』って言うのやめなさい、傷つくから。
いて悪いか。ここは農場、この俺がゼロから築き上げてきた俺の領域だ。
世界中の何処より俺がいて自然な場所だが。
「そうは言うけれど……なんだっけ、ガラ・ルファのおばちゃんが何やら長年の研究成果を発表会するんだろ? それで母ちゃんも出かけて行ったし、てっきりオヤジもそれについていったものかと……?」
たしかにな。
そもそも今回ガラ・ルファが発表する研究物は、俺から『こんなのできない?』と半ば作成を依頼したもの。
それが完成したとなれば一も二もなく駆けつけて、この目で成果を確かめたい。
となればプラティと共に、こないだ訪問したばかりの人魚国へ乗り込むのも吝かではなかったが……。
「母ちゃんだけ送り出して留守番か。どうした? 腰でもいわしたか?」
いや、やむなく病欠じゃないよ。
何というかタイミングの問題でね。今人魚国にはジュニアがいるじゃないか。
「兄ちゃんが? たしかにいるみたいだな。せっかくだから兄ちゃんにも会ってけばいいんじゃない?」
数日前の俺ならそうしていたかもしれないが、今は心境が変わってな。
こないだの武泳大会で、旅に鍛えられたジュニアを遠目ながらに確認できた。成長しようと懸命なジュニアも人間国、魔国、人魚国と歴訪し、ここ農場に帰ってくる日もそう遠くないはずだ。
そんなジュニアの本気に応え、彼を迎える準備を進めておかなくては。それまでジュニアに会うのは控えようと思う父であるのだよ。
「ふーん……そう」
いや引くな。
いつもならずにシリアスな父に引くな息子よ。
時に、お前こそどうした?
反抗期真っ盛りで最近ロクに実家にも寄り付かなくなったお前が? お腹すいてない? ラーメンでも作ろうか?
「いや、オヤジも母ちゃんも出かけてる隙をつこうと思ったのによ。オヤジがいるならとんだ目論見違いだぜ」
やっぱりそんな魂胆か。
俺たち不在の隙をついて何をしようとしていた?
「ちょいと資材をちょろまかそうと思ってさ。ドミノクラウンとイエローテイルの健闘を讃えるパーティのためにな」
ああ、武泳大会で大健闘していたお前の友だちか。
たしかにナーガスさん相手にギリギリまで食らいついていたのは賞賛されるべきだな。
誰も最初は思わなかっただろう。無名の選手が生ける伝説相手に健闘してくるなんて。
結局あとのアロワナvsナーガス戦での勝敗を左右する遠い決め手にまでなったのだから、無名選手としては異例の大活躍と言える。
「あのあとアロワナの伯父貴からスカウトがしつこいってんでウェーゴの基地にかくまってるところなんだ。それにドミノクラウンもシーラばあちゃんの開いた大会で優勝? に限りなく近いところまで勝ち上がったことだしな。二人の健闘を讃えて盛大にパーティしてやるところだぜ!!」
まーたパーティか。
本当にパーティが好きだなパリピは。
その二人が頑張ったことは俺もこの眼で確認したことだしな。
よかろう、彼らを讃えるためにも何でも好きなもの持っていくがいい。
「やったぜ、それじゃあ熟成に数年かけた秘伝のウナギダレを……」
本当に遠慮のないヤツだな、誰に似た?
「それよかオヤジ、マジにガラ・ルファおばちゃんの発表会に出なくてよかったのか? なんだか今でもソワソワしているじゃないか?」
む、その話題に戻るか。
そうだな……そりゃソワソワするわな。
俺の発案の下、ガラ・ルファが実用化した技術の名は……レントゲン。
あるいはX線撮影装置!
「エックス!!」
「うわぁ、何だビックリした!?」
電磁波だか放射線だか波長だか粒子だかで人間の体内を透写する装置だ。
俺の元いた世界ではお馴染みで、健康状態を確認するためには欠かせない装置でもある。
なにしろ重篤な病気発見のために欠かせないからな。
レントゲンは骨の異常だけでない。気管支系の病気を早期発見するためにも大活躍するものだ。
『肺にカゲがありますねえ』などとレントゲン写真を見ながら医者が呟くシーンはドラマではお馴染みだ。
レントゲンの異世界でも実用化したい。
そんな望みをガラ・ルファに託した俺の想いをどう捉えるノリトよ?
「え、知らん」
そんな一言で切り捨てなくても。
……お前にはまだわかるまいよ、若くて健康にも陰りのないお前には。
俺も長く生きた。
子どもたちの多くは成長して独り立ち近く、中には勝手に独り立ちしているヤツまで出てくる始末。
「こっち見ながら言うな」
それに伴い俺も年経た。
子どもがお兄ちゃんになったら、その親はオジサンだ。思えば遠くへ来たものだ。
そんないいオジサンになった俺の目下の悩みといえば、何だと思う?
仕事か? 子育てか? 年金か?
それらもあろうが何より……。
健康だ!!
健康の悩みが……何より喫緊なんだ!!
疲れやすくなってきた。肩が上がりにくくなった。油ものが食べられなくなった。すぐお腹いっぱいになる。小さい字が読めなくなる。物覚えが悪くなる。夜中にトイレで目が覚める。
若い頃には意識しなかった体の衰え。
それが如実に、目の背けようがなく表れてくるんだ!
「若返りの薬でも作ればいんじゃね?」
簡単に言ってくれるな息子よ!
お前はまだ若くて壮健な肉体に胡坐をかいているだけなんだからな! あと二十年もすれば思い知る、その何でも無茶できる健康さが今だけの貴重なものであるのだと。
しかしより不安を感じるのは現在のことよりも未来だ。
こうして衰えた体……目に見えない奥底ではより大きな衰えが進行しているのではないかと。
気づいた時には取り返しがつかないのではないかと不安になる。
だからこそ中年には必要なんだ!!
健康診断が!!
様々な検査によって、体の内部に起こる異常をいち早く察知する。
そんな制度というか処置が……。
この異世界にも必要なんだ!!
ということでレントゲンもいち早くの完成を願っていた。
アレで発見できる病気も多いからな。
それに加えて血液検査、尿検査、バリウム検査、CTスキャンなども。
この衰え始めた肉体になにがしかの危険兆候がないか、今にも検査したくてウズウズしているんだよ俺はッ!!
下の子たちもまだ小さい最中、この身に万が一があってもいけない!
そしてただ単純に死にたくない!
死にたくない!!
死にたくない!!
「三回も言わなくたっていいから……、やだなー、実の親のこんな悟り切れていない姿」
親だって人間だぞ、現世に執着して何が悪い!?
こうして生に固執し、死に怯え切っているからこそガラ・ルファにレントゲン撮影機を依頼し、完成に喜んでいるのだ。
そう俺は、これまでこのファンタジー異世界に様々なものを輸入してきた。
科学万能の現代世界のあれやこれやあらゆるものの。
そしてこれが極めつけだ。
健康診断!!
健康診断をこそを、このファンタジー異世界に輸入し定着させるのだ!!
そのためにもガラ・ルファのレントゲン撮影技術の完成は朗報だ!
しかしそれだけで健康診断は完成しない。
まだまだ多くの検査法を確立しなければ、察知できずに取りこぼす病気も出てくるだろう。
病気で死なないためにもまだまだ研究は続けられねばならない。
そこでだ、ノリト!
「お、おう……!?」
こないだ相談した機器の製作はどうなっている?
「ああ、アレ? 試作品はできてるけれど……」
何、行動が素早いなさすがは我が息子!
「こんなもんでいいのかな。名付けて……胃ガメラ」
胃ガメラ!?
「唐突に『胃の中を撮影する機器を作れ』と言われた時はオヤジの正気を疑ったけれど……。ゾス・サイラのホムンクルス技術を応用して作り上げた小亀型疑似生物。口ら体内に入って、見てきたものを映像として出力できるようにした」
本当に胃ガメラであって胃カメラじゃないの!?
誤字ではなく!?
しかし、それこそまさに俺が求めるもの!
こちらの要求を100%満たしてさすが我が息子!
「ただし難点として、体内に入った小亀が道に迷って体外に出てこれるかわからない」
ダメじゃん!
「そこで改良を加えた試作弐號機が、この胃オランテ」
イオランテ!?
「小亀型疑似生物から、蔓型疑似生物に形態を変えたことで蔓状の身体が体外に出たまま胃の中を検査可能。検査が終わればそのまま蔓を引っ張って回収することができる」
ますます本来の胃カメラに近くなったが、それでいい。
これでレントゲンの肺に続き、胃の病根も早期発見が可能になる。
これからも健康診断で行われる検査を異世界なりの技術と発想で再現していき、異世界健康診断を実現していくのだ。
それが俺の、異世界転生者としての務め!!







