エルフの芸術家
翌日の早朝、ハルカとアルゴはシュトラスを駆って件のエルフの住む場所へと向かっていた。本来なら騎獣を使うほどの距離でもないのだが、ハルカの習熟も兼ねている。こまめな練習の甲斐もあってか、彼女もだいぶ騎乗に慣れ、軽く走らせる程度は出来るようになっていた。
街の周囲に広がる農耕地帯を抜け、木々が生い茂る小さな森へと入る。ハルカも最近知ったのだが、すべての人間が街の中に住んでいる訳ではないらしい。魔獣の領域で無ければ、確かに生活自体は可能だ。だが、やはり何が起こるか分からないのがこの世界、危険な獣もいれば、突発的に魔獣が現れる事もある。仕事上、仕方のない者を除いて、防壁の外に住むのはやはり変わり者だと言えた。
森の中を進み、しばらくすると木々の隙間からこの場所には不釣り合いな大きな門とそれにつながる壁が見えてきた。飾り気のない鉄格子のような開き戸がはまった門には特に鍵などはかかって無いようだ。アルゴがシュトラスから降りて手で押すと簡単に開いた。
中に入り、門の横に備え付けられた囲いにシュトラスを繋ぐ。そこから木々に沿って曲がりくねった石畳を辿って歩くと大きな洋館が現れた。
その建物は明らかにこの世界の他の建造物とは趣が違っていた。
「ねえ、アルゴ。この建物ってちょっと気味悪くない?」
地球での記憶があるハルカにとって、この洋館は立地も相まってホラー映画の舞台にしか見えない。
「そうか?なんでもアースリングの有名な建築家が残した設計図を基に建てたらしいが、ちょっと変わってるよな」
アルゴはそう答えた。彼にとっては特段、気にするようなものは無い。そもそもホラーなどという概念は彼等には無かった。
アルゴはずかずかと大きく立派な玄関の扉に近づくと、ノブを握り、がちゃがちゃと回す。
「ちっ!やっぱ鍵かけてやがる」
「ひょっとして、留守なんじゃない?」
ハルカの常識に照らすならばそうだろう。だが、アルゴはその可能性を微塵も考えていなかった。
「それはね~な。本当に留守なら魔法の仕掛けがいくつか動いてるはずだ」
「じゃあどうするの?」
ここから声を張り上げても中に聞こえるとは思えなかった。インターホンの類も無さそうだ。
「昨日言っただろ。力技が必要になるってな」
そう言うと、アルゴは握ったままだったノブを力いっぱい回した。ゴキリと何かが砕ける鈍い音がした。
アルゴはそのままノブを扉から引っこ抜くと背後に放り投げる。
「請求書が来たらギルドに回しておこう」
ニヤリと笑いながらハルカを見やると、アルゴは扉を押し開いた。
アルゴは玄関を抜けると慣れた様子で先に進む。ホテルのような玄関ロビーを突き抜けて、奥の階段へと向かっていた。どうやら彼の部屋は二階にあるらしい。
ハルカは小走りで彼の後を付いていく。そのまま階段を上がると、廊下をいくつか曲がり、突き当りの部屋へと辿り着いた。アルゴは躊躇なく扉を開く。
はたして彼はそこにいた。
広い部屋は天井と外壁一面に取り付けられた大きな窓からの光で明るく照らされていた。中央に設えられた台には題材なのだろう、花瓶に挿された切り花が置かれている。彼は窓際に置かれたキャンバスに向かって一心不乱に筆を走らせていた。
「クルード。仕事だ」
アルゴは彼へと歩み寄りながら声をかけた。
扉の位置からでも見えていた端正な横顔がこちらを向く。
「アルゴ。君はまた扉を壊したのですか?何度も言っているでしょう。まずは事前に連絡を入れてから来るようにしてください。と」
筆を止めると、眉間に皺を寄せて苦言を口にする。その顔すらも絵になった。ハルカの想像していた通りのエルフがそこにいた。
ただし、随分と年若く見える。14・5歳くらいだろうか。そして同世代であろうシルバーロアの若手よりも随分と華奢だった。
「連絡入れても五日は返事が返って来ねえだろうが。こっちは急ぎなんだよ」
少しも悪びれず、アルゴが言い返す。
「どうして君のクランはいつも厄介事を僕の所に持ち込むのか…多少でも申し訳なさそうな顔をしていれば僕の対応も変わるのですが…そう、後ろの彼女のように…」
クルードと呼ばれた彼は大きくため息をついた後、愚痴のように呟く。そうしてハルカの顔を眺めた後、少し不思議そうな表情を浮かべて言葉を続けた。
「そういえば、初めて見る顔ですね。それにアルゴが女性と一緒にここを訪れるなんて…どういう事です?」
「説明してやるから、まずは話を聞け」
アルゴはしてやったりといった表情でクルードに答えた。
「フォックステイルからの要請ならばしかたありません。僕もその作戦に参加しましょう」
不服そうではあるが、クルードはアルゴにハッキリと言った。普通の依頼は断れても、今回の件は断れないというアルゴの事前情報は正しかったようだ。
「明日は参加するメンツに面通ししてえから頼むぜ」
「本当に急ですね。メンバーには私の知らない方も含まれている…という事ですか?」
「ああ。ブルーソードからは誰が来るかまだわからねえが、あとはフォックステイルの勇者とそこのハルカだ。最低限、連携の確認はしときたいからな」
アルゴはそう言って窓際に移動していたハルカを指さす。エルフであるクルードを物珍し気に見つめるのも気が引けた彼女は、代わりに彼の描きかけの絵を興味深そうに見ていた。
「あ、よろしくね」
話を振られて、ハルカは慌てて話に加わる。
「絵に興味があるのですか?」
クルードも彼女が面白半分ではなく、結構真剣に絵を眺めていた事を、その表情から見て取っていた。先ほどとは違い、幾分か機嫌のよい口調でハルカに尋ねる。
「ん~よくは分からないけど…この絵は割と好きな色の使い方だな~って思って」
クルードの絵には、題材とされた切り花の影も形も無かった。普通の人が見れば何か適当に色をのせているようにしか見えない。だが美術を多少でも齧った人間が見れば、それは抽象画の類に近いと感じただろう。
「聞きましたか?アルゴ。僕は久々に理解者と出会えたようです」
打って変わって上機嫌となったクルードはアルゴに捲し立てた。
「あのな~ハルカ。世辞はコイツのためにならねえ…ダメな物はダメだってはっきり言ってやった方がいいんだよ」
「そうかな?こうゆうのって芸術っぽいと思うけど…」
地球でも似たような絵を見た事のあるハルカは素直な感想を口にする。
「ハルカさんはよくわかっている。そうです。芸術とは単に事象を写したモノにあらず。その先にこそ本質があるのです。かのアースリングの芸術家・タイチ:キダも言っています。停滞は悪であると。人がまだ見ぬ、新たな作品を作り上げる事こそが芸術家に課せられた使命であり…」
クルードは熱弁を振るい始めた。うんざりとした表情でアルゴが無理やりそこに口を挟む。
「わかったわかった!その解説は今度改めて聞いてやる。とにかく明日な!頼んだからな!」
それだけ言うと、返事も聞かずに踵を返して扉へと向かう。
「ハルカ。行くぞ」
バツの悪そうな表情を浮かべるハルカに声がかかった。
「え~と、じゃあ明日ね。クルード君」
ハルカは先を行くアルゴを見た後、振り返ってクルードに向き合う。こちらをにこやかに見る彼に向かって急いで別れの挨拶をした。
「クルード。と、呼び捨てでお願いします。年下のハルカさんに君付けで呼ばれるのはこそばゆいですから」
そう言ってクルードは優雅に礼をする。そのおかげでハルカは驚いた表情を彼に見られずに済んだ。
エルフと言えば長命種と相場は決まっている。しかし、この見た目で年上とはハルカも想像していなかった。
あいまいな笑顔をクルードに返し、早足でアルゴが出ていった扉へと向かう。廊下で合流したハルカは、小声でアルゴに尋ねた。
「彼って何歳なの?」
「ん?どのくらいだっけか…70あたりだと思うが…まあ、それより、ハルカのおかげで助かった。機嫌のよい状態で早々に奴との話を切り上げられたからな」
アルゴにとっては、あれでも上出来の部類だったらしい。
「しかし、大真面目にあいつの絵を褒める奴なんざ、初めて見たぜ。いや、ハルカは大物だよ」
感心したように言う。ハルカからすれば納得しがたいが、仕方ないだろう。地球でもあの手の絵は認められるのに時間がかかったと習った。大抵は作者の死後にしか、その価値を見出されていない。
(でも、彼はエルフだから間に合うかもしれないよね?)
彼の絵が認められる日が早く来るといいな…。と、ハルカはアルゴの背を追いかけながら思っていた。




