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フォックステイルの依頼

 その日はヴェチカも早起きして、すでに日課となっているハルカの朝の鍛錬を眺めていた。彼女の膝には欠伸をしながら眠そうな顔をしたニアが丸まって座っている。ハルカが合間にチラリと眺めても緊張感の無い表情で見返すだけだ。ゲーム時代の連携等、確認したいことはそれなりにあるのだが、本人にその気は無いようだった。

 ハルカも一定間隔で体が睡眠を欲する感覚があるので、ニアもそうなのだろう事はわかる。ただ、あからさまに猫の生態に近づいた感のあるニアは大抵眠っていて、今では単なるヴェチカのペットと化しているような気がしないでもない。前のように戦闘でもちゃんとやってくれるのかと、ハルカが少々不安に思うのは仕方のない事だった。

 まぁ、牧場の青年の言葉を信じるならば、かなりの戦闘力は持っているようだ。

 (それよりも、まずは自分の体の把握が先だよね)

 ニアの件は後回しという事にして、ハルカは取り留めのない考えを頭の隅に追いやると集中力を高めた。手に持った剣を決められた動作、手順で振る。


 ここ数日、彼女は古武術道場で習った剣術の型をひたすらに繰り返していた。

 現実世界で師事していた師匠の型を頭に思い描きながら、それを正確になぞっていく。ゲームを始めて間もない頃、機械の体で試した時は「溜め」や「緩急」を上手く再現できなかったが、今のこの体は思った通り以上に動いた。師匠に度々悪い癖だと指摘されていた部分を修正し、これまでは出来なかった、師匠の流れるような動きを出来うる限り再現する。

 ハルカの師匠はその界隈では名の知れた達人だったが、ハルカの技の切れも現時点ではそれに迫っていた。おそらくあと足りていないのは、ほんの少しの技術と経験だけだろう。

 師匠が「人を捨てなければ習得はできんだろうな」と笑いながら話してくれた「口伝奥義」を彼女が思い出し、それを技として確立できれば、師匠を超える事も可能となるに違いなかった。だが、ハルカはまだそこまで思い至ってはいない。今はただ淡々と覚えている型をこなしているだけだ。

 それでも、この世界に広まっている力に頼った剣術体系から見れば、恐ろしいほどの洗練された技術と言えた。

 【飛燕】や【紫電】という技もハルカは単にゲーム中のモーションをなぞっただけだと思っていたが、実は違う。剣術の基本を踏まえた動きの上に重ねられた技がエーテルに作用しスキルの効果を伴った。そこには偶然などというものはなく、確かな理論がある。スキルを持たずとも、技術と理論を突き詰めた先にゲーム時代と同じスキル効果が生み出されるという事実を、彼女はいまだ知らなかった。



「お姉ちゃん、あの子たち…」

 ハルカの動きが一区切りついたタイミングでヴェチカが控えめに声をかける。視線は庭の垣根の先に向いていた。

 そこには先日すれ違ったフォックステイルの二人がいた。どうやら熱心にハルカの型の練習を見ていたようだ。

 実は随分前から気が付いてはいたが、ハルカはあえて声をかけないようにしていた。見飽きれば立ち去るだろうと思っていたのだが、その兆しは無い。ひょっとすると何か用があるのかもしれないと、彼女は声をかける事にした。

「えっと…私たちに何か御用かしら?」

 ハルカは彼らに近づいてしゃがむと、目線を合わせながら尋ねた。

 フォックステイルの二人は顔を見合わせて何事かを呟き合うと、鎧を纏ったほうの子が前に出て口を開いた。

『アナタ、もしかしてフレイヤか?…もし、そうなら、ワレラ助けてほしい。ワレラ、助けをヒツヨウとしている』

 少し聞き取りにくいが、可愛い声で彼はそうハルカに話を切り出した。

「えっと…『フレイヤ、なに?助け…』!」

 そこまで言葉を口に出すと、違和感にハルカは思わず手を口に当てた。どうやら彼らの言語はヴェチカ達とは違うようだ。その証拠にヴェチカは首をかしげてこちらを見ている。若干怪しいが、この体の翻訳機能は彼らの言語まで網羅しているらしい。その事に感謝しながら再度、言葉を紡ぐ。

『フレイヤ、なに?助け、どういうコト?』

『アナタの周り、マナよりエーテル濃い。デンショウにあるフレイヤの特徴。ワレラ困ってる。助けヒツヨウ。フレイヤのアナタ、きっと助けてくれる。それが初代勇者の教え』

 あまりにも唐突すぎてハルカは話に付いていけなかった。ひょっとするとフレイヤというのはプレイヤーの事だろうか?だとすれば、なぜわかったのか、なぜ助ける事になるのか、そもそも困っている事とはなんなのか?さっぱり解らない。

『最初から、ジジョウ、話して』

『話す。でも、約束ある。今から[シルバーロア]行く。いっしょ、来てほしい』

 ハルカにとって、非常に馴染みのある単語が彼の口から発せられた。




「いったい何がどうなってんだ?」

 部屋に入ってきた四人を見たアルゴは座っていた椅子から立ち上がると、困惑気味にハルカに問いかけた。

 ハルカとフォックステイルの二人、そしてヴェチカとニアは[シルバーロア]の拠点となっている建物の一室に通されていた。どうやらクランマスターであるアルゴの私室らしく、あちこちに乱雑に物が積まれている。お世辞にも綺麗な部屋とは言えなかったが、不思議と落ち着ける雰囲気を持っていた。

「ねえねえアルゴ、お姉ちゃんすごいんだよ!フォックステイルの言葉、話せるんだよ!」

 眠そうなニアを抱えたヴェチカが部屋に入ると開口一番、勢いよくアルゴに捲し立てる。

「へ~そいつはすげーな…いや、そうじゃなくてだな、なんで二人がフォックステイルと一緒に此処に来てるんだ?」

 視線を四人の間で彷徨わせながらアルゴは尋ねた。彼には接点など無い筈の彼らが何故一緒にいるのかわからない。

「私にもよく分からないんだけど、一緒にここで話を聞いてくれって言うから…」

「まさか、助っ人を頼まれたのか?」

 アルゴが驚きの表情を浮かべる。

「そうなるのかな?助けが欲しいって言われたの」

「そいつは驚きだが、こうなると有難いな。正直、この依頼は対処に困ってたんでな」

 アルゴは幾分かホッとしたような声音でハルカに答えた。

「依頼?彼らからの?」

「まあな。その前にヴェチカは部屋から出てな。こいつはギルドでも極秘扱いの話なんでな」

 アルゴはヴェチカに向き直ると、扉を指して告げる。

「え~!じゃあ私はその依頼、一緒に行けないの?」

 ヴェチカの猫耳がぴんと上がり、体全体で不満を顕にする。

「あたりまえだ。フォックステイルの頼み事なんてめったにない事、そしてそれがどういう事か、おまえならわかるだろ」

「それは…そうだけど…」

「それにな、ここで違反なんかすると、せっかくのハンター登録を取り消されちまうぞ」

「…わかった、外でで待ってる」

 不承不承といった様子でヴェチカは部屋から出ていく。

「ひょっとしなくても危険な話のようね」

「まあな…とりあえず座ってくれ。詳しい経緯を今から説明する。」

 部屋に入ってから立ったままだったハルカとフォックステイルの二人は、勧められるままにアルゴの対面に置かれたソファへと着席した。

 アルゴのいつになく真剣な表情に、この件がかなり難度の高い依頼である事を悟る。ハルカは平穏な日々がひとまず終わりを告げたことを理解した。

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