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想い

 ハルカ達がタルタ湿原からクロトの街に帰り着く頃、すでに周囲はうす暗闇に包まれていた。

 急ぎシュトラスを返却し、シルバーロアの本部へ報告の為に向かう。第一防壁の内側はまだたくさんの人で溢れていた。屋台には魔導具の明りが灯り、最後の掻き入れ時と、店主が声を張り上げている。賑やかだけど穏やかな、そんな日常の風景がそこにあった。

 買い物客で賑わう屋台通りを歩いていると、向こうから見慣れない格好の二人が歩いてきた。

 いや、二人という表現が正しいのか分からない。彼らは獣人と呼ばれている獣耳を持つヴェチカ達よりも、さらに獣に近かった。体表は柔らかそうな毛で覆われ、一人は鎧を、もう一人は少し和風テイストを感じる服を着ている。顔は若干狐に似ているが、頭頂からはうさぎのように長い耳が生えていた。身長はヴェチカと同じくらいで、雑踏の中を器用に人々を避けながら歩いている。

 ハルカはそのぴょこぴょこと二足歩行する可愛い獣の姿から目が離せなくなった。足を止めてしげしげと眺める。

「ね、ねえ、ヴェチカ。その…あの子たちは?」

「ん?ああ。彼らはフォックステイルだよ。でも、こんな所にいるなんて凄くめずらしいなぁ…」

 ヴェチカによると、フォックステイルたちは仕事に関係のある職人街に近い門を利用する事が多いので、ここら辺には滅多に姿を見せないらしい。

「へ~~、あの毛並み…ちょっと撫でてみたいな~」

「もう、いきなりそんな事したら怒られちゃうからね。一応言っとくけど」

「わ、わかってるよ。しないって!」

「ほんとかな~お姉ちゃん、私の耳だってすぐ触るし」

「え?!そ、そうかな~」

 言われてみると、ちょくちょく撫でている気もする。なにせ触り心地がすごくいい。ニアは触っているとすぐに逃げてしまう事もあって、もっぱら犠牲はヴェチカに集中していた。

「とにかく。何も考えないで動いたらダメなんだからね」

「は~い」

 そんな会話を道端でしていると、フォックステイルの二人が立ち止まってこちらを見ていた。和風な服装の子がハルカを見つめて可愛く首を傾げる。

「あ、こんにちは~」

 ハルカは小さく手を振った。それを見てヴェチカは頬を膨らませる。

「もう!お姉ちゃん。私、行くからね。ランドたち見えなくなっちゃったよ」

「わ、わかったって。ちょっと待って…」

 ハルカは急いでヴェチカを追いかけた。その最中にくるりと体をフォックステイルに向けると、ニッコリと笑って手を振る。それはほんの数秒だっただろう。すぐさま体を前に向けるとヴェチカに向かって走って行った。

 フォックステイルの二人はそんなハルカの姿が雑踏に消えるまで、じっと彼女を見つめていた。



 その日、ハルカは初めてゆっくりと夜空を見上げた。名も知らない小さな入り江からここにたどり着くまで、実に色々な事があって夜空を眺める余裕などなかった。

 まどろみの中、アルゴの影越しに見た綺麗な星空の印象だけが彼女の中に残っていたが、改めてこうして眺めるとさらに美しく感じる。

 地球とは違い月は無いが、代わりにこの惑星を回る二重のサテライトベルトが仄かに彼女の顔を照らしていた。

 思えばこの惑星に降りてから、まだ半月程度しか経っていない。こうして穏やかに過ごせるのは本当に運が良かったと感じていた。

 そしてもう一つ、ハルカは気付いていた。

 ギルドでクレイズの剣を見た時に込み上げてきた情動。それはひどく切なく、強い感情だった。地球での思い出などとは比べ物にならないくらいに…。

 そう、この体には確かに日本での思い出も残っている。しかしこれまで、そして今もそれによって感情が強く揺さぶられる事は無かった。

 両親に友達、剣の稽古の日々。すべて覚えてはいたが、どんどん現実味が薄れてきている。代わってPEOの中での出来事はどれも鮮明に思い出せた。仲間とのやり取り、惑星をめぐってエネミーを狩った日々、おそらくこの体に染みついているのだろう。それが色あせる事は無かった。

 やはり自分は変わってしまったのかもしれない。いや、実際にこの人ではない体に生まれ変わっている。そうすんなりと思う事がハルカには出来た。


「お姉ちゃん…」

 ヴェチカが庭のテラスに腰かけてぼんやりと夜空を見上げるハルカに声をかけた。

 サテライトベルトの光が映し出すハルカの横顔は寂しそうな、そして消えて行ってしまいそうな、そんな印象をヴェチカに与えていた。

「ん?どうしたの?」

 いつもの笑顔に戻ってハルカがヴェチカに問いかける。

「あの、ね。お姉ちゃん…何か、思い出したの?」

「え?う~~ん…思い出しては、ないかな。なんとなく星空を見てると思い出しそうな気がしただけ」

 そう言ってハルカはまた顔を星空へ向けた。今は消えてしまいそうな印象は無くなっている。

「思い出したら…お姉ちゃんはどうするの?」

 視線を戻すと、ヴェチカが思いつめたような表情でハルカを見つめていた。瞳が不安げに揺れている。

「どうもしないよ…」

 ハルカはそう言うと、ヴェチカを引き寄せて頭を撫でる。

「そうだな~ヴェチカが一人前になって、お婿さんを連れて来たら…そしたら、お邪魔虫な私は旅に出ようかしら。でね、たまに帰ってきて面白おかしく旅の話をするの。そのうちヴェチカに子供が出来たら…その子にヴェチカの子供時代の事を話して聞かせて…」

「私の知らない間にいなくなったり、しない?」

 ヴェチカはハルカの胸に頭を預けると、下を向いたまま尋ねた。

「一緒にいるよ。約束する」

 ハルカは優しくヴェチカを抱くと、囁くように答えた。

 淡い光が満ちたテラスで二人はしばらくの間、そのまま動かずにいた。ヴェチカはその存在を確認するかのように、しっかりとハルカに抱き付き、離そうとはしなかった。

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