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タルタ湿原

 ハルカ達は何度かの休憩をはさみながら、一路タルタ湿原を目指していた。すでにタルタ平原には入っているらしく、周囲には草原が広がっている。そこをかなりのスピードでシュトラスが駆ける。最初は馬の駆け足程度の速さだったが、ある程度ハルカが慣れたと見るや、グンとスピードが上がった。それこそ動物番組などで見られる、チーターの全力疾走に匹敵するだろう。

「すっごいね!!」

 前傾姿勢を取ったハルカの体が風を切り裂いていく。乗り心地が良いとはとても言えないが、風の抵抗の中を泳ぐように走って行く感覚はすごく気持ちが良かった。スピードで言えば車や電車とは比較にならないだろうが、ああいう中に乗り込む物はあまり速さを体感できない。今まで風を肌で感じる乗り物に乗った事のなかったハルカにとって、これは初めての経験だった。

「お姉ちゃん!もうちょっとで着くから少しスピードあげるよ!」

 風切音が歌うように響く中、ヴェチカが声を張り上げる。

「うん!」

 ハルカが返事をすると、ヴェチカがさらに体勢を低くした。ハルカも合わせて背を丸める。並走していた少年三人のシュトラスがグッと前に出た。それに釣られるようにハルカ達のシュトラスもスピードを上げ追い縋る。四匹のシュトラスは時折順番を入れ替えながら一塊となって草原を駆け抜けていった。


 タルタ湿原はタルタ平原をかすめて流れる大きな河に面した一部地域の事で、普段はタルタ平原と一括りで呼ばれている。

 ハルカが死闘を繰り広げた廃砦が健在だった2年前は、このあたりもハンターでない一般人が遠足に来れるくらい平穏そのものだったらしいが、現在では魔獣に追いやられた獣たちが多く住む場所となっていた。肉食獣も多いが、湿原のあたりは昔から主に草食動物の縄張りとなっている。平原の中では比較的安全な場所だった。

「う~~~~んっ!」

 地上に降り立ったハルカは真っ先に体を大きく伸ばした。太陽はもう中天に達しようとしている。おそらく出発してから4~5時間は経っていた。

「すっごく気持ちよかった!私、帰ったらもっと騎乗の練習頑張るよ」

 よほどシュトラスで草原を駆ける事が気に入ったのだろう、ハルカは興奮気味にヴェチカに話しかけた。

「はいはい。わかったからお姉ちゃんも手伝って」

 ヴェチカはシュトラスの手綱を引いて低木に近づくと、それほど大きくも無い枝にそれを引っ掛ける。これはシュトラスに「この辺りにいなさい」という合図だ。こうしておけば、わざわざ見張っておかなくても危ない時は自分たちで勝手に逃げてくれる。一度どこかに行ってしまった場合でも、ここで笛を吹けば集まってくるように彼らは訓練されていた。

 シュトラスたちを低木に繋ぎ終えると、シルバーロアの若手三人はハルカの前に綺麗に整列した。

「ハルカ姐さん、ご指示をお願いします!」

「いや、そのノリにはあまり付いていけないんだけど…じゃあ、二人はヴェチカの護衛。一人は私が練習を見る。それを時間でローテーションしましょうか」

「「「了解です!」」」

 三人はそろって返事をすると、おもむろに向かい合ってじゃんけんを始めた。順番を決めるためのようだ。

「ヴェチカもそれでいいよね」

「うん」

「何かあったら、その杖を使ってニアを呼び出して。トリガーを引けばいいから」

 ヴェチカが腰から下げた杖を指さしてハルカが説明する。

『あなたもお願いね。ニア』

『yes my master』

「わ!何かしゃべった」

 ヴェチカがクリスタルから淡い光を放ちながらしゃべる杖に驚く。

「そういえばヴェチカは聞いたことが無かったっけ?たぶん危険が迫ったりする事があったら、その杖が何かしゃべるから。その時はすぐトリガーを引くんだよ」

 さすがに杖にはこちらの言語を話す能力は無かったので、ヴェチカにはニアが何を言っているのか分からない。だが、杖の状態でもなんとなく意思の疎通ができるのは嬉しかった。

「よろしくね。ニア」

『yes my little princess』

(私が話しかけてもあんまり返事しないくせに…もしかしてニアって男の子なのかしら?)

 実はハルカのレベルが上がって、最近ようやく少し話せるように僅かな制限が外されたばかりなのだが、彼女はそこまで把握していない。少々的外れな推測がもしニアに聞こえていたなら、彼女は『no!』と力強く主張していただろう。


 ハルカとヴェチカが話している間に順番は無事に決まったようで、まずはマルコットがハルカの教えを受ける事になった。他の三人はすぐに採取へと向かう。とはいえ、広い湿原にはたいして視界を遮るものも無い。よほど遠くへと離れない限り、お互いの動向はある程度把握する事が出来る。そのため、あまり別行動という感じは無かった。

 ハルカとマルコットはアルゴが用意してくれた練習用の剣を持つと、5メートル程度、間を開けて向かい合う。

「さてと、まずは軽く実戦形式でやってみましょうか」

「お願いします!」

 マルコットが練習用の剣を構える。相対するハルカは剣を逆手に持ち、地面へと付くと、脚を肩幅くらいに開いて無造作に立った。

「遠慮なく打ち込んできていいからね」

「…わかってます」

 ハルカの佇まいは一見隙だらけに見えるが、マルコットはどこに剣を振っても当たる気がしなかった。これで彼女に剣を構えられると攻撃の切っ掛けすら掴めないだろう。若いが、ハンターとしてシルバーロアへの所属を認められるだけあって、相手の力量を見定める目はそれなりに持っていた。

「いきます!」

 マルコットが勢いよく踏み込み、剣を横に薙いだ。ハルカの今の体勢では躱しにくい。考えられた良い一手だった。

 だが、ハルカは剣が当たる寸前に胸のあたりを中心にくるりと側転した。胴を狙った剣がそのまま通り過ぎ、ハルカの体はマルコットの左側面へと移動する。彼女はそのまま左腕を軽く振った。上半身が泳いでいたマルコットは、ハルカの力の入っていない打撃にも簡単にバランスを崩す。マルコットはあえて踏ん張らずに、そのまま前方に転がる。二転ほどして距離をあけると、ハルカと再び向かい合うようにして立ち上がった。

「うん、今のはいい判断だね。あと、初手から剣を全力で振るのは良くないよ。八割くらいの力で二手、三手先にも対応できるようにしておかないと」

「ハイ!」

「じゃあ、次行こうか」

 ハルカが言うと同時に距離を詰めた。左の拳がマルコットの顔面を狙う。彼は軽くスウェーしてその拳を避けた。間髪入れずに続けて今度は蹴りが彼の胴に叩き込まれる。マルコットは辛うじてそれに反応して剣を間に滑り込ませた。重い打撃が剣を通じて伝わる。次はどこに?そう考えた時はすでに遅かった。ハルカの剣がマルコットの胸に吸い込まれるように当たる。

 ギィン!鈍い音が青い光の火花を散らしながら響いた。

 マルコットはそのまま宙を舞い、数メートル飛ばされて仰向けに転がった。

「敵の攻撃は、どれが一番脅威なのか?そこを考えないとダメだよ。今の場合、脅威度の低い拳での攻撃は受け流すが正解。常に敵の一番の武器に気を配っておかないとね」

「うっ…ゴホッ、ゴホッ!…りょ、了解です」

 少し咳き込みながらも、マルコットはなんとか起き上がる。いくら練習用に刃を潰している剣とはいえ、本来であれば重傷を負っても不思議は無い攻撃だった。しかし、見たところ怪我をしている様子もない。その秘密は防具に有った。その昔、アースリングと今は呼ばれているプレイヤーとNPCが協力して作り上げた魔導具が防具には仕込まれている。それはプレイヤーのEPを消費して作動する防御ユニットを参考に造られた物で、この星の住民が持つマナを燃料として動作する。これが体の表面にフィールドを張り、ハルカの攻撃を防いでいた。

(私より三割増しくらいの強度でフィールドを張れるみたいね。もう少し厳しめでも大丈夫かしら?)

 ハルカは少し訓練内容を上方修正する。

 ハルカも今はこの魔導具のついた防具を装備している。とはいえ、彼女にはマナが無い。魔導具に装着された魔石自体が持つマナだけで作動しているので、アルゴ達、上位のハンターと比べるとどうしても防御に難があった。ゲーム時代に使っていた防御ユニットが有れば互角以上に持ち込めるのだが、残念ながらキャラクター進化の時に倉庫送りとなっていて、手元には無い。まあ、彼女のプレイスタイルはもともと[敵の攻撃をすべて躱して相手に自分の攻撃を当てる]なので、攻防一体で使える良い剣が手に入った今、あまり気にはしていなかった。

「まだいけるよね?」

「も、もちろんです!」

 マルコットは気力を振り絞って返事をし、腕を震わせながらも剣を構える。ハルカはニッコリと微笑むと、軽やかに地を蹴った。



 遠くに目まぐるしく位置を変えながら模擬戦闘をする二人が見える。

 ヴェチカは採取の合間に目に入ったその光景からなかなか目が離せなかった。

「いいなぁ…」

「あれがいいですかねぇ?もしかして、ヴェチカもマルコットをボコボコにしてみたいって事?」

「そうじゃなくって…私もお姉ちゃんとあんな風に訓練してみたいかな~って」

 ブラハにはヴェチカの気持ちがよく分からなかった。彼も向上心はもちろん持っているが、遠くに見える二人のあの訓練を喜んでやる趣味は無い。あれでは、下手をするとアルゴの訓練より厳しい。相手の技量に合わせているように見えるので、自分の番になったらやはり同じようにボコボコにされるに違いなかった。

「おい!二人ともぼ~っとするな!ここが危険な場所だって忘れてないか」

 ランドが見かねて注意する。確かにちょっと離れた場所にはオオトカゲの集団もいたし、油断していると思わぬ怪我をしかねなかった。

「ごめん、ごめん」

「ごめんね。ランド」

「分かればいい。時間は限られてる。ヴェチカも急げ」

「うん」

 ヴェチカは返事をすると、目の前の植物の採取に戻った。まだ予定の三割程度しか集められてない。急げというのはもっともな話だった。

「まあ、護身術としてハルカ姐さんに剣を習うのもいいんじゃない?ヴェチカの夢は錬金術師だったと思うけど、剣が使えて悪い事は無いと思うよ」

 ブラハが周囲に気を配りながらも、後ろからヴェチカに声をかける。特に何も考えてない、当たり障りのない事を言ったつもりだった。

(ま、普通は錬金術に関連のある魔法あたりを選んで勉強すると思うけどねぇ)

「そうかな!?」

 ヴェチカは振り向くとブラハを見上げて嬉しそうに尋ねた。

「え?!あぁ、うん。いいんじゃない?」

「そうだよね。私、お姉ちゃんに話してみる!」

 それだけ言うと、またヴェチカは採取に戻る。今度は楽しそうに、それでいて真剣に目の前の作業に集中しているようだった。

(女の子の考えることはわかんないなぁ…)

 ブラハはそんな事を考えながら模擬戦闘中の二人を見遣る。彼の順番は一番最後だった。せめて帰りのシュトラスに乗る体力だけは残してほしいと、願わずにはいられなかった。

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