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準備

 あれから三日ほど経つが、ハルカの習熟状況は芳しくなかった。どうにか思ったように歩かせる事は出来るようになったが、その先が難しい。ハルカを擁護すると、そもそもうまく騎乗出来るようになるまで普通は1か月程度かかる。いくら集中して練習しているとはいえ、どだい四日で走らせるのは無理な相談だった。

 今日もくたびれた顔をして家へ戻ってくると、玄関前でアルゴが待っていた。

「よう!しけた面してんな」

 なんとなく性格もわかってきたせいか遠慮もない。ずいぶんな言い草だった。

「よけいなお世話です!」

 ハルカは膨れ面で言い返した。

「その様子だと苦戦してるみてぇだな。で、乗るくらいは出来るようになったか?」

「今日、歩かせられるようになったよ」

 不機嫌になったハルカの代わりにヴェチカが答える。

「十分だな。ヴェチカ、二日後にタルタの湿原までの予定を組んでおいた。シルバーロアからは3人ほど護衛を出す。出発は早朝だからな、準備しとけ」

「本当?!わかった。明日おばあちゃんの所にケースを借りに行ってくる」

「ちょ、ちょっと待ってよ!あと一日で走らせられるようになるとは到底思えないんだけど」

 さすがにシュトラスを走らせないと、タルタ湿原まで一日で往復するのは難しいだろう。ハルカはどんどん予定を進めていく二人に焦って口を挟んだ。

「ああ、乗れるようにはなってんだろ。ならいい。ヴェチカと二人乗りして、手綱はヴェチカが握れば問題はねえ」

 なるほど二人合わせてもアルゴほどの体重は無い。確かにそれならば問題は無さそうに思えた。しかし、何か釈然としない。

「あれほど頑張ったのに、なんか報われない感じがする」

「まあいいじゃねぇか。定期的に通ってりゃ、そのうち乗りこなせるようになるさ。それより武器と防具は準備してるか?」

 ハルカのPEOプレイヤーとしてのプライドと芽生え始めたヴェチカの保護者としての矜持が入り混じった、複雑な気持ちから出てきた文句など露ほども気にせずに、アルゴが尋ねた。

「え~と、店の品物は一通り見たんだけど、防具はヴェチカのお母さんのを手直しして装備させてもらう方がいいかな。剣はちょっとな~」

 数日前、アルゴに紹介された武器・防具の店に行ってみたが、正直、ピンとくるものは無かった。店員にもオーダーメイドのほうが確実だと言われている。防具に関してはヴェチカがぜひ使って欲しいと言っているので甘える事にしたが、剣はオーダーメイドだと時間もお金もかかるし、少し二の足を踏んでいた。

「ハルカの腕だと数打ちの剣は金の無駄になりかねんしな。まあ分かった。剣は当てがあるんで、こっちが準備しておく」

「いいの?」

「心配するな。この間のバスターソードみたいに魔法一発でおしゃかになるような物より、格段に上等なのを用意してやるから期待しとけ」

「…あ、はは…」

 ブラッドレオ戦でハルカがダメにした新品のバスターソードは、ギルドからの追加報酬と魔獣の素材を一部譲る事でチャラとされていたが、やはり少々心苦しい。ゲームだと壊れた武器はあっという間に修復されていたが、この世界ではあのボロボロになった剣は修理不能の屑鉄扱いだった。魔獣との戦いは敵の能力に自分の武器の特性等もきちんと把握しておかないとダメだという教訓を、ハルカはあの闘いから学んでいた。ゲームと違ってやり直しはきかない。準備にはいくら念を入れても、入れすぎという事は無かった。

「じゃあ、剣はお願いする。明日は防具の手直しと、もう一度騎乗練習をする事にするわ」

「ま、ほどほどにな。…じゃあな、ヴェチカ」

「うん。ありがとう」

 気合を入れるハルカの肩を軽く叩き、ヴェチカの頭をいつものように撫でると、アルゴは来た道を戻っていった。




 ハルカ達と別れたアルゴは、その足でギルドマスターの執務室を訪れていた。

「ずいぶんと熱心なことだな」

 ギルドマスター・ゼオニスは書類に目を通しながらアルゴに声をかけた。確認が終わるとゴツイ義手の右手で器用にサインし、アルゴに差し出す。

「まあな。責任があるってのが一番だが、興味もある」

 受け取りながらアルゴが答える。彼が受け取ったものはハルカのクラン加入許諾書類だった。普段ならもう少し時間がかかるのだが、頼み込んで前倒ししてもらっていた。

「で、…直接私に会いに来たのはこの件だけでは無いのだろう?」

「ちょっと頼みがあってな…」

「ほう…書類に続いて、また頼み事とは珍しい」

 ゼオニスが椅子の背もたれに体重を預けながらニヤリと笑う。

「書類はそっちも好都合だったろうが…ま、それはいい。ファーラットのジジイはどうしてる?」

「相変わらずだと報告は来てるが…まさか、彼に仕事を頼むつもりか!?」

「そのまさかだ。ハルカの為に上質な武器が欲しい。それにはあのジジイがうってつけだろ」

「それは、そうだが…」

 ゼオニスには簡単に頷けない理由があった。ファーラットはドワーフの鍛冶師の中でもかなり有名な名工の一人だ。そんな人物が他に仲間もいない、こんな辺境の街に居るというのにはそれなりの事情がある。ハルカが聞いた通りの技を使うのであれば、その事情に抵触する可能性があった。

「当然、ファーラットの主義の事を解ったうえで言っているんだろうな?」

 ゼオニスは確認する意味も込めてゆっくりと、言葉を強調して尋ねた。

「あたりまえだろ。心配するのは分かる…だがな、断言しておくぜ。あのジジイがハルカの技を見て打たない訳がねぇ!」

「ファーラットが主義を曲げてでも剣を打つ。それほどの技を彼女が持っていると?」

「ああ、ゼオも実際に見りゃ納得するさ」

 アルゴが手放しで他人を褒めるのは珍しい。不安も残るが、ゼオニスはそれで納得する事にした。それに仮にへそを曲げたとしても、彼にはもう他に行く所が無い。最悪でもハルカが出禁になるくらいで済むだろう。

「…わかった。ファーラットには言っておこう。だが!…問題が起きた時はそちらで対処する事が前提だ。こっちは責任を持てんからな」

 一応、釘を刺しておく事も忘れない。

「恩にきる。それで…ついでになんだが、ファーラットの剣が出来るまでの間、ギルドの備品を貸してくれねえか」

「かまわないが、それほど良い剣は無かったと思うが…」

 ゼオニスはガーディアン達が使う剣を思い浮かべながら言った。技量によって支給する武器に何段階かのランクはつけているが、それでも街の武器屋で購入できるものとさして差は無いはずだ。

「あるだろ。ファーラットが打った剣が」

 アルゴがどの剣の事を指して言っているのか、ようやくゼオニスは理解した。そういえば一度だけ見せた事がある。覚えていて、最初から狙っていたのだろう。

「…お前。アレは私の剣で、備品ではないのだが」

「いいじゃねえか。どうせ使わねえんだし」

「そういう問題ではないだろう。あれは私が苦労してだな…」

「分ってるって!だから貸してくれって言ってんじゃねえか。それに使わなけりゃ名工の品も泣くぜ」

 ギルドマスターとなってからは、さらに使用頻度が激減した剣ではある。それにファーラットの剣がちょっとやそっとの事でダメになるとも思わない。だから貸すのは良かった。良いのだが…愛着もあるあの剣がなんとなく返ってこなくなるような…漠然とした嫌な予感がゼオニスにあった。

 せめて技量は確認しておきたいし、返却の事は念を押しておきたかった。だがそれとは別に怪しまれずに本人と会えるいい機会でもある。これから彼女をどう扱うかの指針となるだろう。色々勘案した結果、ゼオニスは貸すことを決めた。

「いいだろう。だが、あの剣を使う資格があるかどうかは、私の目で直接確かめさせてもらう」

「好きにすればいいさ。じゃ、明後日の早朝に持ってきてくれや」

 話はこれで終わりだと、アルゴはサッと踵を返すと執務室から出ていった。

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