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新人受付嬢の受難

 ハルカとニアはヴェチカの案内でギルドへとやって来ていた。

「ふわぁ~~~」

 妙な声がハルカから漏れる。

 ハルカの予想に反して、ギルドは二つの防壁の最も奥ではなく、第2防壁に隣接する形で建っていた。いや、隣接するというのもおかしいだろう。正確に言えば防壁と一体化した建造物として造られていた。防壁よりもさらに高い二本の塔と荘厳な彫刻の施された外壁で構成されるその建物は、西洋の神殿を連想させる。少々気後れしながらもハルカはヴェチカの後にくっついて門を抜け建物の中へと入った。

 中へ入ると、そこは外から受ける印象とは若干異なり、高級ホテルのロビーとでもいうような構造をしていた。吹き抜けとなっている玄関フロアの横にはラウンジのように椅子とテーブルが並び、談笑している人達もいる。ハルカはきょろきょろと見回しながらもヴェチカから離れないように真っ直ぐついていく。しかし、その途中に気になるものを見つけて思わず立ち止まった。

 それは大きな剣だった。床から突き出た台座にしっかりと固定されている。だが、ロビーを彩る装飾品にしては少々みすぼらしい。至る所が欠け、昔は鮮やかであったろう色も褪せてボロボロだった。ハルカは細部までまじまじと眺める。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 ハルカが遅れていることに気が付いてヴェチカが後戻ってきた。

「うん。ちょっとね」

 返事をしながらもハルカは剣から目を逸らさない。

「それは昔、アースリングの人達がこの地を魔獣のテリトリーから解放するために使っていたっていう剣だよ。すごく大きな全身鎧の英雄さんだったんだって…」

 ヴェチカの説明にハルカは納得した。彼女が見た事があると感じたこの剣は、おそらくフレンドの物だ。ゲームでは同じ型の剣でもアタッチメントや色をカスタマイズする事でオリジナルの品っぽく出来た。この形と色使いはたぶん彼の物だろう。

「クレイズも来てたのか…」

 そこまで親しくしていた訳では無い。でも、この世界に来て初めての知り合いの痕跡だった。色々な感情が入り混じって涙が一筋流れる。

「お姉ちゃん…」

 ヴェチカはそっとハルカの手を握った。



 ネーナは今年になってギルドの管理部門に配属された新人だった。成人とされる15歳の時に試験を受け、それから2年、厳しい研修を受けてきた。もちろん努力した。そしてようやくみんなが憧れるギルド職員に正式採用された。努力が報われたと張り切って仕事をこなしていた矢先、ギルドマスターに呼ばれ、恐ろしい命令を実行する事を強いられてしまった。何故、新人の自分にこのような仕事が回ってきたのか…いや、新人だからだろう。もし失敗すればばっさりと切り捨てられるに違いない。そんな風に考えていると体が震えてくる。

「こ、鉱山で強制労働は嫌だよう…」

 小声で呟きながら、まさにお役所のフロアのように並んだカウンターの一つで落ち着きなくソワソワしていると、先ほど1階の案内から連絡のあった人物がついに彼女の前に到着した。

「あの、登録ってここでいいの?」

「は、ハイ!伺っております!こ、こちらへどうぞ!」

 必要以上に力んで返事をしてしまう。見かけは普通の女性にしか見えない。しかし、どんな恐ろしい秘密を持っているのか…ネーナは震えながらギルドマスターから預かったデータ書き換えが可能となるマスターキーを取り出した。

「こ、こちらに手を当ててもらえますか」

 カウンターに置かれた透明なクリスタルを板状に加工したパネルを指さす。

 内心、受付嬢の変なテンションに驚きながらも、問題の女性・ハルカは席に座り、手を置いた。

 ネーナがギルドマスターから内密に受け取った指令はこうだ。

『もともと登録が無ければ普通に処理すればいい。だがもし既存データがあれば、それを彼女から聞き取った情報に書き換えろ。特記事項は消去。そしてそれを決して気付かれるな!それから、元のデータは覚えておいて後で報告するように』

 ギルドで働く者に真っ先に教えられるのはデータの管理についてだ。その昔、アースリング達が作り上げたというシステムは悪用されると大変な事になる。もちろん不正防止の機能はあるが絶対ではない。だからまず、ギルドで働く者たちはその怖さを徹底的に教え込まれるのだ。その、教え込まれたやってはならない事をいま、ネーナはやろうとしていた。もとい、ギルドマスターに強制されてやらされようとしていた。

(神様!お願いです。データがありませんように!)

 ネーナは強く祈りながら真新しいクリスタルタグを機械にセットすると、マスターキーを差し込み恐る恐るボタンを押した。

 固有マナを検知するクリスタルパネルが淡くひかり、データを精査する。ぴぴっと音が鳴り、ネーナの祈りも虚しくハルカの情報がクリスタルのディスプレイに表示された。

「えっ!?あ、いや…」

「どうしました?」

 ハルカが尋ねる。

「な、なんでもありません。ちょっと機械の調子が悪くて…その、これって年代物ですしね」

 ネーナは慌てて取り繕う。ネーナの見るディスプレイに表示された情報一覧には彼女が恐れていた秘密などは無かった。記録されていたデータは二つのみ。


 名前:[ハルカ・396B]

 種族:[カーマインハート]


 それがアースリング文字で表記されていた。


 ネーナにアースリング文字は読めない。古いギルドの魔導具に使われている事があるくらいで普段は目にしなかったし、勉強する者も限られている。ただし、数字と記号は便利だという事から、現在使用されている文字にも組み込まれていたので、名前の後半だけはわかった。彼女は手早くメモに記述を模写する。

「そ、その…まずはお名前からお願いできますか」

「ハルカです」

 ネーナは書き換えするべき項目が少なかった事からなんとか落ち着きを取り戻し、登録を進めていった。


「では、これがハルカさんのクリスタルタグとなります。先日の討伐報酬も移しておりますので、後程にでもご確認ください」

 ネーナはぎこちない笑みを浮かべながらハルカにクリスタルタグを手渡した。

「ありがとうございます。じゃあ失礼しますね」

 ハルカは礼を言いながら受け取ると、ヴェチカとニアと共に登録カウンターを後にする。

「お、終わった…」

 ハルカ達の姿が見えなくなるとネーナはそう呟き、机に突っ伏した。




 数刻後、ギルドマスターはネーナから受けた報告について考え込んでいた。

 彼は固有マナのスキャンさえ出来れば正体はおのずと判明するだろうと思っていたのだが、逆に謎は深まるばかりだ。この間姿を現したストームドラゴンとの関連も、これではまったく解らない。

 名前と種族、そして後から気付いたらしいが、それなりの額のクレジット。それがデータのすべてだった。

「これの意味が解れば、少しは予想も立つんだろうが…」

 ネーナが模写した種族の欄に書かれていたという文字を眺める。アースリング文字はその文字数の多さから非常に難解だとされている。似た文字もたくさん有り、この模写が本当に正確かもわからなかった。

「怪しまれてもいいから俺が対応すれば良かったか…」

 この文字を調べさせるにしても、信用できる者を選ばねばならない。それにアースリング文字ならギルドより隠里の人間の方が詳しい。どちらにせよ、今すぐどうこう出来る問題ではなかった。

「まぁ、人間的にはアルゴの保証もある。当面の問題はないな」

 それに、今回のデータ改竄がペネロペの賢者あたりに察知されて、何らかの動きが起きるにしろ、まだまだ時間はかかる。それまでこの手札は秘匿しておくべきだろう。そこまで考えると、ギルドマスターは今回苦労をかけたネーナの特別報酬許諾書類に承認印を押した。

アースリング文字というのは想像できると思いますが日本語です。描写はありませんがハルカが文字を読めるのは翻訳機能のおかげで、なんてかいてあるの?と思うと字幕が表示されます(この設定は変更の可能性あり)

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