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ギルドマスター

 ハルカ達が街を散策していたその頃、アルゴはギルドの一室でギルドマスターを待っていた。

 いや、待っていると言えば聞こえはいいが、その実、柔らかそうな3人掛けのソファにごろりと寝転がって居眠りをしている。この世界でのギルドとは、すべてを統括する政府のような役割を持っていた。クロトの街のギルドマスターともなれば、この地域の事実上の領主にあたる。アルゴの態度はとてもそのような人物を待っているようには見えなかった。よほどギルドマスターと親しいのか、単に無頓着で図々しいのか、あるいはその両方なのか。いずれにせよ、ここでこのような行動を取れる者はそうそう居はしなかった。

 そのアルゴの片眉がピクリと上がる。大きく伸びをすると、彼はゆっくりとソファに座りなおした。同時に部屋の扉が開かれる。

「待たせたようだな」

 扉から姿を現した男は部屋に入るなりそう言った。年齢は50代といったところだろうか、若いころは恐らく燃えるように赤かったと思われる髪も若干くすんで落ち着いた色に変化している。顔には年輪を感じさせる深い皺が刻まれていた。だが最も印象深いのはその右半身だった。この応接室には場違いな、肩から右腕すべてを覆った鎧を着けている。

「年寄りの朝は早いっつ~から、早めに来たんだけどな。ついに足腰弱って歩くのも億劫になっちまったか?」

 アルゴが気安い口調で返事をした。

「抜かせ!」

 言いながらギルドマスターはアルゴの向かいのソファに乱暴に座った。右腕の鎧がギシリと重い音を立てる。

「いい加減、使いにくい戦闘用の魔導義手は止めて普通のに替えたらどうだ?金なら持ってんだろ」

 呆れたようにアルゴが呟く。

「もう慣れてるからな。それに、お前みたいな生意気なクランの餓鬼どもを威圧するにはこの義手が一番いいのさ」

 ギルドマスターは左手で軽く右肩のあたりをたたいた。

「まぁ、そんな事よりもだ、ラッセから報告は受けてるが、お前の見解も聞きたい。砦の向こう…お前はどう感じた?」

 ギルドマスターが真剣な目でアルゴを見つめる。

 それを受けたアルゴは少々試案顔をした後、しゃべりはじめた。

「正直、解らないってのが本当のところだが…違和感をひどく感じたな。なんてゆうか、こう、魔獣が自分の意思で動いてないってような感じか…突然現れたブラッドレオみたいな偶発的な事も、昔から無かったわけじゃねぇが…その時とは違うって、漠然とだが俺の勘が言っている。もう少し奥のテリトリーまで踏み込めれば、何か確証が得られる気はするんだが…」

「そいつは危険すぎて許可できんな」

 ギルドマスターが即座に返答した。

「わかってるさ。俺ももう若造じゃねぇ。誰かさんみたいに突っ走って腕を無くしたりしねぇよ」

 場の空気がひんやりとしたものに変わる。

「………お前の教訓になれて嬉しいよ。ところで、…これから一緒に訓練でもどうだ?久しぶりに模擬戦でもやろうじゃないか」

 見かけ上はさわやかな笑みを口元に浮かべ、ギルドマスターが提案した。魔導義手にマナが漲る。アルゴを睨む目は決して笑っていない。

 彼が若い頃に才能からくる慢心が原因となって、その利き腕を魔獣に奪われた…という話は有名だった。しかし、その後2年かけてリハビリと訓練を熟し、それまで以上に優秀なハンターとなった事で、表立ってこの事件を揶揄する者は殆どいない。が、数少ない例外がアルゴだった。

「残念だが俺も忙しいんだ。それに年寄りを虐待するような趣味は無いんでね」

 獰猛な笑みを返してアルゴは答えた。

「ったく、今も昔も可愛くねぇ餓鬼だよ。お前は」

 普段からこの手の応酬はよくあるのだろう、ギルドマスターはソファに深く座りなおすと、ぼやくように小声で呟く。しかし、それも一瞬で、すぐにそれまでの口調に切り替わる。

「まぁ、継続してあのあたりに偵察を出すしかないだろう。追加でもういくつかのクランに依頼を出しておく。シルバーロアにもだ。頼んだぞ」

「わかってるさ。…それで、調べたんだろ。例の件」

 アルゴは話を変えた。さしあたって彼にとってはこの事の方が重要だ。

「ああ、例の腕の立つ女の件だな…」

 今度はギルドマスターが押し黙る。何から話すか?思案しているようだ。

「まず、ギルドの海運部門に問い合わせたが、事故の類は起こって無かった。名前でこの地域の住人の登録も調べたが該当者はなしだ。私の権限で他の街の登録まで範囲を広げてみたが…これも該当なしだった。…偽名って可能性は無いんだろう?」

「無いな。記憶があやふやって言ってる割には言動自体はしっかりしてる。最初に喋ってた言葉もアースリングの言葉のようだったし、俺はてっきりどっかの隠里から物見雄山ででてきた奴が事故にでもあって仲間とはぐれたかと思ってたんだが…なんとなく違う感じなんだよな」

「隠里の者がこの街にくれば、嫌でも私の耳に入るはずだ」

「だろうな…」

 アルゴは自身を納得させるように呟いた。

「そうなると何処から来たのか…ギルドで固有マナをチェックすれば、すぐに答えは出るんだが」

「そうなんだが…訳ありっぽいからな。無くしたのか、隠してるのか、クリスタルタグも持っていないようだし。記録を調べられると解れば…最悪、逃げ出しちまう可能性もある」

 普通なら一人で街から離れるなど自殺行為であり、正気の沙汰ではないが、彼女にはふらりと出て行ってしまいそうな、そんな雰囲気があった。悩ましそうに頭を抱える。アルゴとしてはヴェチカのためにも彼女が逃げ出さねばならなくなるような事態は避けたかった。

「私もブラッドレオの死体を見分したが、恐ろしい腕だな、あれは。滑らかな切り口も、あのボロボロだったバスターソードのものとは思えない」

「ああ、俺もヴェチカに尋ねたんだが、あっという間の事でよくわからなかったらしい…ま、何か隠しちゃいるような表情だったが」

 それを合図としたように二人とも言葉を途切れさせた。重苦しい時間が流れる。

 ギルドマスターとしては現状、腕の立つ、それもブラッドレオを単独で屠れるようなハンターは是が非でも欲しい所だった。ブレイズドラゴンのいない今、あと2年は魔獣の異常繁殖とスタンピードの危険がこの地域には付きまとう。すでに魔獣のテリトリーに呑まれてしまった場所もある。これ以上はなんとしてでも阻止したかった。

「お前の印象では物知らずのお嬢さん。これは間違ってないな」

 ギルドマスターがアルゴに問いかけた。

「ああ、そういう意味では記憶が無いというのも頷けるぐらいにな」

「ふむ。街の住人として受け入れるのにギルド未登録なのはちょっとまずい…だからアルゴ、とりあえずお前はなんとか説得して、明日ギルドに彼女を連れてこい」

「連れてくるのはなんとかなると思うが、その先はどうするんだ?」

「彼女に自分の事を調べられていると悟られなければいいんだろう?なら新しいクリスタルタグでギルドに登録するフリをして、中身を無難な物に書き換えて安心させてやればいい」

 ギルドマスターは物語の悪役のような悪い笑みを浮かべて言い切った。

(おいおい、ギルマスがそれでいいのかよ!)

 驚愕のあまりアルゴは思った事を声に出せなかった。そもそもギルドシステムの根幹を支える高度な技術で作られたクリスタルタグを、ギルド以外で書き換える事が可能なのかは置いておくとしても、タグの偽造や書き換えは重大な犯罪行為とされている。バレれば重犯罪者だ。当然この世界で知らない者はいなかった。

「まぁまて、これは最悪の場合だ。もし彼女の固有マナがギルドに登録されていなければ、それはそれでいい。なんとかなる。されていたと仮定しても、実はギルドに記録された個人の知られたくないデータというのはそう多くは無い、ここで彼女がどんな記述を隠したがっているかだが…」

「犯罪者ってのは無いと思うぜ」

 アルゴがすかさず釘をさす。

「おまえがそう言うなら、私も無いと思う。ならばそれこそ、後は限られてる。種族、もしくは家名とかな」

「純血に近い星渡の民の末裔イアハウトの家系か?!言われれば、あの能力はそうかもしれねぇが」

 ハッと気が付いて答える。しかし、今一つ腑に落ちない。

「それが何であれ、犯罪以外の記述なら私の権限でクリスタルタグへの転写は行わない。幸い彼女はシステムには詳しくなさそうなんだろう?安心して連れてこい」

「安心ねぇ…」

 もし犯罪者でも軽犯罪くらいなら揉み消しそうな勢いにアルゴは呆れる。

(そこまでして腕のいいハンターが欲しいものかねぇ…まぁ、欲しいか)

 アルゴも実際の戦闘を見た訳ではなかったが、ブラックハウンド、そしてブラッドレオの状態から推測は出来る。魔獣との戦闘は何といっても力が肝要だ。いくら切れ味のいい武器をもってしても、ある程度の力が無ければ強固な魔獣の皮膚を突き破り、致命傷を負わせることは出来ない。あの小柄な体躯ではいくら剣の技量がすばらしくとも、うちのクランの上位メンバーと肩を並べられる程の力はないと思っていた。だがどうやら見くびっていたらしい。恐らく単独でもCクラス、パーティーを組めばBクラスの魔獣程度は問題なく対処できるだろう。そこまでのハンターはこの街にも多くはいない。なにかと大変な時期だ。少々の問題には目を瞑ってでも戦力として確保しておきたいギルドマスターの考えは理解できた。

「分った。努力はしてみるさ。ヴェチカを泣かせたくないしな」

「随分と懐いてるらしいじゃないか」

 これまでとは違う、柔らかな表情でギルドマスターが言う。

「まあな。…あ、これがうまくいっても、いきなりハルカに魔獣討伐の依頼を受けさせたりしねぇからな」

「承知しているさ。だが、いつまでも能力あるものを遊ばせておける。そんな状況でもない。そこはお前もわかってるだろう?」

 ギルドマスターの指摘には頷かざるを得ない。力を持つものが魔獣と闘わなければ簡単に街は滅んでしまう。それがこの世界の理だった。

 アルゴはむっつりと黙ると、腕を組んでソファに背中を押しあてた。

アルゴさんたち、気をまわしすぎ。

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