錬金術師の工房
ゆっくりと朝食をとった二人と一匹は、約束通り街の散策に出掛けていた。
ちなみにニアはハルカと同じで食べ物からエネルギーを補給するらしく、もりもりと朝食を食べ、おかわりまで要求していた。居候のくせに少しは遠慮しなさいよと、喉まで出かかったが、ヴェチカは嬉しそうにしていたのでそのまま飲み込んだ。
ヴェチカの案内で住宅街から職人たちが多く住むという区画へと抜ける。確かに何かの工房らしき大きな建物が多い。いわゆる職人街といったところだろうか。
ヴェチカは中でも年季の入った、こぢんまりとしているけれども風格を感じる工房を訪ねた。古めかしく重そうな扉を慣れた手つきで開ける。中に入ると小さなカウンターに商談用の応接セットが真っ先に目に入った。壁の棚にはサンプルなのか、色とりどりの液体が入ったガラス瓶が並んでいる。下には説明文が書かれたポップが付いていた。
「おばあちゃん。来たよ!」
ヴェチカがカウンター越しに元気よく声をかけると、奥の大きな机で作業していた老婆が顔を上げた。優し気な表情が上品な印象を見る者に与える。
「おや、ヴェチカかい。よく来たね」
嬉しそうに笑うと、その見かけから想像されるよりもしっかりとした足取りでカウンターまで出てきた。
「おばあちゃん、ごめんね。予定してたのの半分くらいしか取れなかったの」
ヴェチカはそう言いながら腰につけた魔導具のポーチからいくつかの箱を取り出してカウンターに並べた。
そう、ハルカも最初に見た時に驚いたのだが、この世界にはアイテムボックスのようなものが存在していた。直接品物を入れるのではなく、魔法的な処理を施された専用のケースに一度入れてから収納する事で色々な問題を回避しているらしい。ゲームのように時間経過を止める事は出来ないし容量に限界はあるが、色々な物をコンパクトに軽量で持ち運び可能な、十分に便利な魔導具だ。専用ケースはハルカのアイテムボックスでも使えた事から、恐らくプレイヤー達が考案したものなのだろう。他にもヴェチカの家で目にした調理器具にトイレや上下水道等、1000年前にここに降りてきたというプレイヤー達の辞書には自重という言葉は存在しなかったようだ。
「いきさつは聞いているよ。こうしてヴェチカの元気な姿を見れるだけで十分さ」
そう言うと、出されたケースの中身を手早く確認していく。
「全部で5万クレジットってところだね。いいかい?」
「うん」
ヴェチカは首に下げた小さなクリスタルを老婆に差し出す。彼女はそれを受け取ると、レジスターのような機械にセットして何か操作し、またヴェチカに返した。電子マネーみたいなものかしら?ハルカがそう思いながら眺めていると、老婆がこちらを見てほほ笑んだ。
「そっちのお嬢さんが噂の腕の立つハンターかい?」
「え?いや、それほどでも。あの…ハルカです」
「私は薬師のラーベ。よろしくね」
「おばあちゃんはこの街一番の錬金術師なんだよ」
ヴェチカが誇らしげに説明する。
「単に長生きなだけさ。それにエルフの街で新たな錬金術を学んできた者たちの方が私より上だよ」
「そんな事ないよ!ギルドの人たちもおばあちゃんが一番だって言ってたもん!」
「それは光栄なことだねぇ。でも最近はうちのような古臭い錬金術を覚えたがる者もいなくなってきたし、ここも由緒だけはある工房だけど…それも私の代で終わりだねぇ」
少し寂しげな表情でラーベは工房の中を見回した。
「そんな事言わないで、おばあちゃん…私、頑張って錬金術覚えるから」
「そうだね、ヴェチカが一生懸命勉強して後継者になってくれればありがたいねぇ」
本当に嬉しそうな顔でラーベは答えた。
「さぁ、そろそろお昼だよ。エルダの所にも顔を見せるつもりなんだろう?もう行ったほうがいいんじゃないかい」
「うん。…あ、今足りてない材料って何?今度もタルタ平原まで行こうと思ってるの」
「そうだねぇ…薬草系は何でも引き取れるよ。あとは鉱石の一部…タルタに行くなら湿原で採れる蛍石が欲しいね。それから…」
他にも幾つかの単語をラーベは並べあげた。
「わたし頑張るからね」
ヴェチカは腕を上げてポーズをとる。その姿は無性に可愛かった。
「ああ、期待してるよ」
ラーベはカウンターを出て、扉の所から二人と一匹を見送る。ヴェチカとニアが楽し気に歩き出すのを見てから、ラーベはハルカに声を掛けた。
「お嬢さん。本当にありがとうね。あんなふうに笑うヴェチカは久しぶりに見たよ」
そう言って、深く頭を下げる。
「いえ、その…私も助かってますから」
ハルカは驚きながら返事をする。
「ヴェチカの父親は私の弟子の一人だったんだよ。だからあの子は昔から孫みたいに思えててね…両親を一遍に亡くしてからは塞ぎ込んでいることが多かったからみんな心配してたのさ」
「そうだったんですか。私に何ができるかはわかりませんけど…しばらくはここで必要とされる事をやっていこうかと思っています」
「それで十分さ…お嬢さんも何か迷っていることがあるようだけど、答えなんてそのへんにたくさん転がってるもんさね」
ラーベは笑いながら言う。
「ありがとうございます」
(かなわないな~)ハルカはラーベの言葉に少し心が軽くなるのを感じた。
「おねえちゃ~~ん!置いてくよ~」
気が付くとヴェチカ達はずいぶんと先まで行ってしまっている。
「今行くから!」
ハルカは軽くラーベに向かって礼をすると、ヴェチカ達を追いかけた。




