使い魔ニア
「う~~~~~ん…」
綺麗な、もしくは可愛いとされる女性が発するにはちょっと問題のある低い唸り声を、ハルカはベットの上であげていた。胡坐をかき、腕を組んで眉間に皺を寄せながら唸る様は、さながら理解不能なエラーを表示して止まってしまったパソコンを前にしたオヤジのようだ。
久しぶりに感じる、すがすがしい朝だった。窓にかかるカーテンの隙間からは明るい光が差し込んでいる。この問題さえ起きていなければ、朝日を浴びながら庭で剣の型の練習もいいな、などと考えていただろう。
ヴェチカはまだすやすやと可愛い寝息を立てて寝ている。バスケットボールをさらに二回りほど大きくしたぐらいの卵を抱いて…
そう、問題はこの卵だった。正体は既に分かっている。ハルカのアイテムボックスの中に唯一入っていた代物、ニアの卵だ。それが朝起きると勝手に出てきていた。そしてアイテムボックスのリストには、代わりに新たな物が登録されている。そこには【召還ロッド】【エネルギーブレット】と記されていた。
「これ…使えって事だよね」
試しにボックスから取り出してみる。召還ロッドはそんなに大きくなかった。長さ50センチ程の杖で青い多面体のクリスタルが一番上に付いている。中程にはリボルバー拳銃のようなシリンダーとグリップ・トリガーが存在していた。エネルギーブレットは透明な弾丸のような形状をしており、中には青い液体が充填されている。それが6本、スピードローダーそっくりの機械にセットされていた。
ハルカは杖を手に取るとシリンダーをスイングさせ、恐る恐るエネルギーブレットをセットする。カチリと音をさせてシリンダーが元の位置に戻ると、青いクリスタルの中心が仄かに光った。
「えっ!」
『 カートリッジ ロード 』
『 サポートキャラ 個体名”ニア” イニシャライズ 』
杖がそう声を発すると、ヴェチカが抱いたままの卵が淡く光を放つ。殻がその頂点からブロックが崩れるように消えていき、そして後には白い丸まった毛玉のようなものが残った。
「い…いきなり起動しないでよ!」
突然の出来事に、ハルカは思わず手に持った杖に向かって怒鳴ってしまった。ヴェチカを見ると何も気付かずに寝ている。特に怪我などもしてない様でハルカはホッと息をはいた。
「それにしても…」
どうやらメカ猫だったニアも生身っぽい体に進化したようだ。
「ニア」
ハルカが声をかけると、毛玉からピクリと耳が立った。ゆるりと毛玉が解けると、白い猫が姿を現す。
いや、どちらかというと太く丸々とした手足は動物園で見た子供のトラのほうがイメージ的に近い。ただ、顔付きはネコというかヤマネコっぽくてトラに進化したとは言えない気がした。
ニアはヴェチカの隣でう~~~んと伸びをした後、前脚を舐め毛づくろいをやりはじめる。…すごく猫っぽかった。
「え~と、ニア。私の言う事わかる?」
ゲームの中でのニアはハルカのいう事を理解し、的確なサポートをしてくれる優秀なAIを備えていた。進化体なら単なる猫ではないはずだ。ハルカはそう思いたかったがゆえに、すぐさま話しかけた。
声を掛けられたニアはハルカを少しの間見つめると、プイっと横を向いた。言葉は分るらしい。というか、なんだか拗ねているようだ。
「どうしたの?えっと、さっき怒鳴ったの怒ってるの?」
ニアの行動からは明確に感情を感じる。優秀なAIはさらに無駄とも思える高度な進化を遂げているらしかった。
「もしかして、アイテムボックスの中に入れっぱなしですっかり忘れてたから?」
ハルカはニアに近づくとそっぽを向いた頭を優しくなでる。
「ごめんね。でもね、どうすればいいか分からなかったんだよ~これからはアイテムボックスに仕舞い込んだままにしないから、ね」
ひとしきり撫でられ、重ねられた謝罪の言葉にようやく納得したのか、ニアはハルカに顔を向けると、許してやるといったニュアンスのような一吠えを発した。そのまま、ニアはヴェチカに近づくと頬をペロリと何度か舐め上げる。少々騒いでも目を覚まさなかったヴェチカだが、これにはさすがに気が付き、驚きの声を上げた。
起き抜けに昨日までいなかったニアを目の当たりにしたヴェチカだったが、すんなりとその存在を受け入れていた。
「ねぇお姉ちゃん。この子ってお姉ちゃんの使い魔なの?」
ヴェチカがニアの喉元を撫でながら聞いてきた。ニアも気持ちよさそうにされるがままになっている。
自前の猫耳を持っている少女が猫っぽい使い魔を可愛がるというのも、なんだか癒されるなぁ。と、ぼんやりと眺めていたハルカはその言葉で我に返った。
「そう…だと思う。よく覚えてないけど」
色々聞いてみると、この世界にもゲームでよく見るテイマーのように、魔獣ではない動物を魔導具などを利用して使役する技術があるらしかった。
1000年前のプレイヤー達のメカっぽいサポートキャラはどういう扱いだったんだろう?などと考えながらも、とりあえず問題にはならずに済みそうで、ハルカはほっとしていた。このまま使い魔で押し通す事に決める。さりげなくアルゴあたりにも聞いておけば、そうそう拙い事態にもならないだろう。
「この街にも使い魔を持ってる人っているの?」
「いるよ。どのくらいいるかは知らないけど」
飽きもせずに撫で続けるヴェチカがそう答えると、ニアが「ガウ」と一吠えした。
「そうだ!」
ヴェチカがすくっと立ち上がる。
「朝ごはんだよね。ごめんね。ニア」
朝からいろいろ起こり、朝食の事などハルカもすっかり頭から抜け落ちていた。
「そういえば、そんな時間かな」
「私、急いで準備するね。食べ終わったらみんなで出かけようよ。ニアにも街を見せてあげる」
ヴェチカは言い終えるとすぐに台所へ駆けていった。
「本当にそう言ったの?」
ハルカは床でくるりと丸まって目を瞑るマイペースなニアを羨ましそうに見つめながら尋ねた。




