ヴェチカ
そこはどことも知れぬ深い森の中だった。夜ではないが濃い影が周囲を覆っている。ぐるりと見渡しても自分を中心にほんの数メートル程の範囲でしか草木の存在を確認できない。目を凝らして向こうを見つめても、靄がかかっているかのようにぼんやりして判然としなかった。
ヴェチカはそんな森の中を一人歩いていた。特に目的は無い。いや、誰かを探しているのだと思い出した。
そう認識したとたん靄が晴れ、前方にどっしりとした幹を持つ大きな木が現れた。根元に人が二人、寄りかかって座っているのが見える。徐々に輪郭がはっきりとしてきて…
一人は尖った耳を持つ獣人の青年だった。獣人にしては細身で優し気な顔つきをしている。そしてもう一人は人間の女性だ。どことなく雰囲気がヴェチカに似ていた。二人は寄り添い合い、幸せそうな表情で眠っていた。
「お父さん!お母さん!」
ヴェチカはそう叫ぶと、二人に向かって走り出した。
しかし、すぐそこに有ったはずの光景はぐにゃりと歪み、ヴェチカがいくら懸命に走っても二人の元へ近づけない。じきに歪みは激しくなり、かろうじて見えていた二人の姿もヴェチカには見えなくなってしまった。
「お母さん!!」
ヴェチカは暗闇の中でハッと目を覚ました。
いやな気分が心の裡に張り付くように残っている。
あれは夢だ。ここは自分の家で、そして隣には…ヴェチカはゆっくりと思い出すように頭を振った。
掌がじっとりと濡れている。そして、その手はしっかりとハルカの服の袖を握りしめていた。
(…お姉ちゃん)
胸の位置から見上げるように頭を動かし、ハルカを覗き見る。ぐっすりと寝ているようだ。規則正しく繰り返される寝息がヴェチカの父親譲りの耳をくすぐる。ヴェチカと向かい合うように寝ているハルカの腕は、柔らかく包みこむようにヴェチカを優しく抱いていた。
あの廃砦で初めて目にしたお姉ちゃんは血だらけで倒れていた。母が使っていた物によく似たナイフを持って………似ている訳ではないのに魔獣と戦い亡くなったと聞かされた母とダブってしまった。だからなのか、すぐに仲良くなった。
何も知らず、ちょっと変わってて…でも優しく、そして強いお姉ちゃん。
ブラッドレオと対峙した時は、もうだめだと諦めた。それほど強い魔獣だと聞いていたから。それでもお姉ちゃんは闘い、そして勝った。
あの光とともに現れた鎧…あれはお姉ちゃんの秘密の一つなのだろう。あの事を喋るとお姉ちゃんとは一緒にいられなくなる…そんな気が漠然とした。だからアルゴにも話さなかった。
お姉ちゃんと一緒にいたい…
ヴェチカはハルカに抱きつくと目を閉じた。
(明日はお姉ちゃんに街を案内するんだ)
きっと楽しい一日になる。明日の事を想像しながらヴェチカは再び眠りについた。




