8
藤田は人の流れに逆らうように地下鉄半蔵門駅から麹町警察署に向かっていた。オフィスを出る前に片橋に電話をかけて署で会う約束をとりつけた。自然と足取りが早くなる。
麹町警察署に着くと、珍しく片橋が入り口付近で立って待っているのがわかった。
片橋も藤田がやってきたことに気づいたようだ。
「藤田さん、これはわざわざ来ていただいてありがとうございます」
片橋の様子はいつになく丁寧に藤田は感じていた。
「とんでもないです。こちらこそ遅い時間に突然押しかけてしまってすみません」
「で、新しい手口での注文があったということですが、詳しく聞かせていただいてもいいですか?」
「はい、もちろんです」
「じゃあ、あそこのテーブルで」
片橋はそう言って近くの簡易的な会議スペースに座るように促した。
藤田は席に着くなり、持ってきたPCを広げて証拠写真や画像を見せながら、今回の手口について片橋に説明をした。
メリールで複数のアカウントを作って出品をしていること。それらの出品は架空の出品であり、購入者が見つかってから、商品の手配を行なっていること。その際に、第三者のカード情報を使って注文を行なっていること。何種類かのカードを都度使おうとしていること。カード会社への属性照会の結果、注文者とカード保有者の情報が不一致だったこと。そして、藤田が同じ出品者から購入をしたら、同じ事象が再現されたこと、を説明した。
片橋は細かくメモを取りながら、藤田の話を理解しようと前のめりで話を聞いていた。
「おそらくですが、この手口を実行するにあたり偽造した本人確認書類で会員登録をしている可能性が高いです。そうじゃないと売れた後のお金が手に入らないので。さすがに免許証とかの本人確認書類の偽造があったら、すぐに捕まえられますよね?片橋さん」
それまで黙々と話を聞いていた片橋が口を開いた。
「まず貴重な情報提供をしていただき、ありがとうございます。今回の手口は今までよりも手がかりがありそうですし、カードの不正利用以外の罪で逮捕することもできそうです。それこそ偽造公文書行罪とか」
藤田は今回も調査に消極的な片橋をイメージしてここまで来ていたので、すんなりと話が進みそうな雰囲気を感じて、拍子抜けした感覚を覚えた。
「藤田さん、実はここだけの話にしていただきたいんですが…」
片橋は急に体を丸くして声のボリュームをミニマムまで下げて話を続けた。
「実は藤田さんから被害届を出していただいた件についても本格的に調査が進んでいまして、犯人の特定までほぼできるところまで来ているんですよ」
「え!?」
藤田は全く調査なんか進んでいないと疑ってしまっていた自分を悔いたし、申し訳なくも感じた。それをお構いなしに片橋は続ける。
「というのも、実はとある芸能人が数百万円程の不正利用の被害に遭ったっていうのを受けて、その被害届が出されたんですね。で、普通ならあんまり調査が進展しないんですけど、その方の所属事務所、まあ誰でも知っているような事務所なんですけど、そこからうちの方に圧力がありまして、急ピッチで調査を進めることになったんです」
藤田は10秒前に抱いた感情を返せ!と思いながら聞いていた。おそらく顔に出ていただろう。しかし片橋は意に介さず続けていく。
「ちなみにその方は御社じゃないところで不正にカードが使われていたんですよ。なんかベビー用品のところだったと思うんですけど。で、その取引を調べているときに、御社から提供してもらった不正利用で使われている電話番号が一致していることが分かりまして、芋づる式に御社で不正利用を繰り返していた人物に辿り着いたんです。その電話番号はもう解約されちゃっていたんですけど、携帯電話会社さんからも情報提供をいただきまして、とある人物を特定することができたんですよ」
「それってもしかして…佐藤拓也ですか?」
「…本当は言っちゃダメなんですけど」少し間を置いて片橋は続けた。「そうです、佐藤拓也です。御社の注文でもこの名前が使われていましたよね。てっきり偽名かと思ったら、本名でした」
「そうなんですね」
藤田も偽名だと思っていたので、それは意外だった。
藤田は色々と言いたい言葉があったのだが、それを飲み込んだ。
「なんにせよ解決に近づいているようで何よりです。ありがとうございます」
「いえいえ、藤田さんにはいつもなかなか良いお返事ができなくて申し訳なかったです」片橋は頭を下げた。
「いえいえ、大丈夫です。ところで、携帯電話を解約しているっていう話でしたけど、逮捕はできそうなんですか?」
「ええ、携帯も住まいも全部引き払っていて消息が不明だったんです。なので、捜査がだいぶ難航していたんですよ。不正注文がされた際のアクセス元のIPアドレスも調べてみたのですが、それらはもう引き払われている住所付近からのアクセスしか残っていなかったため、その後消息を掴めていなかったんですよ」
「…となると、いまも消息は不明のまま、ということですかね?」
「そうなんですよ。ただ、今日藤田さんから話してもらった件が新たな手がかりとなる可能性が高いと踏んでいるんですよ。メリールさん側に調査依頼してアクセス元が割り出せないか、引き続き調査を進めていきますので、また進展があったら連絡させてもらいます」
片橋はそう言うと、藤田から提供されたデータ一式を持って署内の奥の方に忙しそうに立ち去っていった。藤田はその姿を見送って、警察署を後にした。
それから数日が経って、藤田のもとに片橋から電話があった。
佐藤拓也のアジトと思しき所在地が割れた、との内容だった。早ければ、翌日にでも突入するとのことだった。




