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藤田の調査は思うように進んでいなかった。依然として【佐藤拓也】の足取りを掴む糸口すら掴めていない。唯一の頼みの綱である例の喫茶店からの連絡も無い。また、その喫茶店を訪れた後に、【佐藤拓也】からの注文で使われていた電話番号に電話をかけてみたのだが、虚しく「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」という機械音声が聞こえてくるだけになっていた。注文が入った際には間違いなく電話がつながっていたので、その日以降に何らかの理由でその携帯電話は解約されてしまったようであった。
藤田はカスタマーサポート業務をこなす日々を過ごしながら、また【佐藤拓也】が尻尾を出してくれないか、という淡い期待を抱いていた。
「藤田さん、ちょっとお客様から気になる問い合わせがあったんですけど、ちょっと相談させてもらってもいいですか?」
豊本から藤田にイレギュラー案件の相談が入った。
「はい、もちろん、大丈夫ですよ」
「ちょっとこのメールを見ていただきたいのですが…」
豊本はそう言って持参してきたノートPCのディスプレイを藤田の方に向ける。藤田は向けられたディスプレイに表示されているメールの文章に目を通していく。
「どうやら、このお問い合わせされたお客様はうちでは購入していないにもかかわらず、うちから商品が届いた、ということみたいなんですよ」
「えっと、ちょっとごめんなさい。まだ事態を理解できていないんですけど…」
「このお客様はうちのオンラインストアで購入した覚えがないんですけど、うちから荷物が届いたみたいんですよ。ただ、このお客様からの注文は確かに入っていたので、そのことをお客様にお伝えしたところ、お客様はその商品をメリールで購入したっていうことが分かったんです」
メリールとは、ユーザー同士がアプリ上でフリーマケットのようにモノの売買が行えるいわゆるCtoC型のサービスのことだ。
「…つまり、このお客様はメリールでうちの商品を購入したんだけど、なぜかうちにその注文が入って、うちから商品が発送された、ということですかね?」
藤田は自分の中で十分に咀嚼してから、そう質問を投げかけた。
「そうです、そうです。その通りです」
豊本は話が藤田に無事に伝わったことに安堵したようだった。
「一応確認ですけど、このお客様がメリールで購入した出品者から商品は…」
「届いていないみたいです…どういうことなんですかね?」
「うちの注文の支払いは完了しているんでしたっけ?」
「そうですね。えっと…クレジットカードで支払いが完了していますね」
「クレジットカード…」
藤田は独り言のようにつぶやいた。そして豊本に尋ねた。
「ちなみにその注文のカード決済って1発で通ってます?」
「えっと、そこは確認してなかったです…」
豊本はそう言いながら、藤田の方にディスプレイが向いているノートPCを自分の方に向けて、オンラインストアの受注の管理画面を立ち上げた。そして該当の注文の詳細を確認できるページを開く。藤田は豊本が操作しているディスプレイを凝視した。
目的のページに辿り着いた豊本が、最初に口を開いた。
「…あ、何回かエラーが出ていますね」
「ですね。決済が通るまでに3回エラーが出ていますね。この3回出ているエラーコードは全部同じエラーコードですけど、エラーの詳細って調べられます?」
「それはすぐわかりますよ。この管理画面上で…」
豊本はそのページにあった「※エラーコードの詳細はこちら」というリンクをクリックした。開かれたページには大量のエラーコードとそれぞれの詳細がマトリクス化されているものが表示されていた。
「えっと…さっきのエラーコードは…」
豊本はそう言いながらページをスクロールした。藤田も豊本と同じ目線の高さでディスプレイを見つめていた。
「…あ、これですね。カード会社エラー、有効なカードではないときに表示されます、ってなってますね…」
「なるほど。で、そのエラーが3回も立て続けに発生している。しかも、これエラーが発生している3回と4回目の決済が成功しているもの、全部違うカード番号っぽいですね」
藤田は管理画面のページを指差しながら言った。
「ほんとですね…でもこれが、今回のお客様からのお問い合わせに関係あるんですか?」
「そうですね、関係あるかもです」
藤田の中ではパズルのピースが集まりつつあった。
「豊本さん、このお客様には弊社側も事情は把握できていないのでメリールの方にお問い合わせください、ということをお伝えいただいてもいいですか? もしそれでもご納得されないようであれば、該当の商品は弊社に送っていただければ新しい商品をお送りします、という対応でお願いできますか? あ、あともしお客様に聞けるのであれば、購入された出品者のアカウントを聞いておいていただいてもいいですか?」
「あ、はい、了解しました」
豊本は釈然としていない表情であったが、自席に戻って行った。
藤田は豊本が自席に戻るのを見送りつつ、JCペイメントの荒川に電話をかけた。
珍しく3コール目で呼び出し音が消えた。
「あ、ヌヴィーロの藤田です」荒川が話し出すのを遮って藤田は名乗った。
「あ、お、ああ、どうも藤田さん。荒川です」
荒川は藤田の圧を電話越しで感じ取っているようであった。
「ど、どうかされましたか?お急ぎのようですけど」
「荒川さん、属性照会ってもうできないんでしたっけ?」
属性照会とは、その名称の通り属性を照会することを指す。具体的には、オンラインストアの注文者の氏名や住所、電話番号などの情報=属性が、カード会社側が把握しているカード保有者の氏名や住所、電話番号などの情報=属性と一致するのかどうかを照会するということだ。これが容易に簡易的にできるのであれば、カードの不正利用を防止するのに効果的だ。しかし、この属性照会は非常にアナログに運用されていて、カード会社によってはファックスでしか受けていないところもあるくらいだ。そしてそのカード会社とオンラインストアの間で板挟みにあっている決済代行会社においては、この属性照会にかかる運用工数がバカにならない規模にまでなってしまったという。そういった背景があり、一時期属性照会が有償化され、1件数百円の従量課金制になっていた。しかし、それでもその対応規模は変わらず、また従量課金で請求するために管理するところにもコストがかかるようになってしまったという。それゆえ、現在では属性照会自体をお断りしている決済代行会社がほとんどだという。JCペイメントサービスも例に漏れず、以前は属性照会を請け負っていたが、現在は行っていない。
「ゾクセイショウカイ…あ、カード決済の属性照会ですね。そうですね、いまは対応していないんですよね」
「また新たな不正利用の手口が出てきたかもしれないんです!」
藤田の声は無意識に大きくなっていた。藤田の周りの従業員たちも一瞬各自の業務の手を止めて藤田に目線をやっている。しかし藤田はそれに気づいていない。
「もしかしたら、不正利用をしている連中を捕えることができるかもしれないんです」
藤田は自分自身が昂っているのを感じていた。それを落ち着かせてから続けた。
「今回チャンスかもしれないんです。やつらを捕えるためには早く行動する必要があるんです。これでまた本来のカードホルダーからの問い合わせを待って、不正利用調査をして、不正利用が確定してから動いても、もう遅いんです。もうその時にはやつらは逃げて、違う手口になっているんです。それだといつまで経ってもやつらを捕らえられないです」
電話の向こうにいる荒川は相槌もなく黙って藤田の話を聞いている。
「…だから…だから荒川さん、今回ばかりはお力を貸していただけないでしょうか?」
藤田は受話器を耳に当てたまま額がデスクに着くくらい頭を下げていた。
「…承知しました。ただ、これは私ひとりで判断できるものではないので、社内で確認させてください。確認させていただいた上で、またご連絡させていただきます」
「あ、ありがとうございます。無理言ってすみません」
「私ができる範囲でできることはさせていただきますので、少々お待ち願います」
「はい、よろしくお願いいたします」
「もし属性紹介ができるとなったときに、すぐに動けるようにしておきましょう。のちほど、属性照会の申請フォーマットをメールでお送りしますので、そこに該当の取引の情報を記載してお返しいただけますか?」
「承知いたしました。荒川さん、ありがとうございます」
「まだできると決まったわけじゃないですから」荒川は少し笑い混じりにそう言った。
「では、このあとメールをお送りしますので」
そう言って荒川と藤田のやり取りは終了した。藤田が受話器を置くと、周りの視線が自分に集まっているのに気付いた。
藤田は足の爪先から頭頂部に向けて血が駆け上がっていくのを感じ、「すみません、すみません」と小さい声で言いながら周りへの会釈を繰り返した。
しばらくして、豊本が藤田のもとにやってきた。
「藤田さん、例のメリールのお客様から先ほどメールが返ってきまして、対応にはご納得いただくことができました。商品もそのままお使いになられるということです」
「お、そうですか。それはよかったです。ご対応いただきありがとうございました」
「それと出品者のアカウントも教えていただきました。そのアカウント情報を藤田さんにも送りましたのでご確認ください」
「それも教えてもらえたんですね。ありがとうございます」
「わたしも気になったので、その出品者のページに行ってみたんですけど…それがこれなんですけど」
豊本はそう言いながらディスプレイを藤田に向ける。
「うちの商品も何個か出品しているんですけど、それ以外にもアパレルとかコスメとか結構幅広く出品しているみたいなんですよね。あんまり購入者からの評価自体が付いていないので、出品者として登録して日が浅そうなんですよね。それなのにこんなに流行りの商品を出品してるんですよね。なんとなく業者感がありますよね。それに商品の画像もなんか綺麗すぎるというか、ちょっと気になりますね」
藤田はその出品者のページを見ながら、豊本の話に耳を傾けていた。
「豊本さん、ちょっとPC借りますね」
「あ、はい、どうぞ」
豊本がそう言い切る前に、藤田は豊本のPCを操作していた。
そこで出品されているヌヴィーロの商品名でメリール内で検索をかけてみた。
すると、似た画像の並びでディスプレイがいっぱいになった。そしてよくよく見てみると、それらの商品は1つのアカウントから出品されているのではなく、複数のアカウントで出品されていた。同じ商品を同じような画像で複数の出品アカウントで、大量に出品していたのだ。それを目の当たりにした豊本は目を丸くした。
「藤田さん、これって…どういうことですか?転売業者ってことですかね?」
「だったらいいんですけどね。単なる業者であれば、わざわざアカウントを複数作る意味がないですよねぇ…」
藤田の中でまた一つパズルのピースがハマる感覚を覚えた。
その日の藤田の業務が締めに向かい始めた頃に、荒川からの入電があった。
「藤田さん、JCペイメントサービスの荒川様からお電話です」
「ありがとうございます」
そう言って受話器を取って外線のボタンを押下した。
「藤田さん!取り急ぎお電話を、と思いましてご連絡してしまいました」
受話器から荒川が飛び出してくるのではないかというくらいに勢いのある開口一番だった。藤田がその勢いに圧倒されていると荒川は続けた。
「属性照会できましたよ。藤田さん!弊社内を調整したのもありますけど、カード会社さんにも急いでもらいまして、さっきその結果をいただくことができましたので、それはメールでお送りしましたのでご確認ください!」
「荒川さん、本当にありがとうございます!うちの担当が荒川さんでよかったです!本当に!」
「とんでもないです。他ならぬ藤田さんからのお願いですし、私も不正利用は撲滅したい思いがありますので、そこに貢献できるのであれば、お安いご用です!」
電話線を通じて二人の間には少しばかりの穏やかな空気が流れていただろう。
「また何かあればいつでもご用命ください」荒川の口調は少しばかり警官や兵隊を彷彿とさせるようなものになっていた。
藤田は礼を告げて電話を切った
すでに藤田のメールの受信箱には荒川からのメールが届いていた。そのメールを開くと、属性照会の結果は添付ファイルにある旨が記されていた。藤田は迷わず添付ファイルをダウンロードして開いた。そこには確かに属性照会の結果が表示されていた。
結果は、氏名・住所・電話番号の全てにバツ印が付いていた。
つまり、ヌヴィーロに入ってきた注文者の情報と、その注文で使われたクレジットカードの保有者の情報が、全く一致していない、ということを意味している。
これで藤田の中でのパズルのピースが全て揃った。藤田の疑念が確信に変わった。
これは新しい不正利用の手口だと。そして、これで【佐藤拓也】に辿り着くことができるかもしれないと。
藤田はもうすぐ仕事から上がろうかとしていたタイミングだったのだが取り止めた。もう、このチャンスを逃したら、また逃げられてしまうかもしれない。
例の出品者から藤田自身がヌヴィーロの商品を購入することにした。
豊本から共有してもらったURLにアクセスして例の出品者の出品商品一覧が表示されるページを立ち上げた。そこからヌヴィーロの商品をクリックする。商品説明文は丁寧に書かれているし、業者感も上手く消されている。何のフィルターを通さずに見れば、ちゃんとしていそうな出品者に見える。
いきなり購入申請をすると怪しまれるような気がしたので、藤田はまず値下げの打診をしてみることにした。藤田以前にこの商品に問い合わせをしていた様子はなかったが、すでにいいねボタンは10回ほど押されているようであった。
——コメント失礼します。こちらの商品の購入を検討しているのですが、こちらお値引きはご検討可能でしょうか?
藤田はその文章を書いてからコメントの「送信」ボタンを押すのを躊躇った。
この出品者が本当に【佐藤拓也】だったら、このコメントでのやり取りで遂にまた藤田の人生と交わることになる。犯罪者と意図的に能動的に交わることになる。藤田の人生において積極的に犯罪者と交わることがなかったため、この引き金を引いていいものかと躊躇いが生じた。
しかし、藤田はこれは自分の使命だと宿命だと、この巡り合わせはきっとそういうことだろうと解釈して「送信」ボタンを押下した。
すると「送信」後の余韻に浸るまもなく、出品者からのコメントが返ってきた。
―—ご興味を持っていただき、ありがとうございます。お値下げはお受けできかねます。こちらで掲載されている価格がギリギリの額になりますので、何卒ご理解いただけますと幸いです。
やはりこの返信の早さと、コメントの丁寧さ具合からして、ただの個人の出品者ではない可能性はより一層高くなったと藤田は感じ取った。もともと値下げを目的としたコメントではなかったので、そのまま提示された価格で購入する旨を返信する。
―—コメントを返していただきありがとうございます。了解しました。ではこのままの価格で購入させていただきます。
藤田はそのコメントを入れたのちに、すぐさまメリール上で購入手続きを行なった。支払いは自身のクレジットカードを使用した。きっといま出品者側に、購入が完了したので、発送手続きをしてください、という旨の通知が届いているはずだ。この出品者は、配送方法は匿名配送でないことを明記していたので、今頃藤田の自宅宛の配送の準備を始めているはずだ。
藤田はヌヴィーロのオンラインストアの受注管理画面を見つめている。受注が入るとリアルタイムに画面上に反映される仕組みになっている。それを藤田は見つめている。
…1件、新しい注文が入った。
注文者の氏名は「藤田のぞみ」だった。
住所情報も藤田の住所と一致している。そして今回の注文も何種類かのカード決済に失敗したのちに、注文が成立している。
藤田の検算が完了した。この出品者は間違いなく不正利用をしている。




