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 その日、佐藤が出社(と言っても会社でもなんでもないので、正確には出社ではないのだが)すると、大山がコーヒー豆をミルで砕いていた。事務所にはコーヒーの香ばしい香りが広がっていた。


 「佐藤さん、おはようございます」


 「おはようございます」


 「新しい豆を仕入れたんですよ。フルーティーで甘みのあるコーヒーなんですけど、佐藤さんもどうですか?」


 「ありがとうございます。では、いただきます」


 「では、少々お待ちください」


 大山はそのままコーヒーを淹れる作業を進めていく。


 佐藤は大山がコーヒーを準備してくれている間にPCを立ち上げて、昨晩から今朝にかけて溜まっている案件の対応を進めていく。


 「お待たせしました。ホットコーヒーです」


 そう言って淹れたてのコーヒーが大山から提供される。


 「ありがとうございます」


 佐藤は提供されたばかりのコーヒーに早速口をつけ、熱々のコーヒーをすする。すする直前に鼻を伝って香り高きコーヒーの香りが佐藤の内部に浸透していく。それを追いかけるように口から熱い液体が喉を伝って食道を通っていく。胃から身体中に熱が伝播していくのを佐藤は感じた。


 「どうです?この豆は佐藤さんのお口に合いましたか?」


 「はい。美味しいです。ありがとうございます」


 「いえいえ、佐藤さんにはいつも助けてもらってますので、これくらいはさせてください」


 大山はいつもの調子で佐藤を褒め殺していく。


 「最近、置き配を使った仕入れをやってるじゃないですか」


 「はい」


 「どうですか?調子は」


 「調子ですか?」


 「ええ。わたしたちはそれで稼がなければいけませんので、仕入れを成立させる必要があります。つまり、わたしたちの手元にちゃんと商品が届く必要があるわけです」


 「それで言うと、置き配指定をするという分かりやすさがあるので、ここ最近は少しずつですが対策されつつあるのかもしれません」


 「そうですよね。商品が注文できたとしてもそれがちゃんとオンラインストアの目を掻い潜って発送されなければいけないわけです。ですが、それが発送されないとなると、わたしたちの稼ぎに1ミリも貢献がなされないのです」


 大山の言うように、ここ最近はオンラインストア側での対策が講じられつつあり、置き配指定だと商品が発送されにくくなってきているのは事実であった。


 「佐藤さんには以前に言ったことがあるかもしれないのですが、この仕事はイタチごっこなんです。常に新しいやり方を見つけ続けていかなければ私たちは生き残っていくことができないのです」


 大山は一拍置いて続けた。


 「そこで佐藤さんに一つ宿題を出したいと思います。わたしたちがやるべき次の新しい仕入れ手法を考えてきてもらえますでしょうか?もちろんタダ考えてきてください、というわけではありません。その手法が画期的で有用的なのであれば、ボーナスを差し上げます」


 大山はそう言い終えると少し冷めたコーヒーが入ったカップをゆっくりと持ち上げ、香りを味わうように楽しんでから口をつけた。佐藤は何を言うわけでもなくその様を見つめていた。


 大山は佐藤に回答を催促するわけでもなく、黙ってコーヒーを愉しんでいた。


 「わかりました。考えてみます」佐藤は静かにそう回答した。


 「佐藤さんならそう言ってくれると思いましたよ。ありがとうございます」大山は笑顔で答えた。


 「では、今日も仕事やっていきましょうか」


そう言って大山は自席のPCに体を向けた。佐藤もその大山の様子を見送った後に、自分のPCに向き合い直した。




 佐藤はもうすでに後戻りのできない状況下に置かれているのだが、それでもあくまで大山が首謀者であり、佐藤はその下で手を動かしている者。つまり主犯ではない、という認識が佐藤の中にはうっすらとあった。しかし、今回佐藤が手法を発案・考案するとなると、それは佐藤が首謀者になるといっても過言ではない。ここで佐藤が発案したものを実行するとなると、それはもう佐藤が企てた人物となる。佐藤としてはそれは避けたいと考えていたのだが、ここに足を踏み入れたときから、こうなる運命だったのかもしれない、こうなる宿命なのかもしれない、と。この流れに身を任せることしかできないのであろうと。佐藤の中である種の決意めいたものが固まりつつあった。





 大山からの宿題が課せられた翌日。佐藤は大山よりも早く事務所に着いていた。


 佐藤はPCに向かって作業をしながら、大山の出社を待っていた。


 するとガチャッという音と共にドアが開いた。


 「おお、佐藤さん、おはようございます。今日は早いのですね」


 佐藤が先に出社することはおそらく初めてであった。


 「おはようございます。出社直後に申し訳ないんですけど、少しいいですか?」


 「もちろんですよ。どうかされましたか?」


 「昨日の宿題について考えてみたので、その話をさせていただいてもいいでしょうか?」


 「なんと。早いですね。佐藤さんは仕事が。さすがです。でも佐藤さんならすぐに考えきてくれると思いましたよ」


 「ありがとうございます。では、簡単なスライドを準備してきたので…」


 佐藤はそう言いながら、自身のPCのディスプレイを大山に向けて、準備してきたパワーポイントのスライドを表示させる。


 「まず現在の課題を改めて整理したいと思います。いま主流で行なっている置き配の仕入れについては、3つの課題があります。1つは配送先を見つけるのに手間がかかるという点です。それから2つ目はオンラインストア側からすると分かりやすい。そのため、対策が打たれやすいというところに繋がってきます。そして3つ目は荷物を回収する手間がかかるという点です。もちろん人のコストもかかりますし、それからリスクが生じます。回収しているところが不審に思われる可能性もありますし、それを通報されるリスクもある。監視カメラ等に映るリスクもある、ということです。今回私が考えてきたのは、これらの課題が解消される手法になります」


 大山は佐藤のプレゼンを黙って腕組みをしながら聞いている。真っ直ぐに佐藤の顔とディスプレイを見つめながら、頷きもせずに聞いている。佐藤はそのまま自信が考えてきた手法のプレゼンを続けた。




 「──という形でマネタイズできるかと考えています。以上になります」


 佐藤のプレゼン資料が終わりを迎えた。佐藤は大山の顔を伺った。


 大山は組んでいた腕を解き、手を叩いた。しばらく大山の拍手は続いた。手を叩く大山の顔は笑っていた。


 「本当に素晴らしい。アメイジングです」


 大山はまだ拍手を続けている。


 「ありがとうございます」


 「これはすぐに準備を進めましょう。きっと我々の金脈になる予感がします」


 「はい」


 「この手法は本人確認書類と銀行口座の開設が必要になりますよね。その手の対応をしてくれる業者がいますので、そこに話を通しておきます。佐藤さんはそれ以外にできる準備を整えておいてください」


 「はい、承知いたしました」


 早速大山はその業者とやらへの手配に取り掛かっているようであった。


 佐藤も同じく新たな手法の準備に取り掛かることにした。


 「佐藤さん、言わずもがなですが、昨日お約束したように宿題の見返りとしてボーナスを差し上げます。本日いつものようにURLを送っておきますので、届いたらご確認ください」


 「ありがとうございます」


 佐藤は軽く会釈をして礼を伝えた。そして、自分の作業に戻っていった。

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