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佐藤はメリールで藤田からの購入申請を受け、買い子にヌヴィーロでの注文を指示していた。
「佐藤さん、フリマの調子はどうですか?」
「はい、順調です。今日もすでに数十件の注文が入っているので、これらが全て無事に売上になれば、今日だけで百万円は超えそうです」
「そうですか。それはすごいですね」
大山はそう言って佐藤のPCのディスプレイを見入った。
「これが今日の注文履歴ですか?」
佐藤がメリールでの購入申請と買い子への注文の指示を管理しているエクセルファイルを大山はスクロールしながら1件ずつ目を通しているようだった。
「この注文は、すでに手配済みですか?」
大山は先ほど佐藤が対応した藤田からの注文を指さして言った。手配済み、というのは買い子に注文指示を行ったか、という意味だ。
「はい、手配済みです。さきほど手配したばかりですが…」
佐藤はChatieesでの買い子とのやり取りを確認した。
「ヌヴィーロでの注文も完了しているようです」
佐藤はそう言って大山の顔を見た。大山は藤田の注文から目を離すことなく佐藤の話を聞いていたが、大山は黙ったままだった。
「…」
佐藤は大山が口を開くのを待った。
「佐藤さん、わたしたちは手を引いた方がいいかもしれません」
佐藤にはその言葉の意図するものが何か全く見当がつかなかった。
「…手を引く、ですか?」
「ええ、この出品アカウントが私たちであることが知られてしまったようです」
大山は冷静に表情も変えずに話を続けた。
「さきほど佐藤さんが対応された注文。この注文者の【藤田のぞみ】は、おそらくヌヴィーロの社員です」
「え…」佐藤の口からは何も出なかった。
大山は立ち上がり、佐藤の周りを歩きながら何か大規模なプレゼンを彷彿とさせるように、話し始めた。
「この世界は情報が全てです。情報を持っているものが、情報を持っていないものから金を巻き上げる、それがこの世界の構図です。わたしたちがやっているこのカードの不正利用もそうです。わたしたちはカード情報を持っているので、稼ぐことができています。カードが不正利用されるかもしれない、日頃からカードの明細をチェックしよう、という情報を持っていれば、私たちに搾取されずに済むのです。カード会社やオンラインストアもそうです。わたしたちの動きが見えないから、情報が整理されていないから、いつまで経ってもわたしたちを捕えることができないのです。この世界の様々なところで情報を持つものと持たざるものの構図ができているわけです。佐藤さんも聞いたことはありませんか?戦争は情報戦、という言葉。最近は出来の良い動画でのフェイクニュースなんかを流布して、国民の意思のベクトルを整えていくこともできますからね。敵情を把握するためにスパイもしくは敵陣の兵を買収する、なんてことは古から続く戦法です。それくらい情報を持つか持たないかが勝敗を分けるのです。だから私は敵の情報は必ずチェックするようにしています。具体的に言うと、ターゲットにしているオンラインストアの情報は逐一確認しています。どこから私たちの足が付くかわかりませんからね。実際にそのおかげで大怪我をせずに済んだこともあります。すみません、わたしばかりが話してしまいましたね。ここまでの私の話を聞いて佐藤さんは何か質問とかありますか?」
「…いえ、ありません」
佐藤は何か質問した方がよいのだろう、と思ったが、単純に何も思いつかなった。それくらい大山に圧倒されていた。
「そうですか。まだ佐藤さんはこの世界では若手の部類ですからね。何も気にすることはありません。話を戻しますが、私はこの【藤田のぞみ】という字面を過去にどこかで見たことがあるような気がしたんですよね。で、これがヌヴィーロの商品の注文ということでピンと来ました。私がチェックしている媒体で、彼女が取材を受けているのを思い出したのです。しかも、彼女は確かカスタマーサポート関連の所属です。一般的にオンラインストアの不正利用周りの対応をフロントで受けているのは、オンラインストア専門の部署かカスタマーサポートの部署であることが多いです。ヌヴィーロはオンライン特化の業態なので、カスタマーサポートの部署が不正周りの対応を受けている可能性が高いです。つまり、わたしたちが過去にヌヴィーロで注文をしたときに、その注文を捌いて出荷処理に回しているのが彼女ですし、それらの注文が実は不正だったということで、不正利用調査の対応をしているのも彼女の部署、ということになります。そんな藤田のぞみが、わざわざフリマ経由で自社の商品を購入しようとしてきたわけです」
佐藤は全く予想だにしていなかった話の展開に、ただただ耳に入ってくる情報を脳内で処理することしかできなかった。
「なぜ、藤田のぞみがフリマで自社の商品を購入しようとしてきているのか?佐藤さん、わかりますか?」
「…この出品アカウントが怪しまれている、ということでしょうか?」
「まあ、半分正解というところでしょうか。怪しまれているのは間違いないです。が、もはや藤田のぞみは確信にするために、この注文をしてきていると思います。怪しんできているだけなら、ここまで大胆な一手は打たないと思います。この一手を打ってきているということは、何かを確かめて王手を打つ準備をしている、と思った方が自然です。彼女もわたしたちと絡むことの危険性は認識しているはずですので、安易に踏み込んでこないでしょう」
「王手ですか…?」
「はい、ここでいう王手は私たちを捕える、ということです」
「もう藤田のぞみは私たちを捕えることができる準備が整っているということですか?」
「そうですね。そう思った方がいいでしょう。こういったときは最悪のケースを想定したほうが身のためですからね」
「でも…でもこの場所がバレるようなことはしていないはずです」
「ええ、佐藤さんはベストを尽くしてくれていたと思います。しかし、もうバレていると思った方がいいです。今回のフリマについては、従来の手法と比べると手筈が多いですし、ステークホルダーも多いです。自ずと足がつくリスクは高くなっていきます。なので、バレるはずがない、ということを考えるよりも、これからどう逃げるかを考えるか、の方がスマートです」
「…そんな」
「大丈夫です。私たちは逃げればいいだけですから」
「…そうなんですか」
「はい。私はいつでも逃げられるように準備をしていましたので、もうこの足で逃げたいと思います」
「逃げる、というのは国外とかですか?」
「佐藤さん、それは言えません。なぜなら佐藤さん、あなたとはここでお別れだからです」
「…え?…あ、いや、申し訳ありません。今回の足がついてしまったのは深く反省していますのでー」
――バンッ!
佐藤の胸がじんわりと赤く染まっていき、身体中に暖かい液体が染みていく。
「今回の件は、ここまで読めなかった私の責任もありますし、短期間ですがそれなりに稼ぐことができたので、非常に高く評価していますよ。佐藤さん、改めましてありがとうございました。ここでお別れしなければいけないのが、非常に残念で仕方ありません」
「…え、あ、あ…」
佐藤は大山に投げかけたい言葉があったのだが、全く声が出ない。段々と意識も朦朧としてゆく。大山はゆっくりとコーヒーを淹れながら話し出した。
「佐藤さんがまだ私の指示で買い子をやっていたときに、本名で注文していましたよね。電話番号もご自身のものでやられていましたよね。ヌヴィーロでの注文でもその電話番号を使っていたと思います。おそらく藤田は警察にも相談しているでしょうから、その電話番号から佐藤さんの消息を辿っているはずです。現在は解約していますが、そこから佐藤さん本人に辿り着くのは非常にイージーです。警察はすでに佐藤さんを重要参考人として警察が探し回っていることと思います。大変申し訳ないのですが、そんな佐藤さんと一緒に逃げ回るのは私にとって非常にリスキーです。もう少し言うと、今回の事件の首謀者が佐藤さん、ということになれば、それ以上の捜査は行われずに事件は解決、ということになるでしょう。私にとってはそれが今のベストシナリオというわけです」
「…」
佐藤は、指一本にも力を入れることもできなくなっていた。大山の言葉を聞いているだけで精一杯になっていた。
「しかし、正直惜しいです。本当に佐藤さんとであれば、もっと大きな山を目指せると思っていましたので。本当に残念です」
大山は淹れ終わったホットコーヒーをゆっくりと口をつけていた。
「佐藤さん、本当にありがとうございました。どうかお元気で」
大山はそう言って、残りのコーヒーを飲み干して事務所を後にした。
部屋には真っ赤になった床で横たわっている佐藤だけになった。




