10
片橋は麹町警察署から渋谷を目指す車中の助手席にいた。運転席でハンドルを握っているのは片橋の部下だ。渋谷にある佐藤拓也のアジトへの突入のために車を走らせている。
先日の藤田からのメリール経由のクレジットカードの不正利用について調査を進めたところ、今向かっているアジトが浮かび上がってきた。
藤田からの情報をもとにメリールにも調査協力をもらったところ、まず該当の出品アカウントで利用されていた本人確認書類は偽造書類であることが判明した。そして、そのアカウントが登録された時期と同時期に同じく偽造書類で本人確認が行われているアカウントが複数あることも判明した。ただ、それらの偽造書類の出所は未だ掴めずであった。また、それらのアカウントに紐づいている銀行口座も偽造書類で作られたものであることが銀行側の調査で判明した。それらの銀行口座に出品アカウントでの売上金の振込は行われていたが、いずれの銀行口座の残高はすでに空っぽになっていた。調べによると、それらは更にどこかの銀行に送金されたわけではなく、都内の複数のATMから引き出しがされてしまっていた。ATMからの引き出しをした際の防犯カメラを確認したのだが、それらの引き出しを行った人物はキャップにマスク、という様相だったため、それが佐藤拓也であるという断定をすることはできなかった。
それらの調査と並行して、該当の出品アカウントに関する調査も行っていた。
出品したものが販売された後のヌヴィーロなどのオンラインストアでの第三者のカード情報を用いた不正利用・不正購入からは佐藤に辿り着くことができなかった。というのも、それらの不正利用を実際に行なっていたのは佐藤ではなく佐藤に雇われたバイト(という表現が適切かは不明だが)が行っていたためだ。そのため、ヌヴィーロなどのオンラインストアへのアクセス履歴を調査するも、それらは空振りとなった。とはいえ、それらの不正利用に加担してしまったバイト達を見過ごすわけにはいかないので、片橋とは別チームが詐欺罪の疑いで捜査並びに逮捕への段取りを進めている。
被害にあったオンラインストア側から佐藤の在処に辿り着くことはできなかったのだが、該当の出品アカウントを登録、そして実際に出品を行なったり、購入者とのコメントのやり取りなどの操作については、どうやら佐藤自身もしくはその周辺の人物が行なっていたようだった。
前述と同じように出品アカウントへのアクセス履歴の調査を行ったところ、不審な挙動であることが判明した。それは事あるごとに、アクセス元のIPアドレスがコロコロと変わる、いや意図的に変えているという挙動だった。しかもそれらのIPアドレスを深掘りしていくと、アクセス元は日本のみならず世界中に散らばっていた。どうやら出品アカウントへのアクセスは巧みにIPアドレスを揺らがせながら行われていたのだ。そこから佐藤が踏み台にしていたサーバーの調査を行なっていった。佐藤は複数のサーバー提供会社と契約しているところまで至ったのだが、いずれも海外の提供会社であることもあり、日本の警察に対して契約先の情報を開示してもらうことができずに捜査は振り出しに戻りかけた。
そんな中、1社だけ情報開示に応じてくれるところがあった。そこから提供された中に、佐藤拓也の契約者名と今回向かっている渋谷区の契約先住所の情報があった。そういった経緯があり、今回の突入に向かう運びとなった。
片橋を乗せた車は道玄坂の路肩に停車した。すでにそこには別の警察車両が到着していた。片橋は停車するや否や助手席から降車し、道玄坂から伸びた横道に入っていく。そこからさらに枝分かれした細道に入っていく。そこの一角には古びた雑居ビルが建っていた。そのビルの周りには先に到着していた突入部隊が待機していた。部隊の準備は整っているようだ。片橋は部隊に突入の合図を送り、雑居ビルに足を踏み入れていく。片橋は階段から最上階を目指す。それに続くように突入部隊の集団も階段を昇っていく。鉄製の古びた階段は突然の大人数の来客に驚いたように、カンカンカンと甲高い音を何重にも響かせている。1階にも部隊は待機している。
片橋は最上階に到着しゆっくりと扉を開け、建物の中に入っていく。そこは固く冷たい廊下が伸びていた。足音を忍ばせながら、目的の部屋の入り口まで歩みを進めていく。「このドアの向こうに佐藤がいる」そう思うと片橋の心拍数は上がっていく。息を潜める。物音1つしない。ドアノブに手をかける。カードキーが必要な入り口になっているが、ドアは開くようだ。突入部隊に合図を送り、一気に突入するタイミングを見計らう。
片橋は一気にドアを開け、一斉に突入する。
「警察だ!」
片橋はそう言って部屋に銃口を向ける。片橋の激しい声が部屋の中で響いただけだった。
そこには真っ赤な液体の海の上に男が仰向けに横たわっているだけだった。
その男は片橋がまさに追っている佐藤拓也であった。その男に駆け寄り、身体に触れて生死の確認をする。
「死んでいる」
片橋は独り言くらい小さく低い声でつぶやいた。その男の身体はすでに冷たく、固くなっていた。その男は右手に拳銃を手に倒れている。傍にA4サイズの紙が置いてあった。そこには直筆で短く文章が書かれていた。
――遺書
私、佐藤拓也はいままでたくさんの人に迷惑をかけてしまっていました。
私利私欲のためにたくさんの嘘をついてきました。
この罪は死んでも償いきれないと思いますが、
地獄に行って罪を償う選択肢を選ぶことにしました。
これまで巻き込んでしまった全ての人々に心よりお詫び申し上げます。
申し訳ありませんでした。




