エリヤ王子と脳筋ティラミス
実りの秋である林檎月は、始まりの月とも呼ばれる。
その名の通り、この国の新年度は林檎月から始まる。
元が日本人のわたしからすると、体感的には九月だ。故に、「秋って二学期の始まりじゃないの?」と言う馴染みにくさは多少残るのだけど、ここでは前世の常識や概念はあまり当てにならない。
世界がまるごと違うのだから当然だ。
兄のギルバートは一昨年の秋より王立魔法アカデミーに入学した。今は二年生で、定期考査の成績に問題がなければ、今年の秋から三年生に上がる。
十四歳から入学資格を得るアカデミーだけど、義務教育と謳いつつ既定の成績を修めなければしっかりガッツリ留年させられる。さらに、それでも進級出来なければ除籍される可能性もあるのだ。
義務教育なのに手厳しくない?とは思うけど、教育を受ける権利を放棄する者にいつまでも税金を使えないのも事実である。
学食、学生寮完備、制服は支給品。
もちろん授業料もタダ。
衣食住が保証されているのだから安心して勉学に励むように――逆に、ここまでお膳立てされて結果を出せない生徒に用はないと言うことだ。うーん、シビア。
もちろん我らがギル様が留年するなんて天地がひっくり返っても有り得ないし、来年入学予定のわたしもそれなりに優秀であるため、可能性はゼロに等しい。
そも、多少成績が足りなかったとしてもなんとかなりそうな気もする。
そう、お金のパワーでね!
――いや、ない。マジでない。
絶対使いたくないサイテーの手段なので、そうなったら潔く留年しますよ、わたしは。
うちのお兄様は風魔法に次いで光魔法も習得し、このまま行けば五属性よりもさらに上位の属性を会得出来るのではないかとサンタ先生は言っていた。
わたしの魔法の才能が開花してから約四年。結局、魔法学の家庭教師はサンタ先生のままである。危なっかしいわたしから目が離せないとギル様がお父様に進言して、特別にお兄様と一緒に訓練を受けていたのだ。
初日に巻き起こした火災旋風がよっぽどアレだったらしい。
わざとじゃないにしても、それについては悪かったと思っている。
でも魔法のコントロールって、慣れるまでは本当に難しい。
魔法はとても便利だけれど、暴走すれば容易く人を傷つけてしまう。
魔力操作、倫理、薬学、エトセトラ――これらはアカデミー生の必須科目だ。魔法に関するあらゆる知識を習得し、修士課程を終えてようやく公に魔法を使える資格を与えられる。
国家資格とか、車の免許と同じね。
バカがハンドルを握ったらどれほど怖いか現世のニュースで嫌と言うほど耳にしていたから、アカデミーで魔法を学ぶことの大切さも分かっているつもりだ。
ギル様が学園に通い始めてからはひとりで訓練を受けるようになったのだけど、ひとりぼっちではやはり張り合いがない。
それに、わたしはいつまで経っても火属性以外の魔法は使えなかった。
正直つまらない。
わたしだって他属性との複合魔法を華麗に使いこなしてみたいのに。
「お嬢様は、ひとつの属性に特に秀でておいでなのですよ」
白いお髭を揺らしてサンタ先生は慰めてくれたけど、わたしは攻撃性の高い技ばかりを繰り出す火の能力よりも、人を癒せる水や風の属性が欲しかった。
「望みはありますか、先生」
サンタ先生は細い目をさらに糸のように細くしてお髭を撫でながら、たっぷり数秒沈黙した後、
「諦めたら、そこで成長は終わりますぞ」
気を遣ってくれたのか、どこかの監督みたいな言い回しをされてしまった。
要するに望みは薄いってことだ。
「……ま、贅沢は言えないか」
元々、魔法が使えないと思われていたわたしがここまで成長出来たことが奇跡なのだ。この上、属性に文句を付けるなんてばちが当たる。
うん、反省。
そう言うわけで、日々コツコツと望まぬ殺傷能力に磨きをかけてきたのである。おかげで攻撃力は増し増しだ。
つい最近は、炎を無数の矢に象って放つ大技を編み出した。
魔法は想像力も大事である。前世でプレイした数々のゲームの記憶を頼りにイメージしてみたら、思いの他上手く行って自分でも驚いた。
サンタ先生は、「やはりお嬢様の火炎魔法は素晴らしいですな」と手放しで褒めてくれたけれど、訓練中に偶然通りかかった兄は顔面を引き攣らせていた。
妹が一個小隊を壊滅させる対軍魔法なんか操ってたら、そりゃそんな顔にもなるよね。分かる。
いけない、ちょっと方向性を見失ってた。危うく火の七日間で世界を焼き払うところだった。わたしが欲しかったのはこんな力じゃない。
ギル様にドン引きされて地味に傷付いたわたしは、物騒な飛び道具魔法を封印したのである。
◆
「おかえりなさい、お兄様」
お淑やかな妹の仮面を被って兄を出迎える。人間火炎放射器改め最終兵器イモウトが今更だとは思うけど、やっぱり建前とか体裁って大事だと思うの。
「ああ」
新緑より鮮やかな緑の目が、チラリとわたしを見てから気不味そうに逸らされる。
「……お兄様?」
このリアクションには嫌な予感しかない。何故って、前科がある。
分かりやすい男である。
まさかと思って正面玄関に目を向けたわたしは、思わず「ぐえっ」と呻きそうになった。
淑女の仮面を被っておいて本当に良かった。
「ハリー」
扉の向こうからキラッキラの眩しい笑顔で手を振っているイケメンは、我が国の第一王子であらせられるイライジャ・ガラ・ブレナムだ。愛称はエリヤ――この分かりにくい名前のせいで、過去のわたしはエリヤとイライジャが同一人物だと気付くのに時間を要した。
「で、殿下」
いかん、ちょっとだけ動揺が態度に出てしまった。
気を取り直して背筋を伸ばし、ドレスの裾をつまんで礼をする。
「ようこそお越し下さいました」
「うん、君に会いに来た」
臆面もなく言ってくれるよな、君は。
紛らわしいからやめてよホント。
「……光栄です」
今年十六歳になるとは思えない屈託さでニコニコ笑う王子様へ、わたしも微笑み返す。
この人の言葉は本当にそのまんまの意味だ。
ただし、大事な部分が抜けている。
――“妹のように可愛がっている”ハリエットに会いに来た、と言うのが正しい解。
八歳の時にお城で再会した彼は、どうやら薔薇園でのファーストインプレッションでわたしに好印象を抱いていたらしく、「こんな妹が欲しかった」と言って、それ以来こうして兄にくっついてはちょくちょく会いに来やが……来てくださるようになった。
王子様を不審者扱いした不敬をスルーしてくれたのはありがたいけど、これはこれで問題しかない。
妹ならいるじゃんと言いたかったけど、アレはダメだ。そろそろ性別を決める羽化の時期だと言われているけど、おそらく奴は男の性を選ぶだろう。
仮に女の子になったとしても、やっぱりエリヤの望む妹像とはかけ離れている。
「僕が望んでるのはアレじゃない」と、エリヤ本人も言っていた。
「エメルはいい奴だけど、あの性格だから妹にはしたくない」
国の至宝に言いたい放題である。
だけど、気持ちは分かる。
エメルことアマーリ殿下は、どれだけ見た目が人間離れした美しさを放って神々しくいらしても、中身はただのフリーダムモンスターだ。
一方で、エリヤの理想の妹像を具現化したのが、まさにこのわたしであったらしい。
……ウン、複雑。
金髪縦巻きロールの、いかにも金持ちの令嬢やってます感溢るるこのわたしが彼の理想とは、これ如何に。
わたしが可愛いのは大いに認めるけど、妹として最適かと問われれば黙るしかない。
ギル様を見ていれば分かる。
こんな厄介な妹を持ってしまったことで、ただでさえ呪いを受けている消化器官にさらなる負担を受けているのだ。
今だって胃の痛そうな顔でこっちを見ている。
いや、傍観してないで助けろくださいよ。あなたのご学友でしょうが。
「早くハリーが本当の妹になればいいのに」
「まあ、そんな……恐れ多いですわ」
やめろ、滅多なことを言うんじゃない。
しっとりとアルカイックスマイルを浮かべるわたしの腹の中は大嵐である。
あの自由人と結婚しろだと!?
やだよ!!
エリヤの言葉を借りるなら、「アマーリ殿下はいい方だけど、あの性格だから夫にはしたくない」である。
そうでなくても、社会的地位とスペックが高過ぎるのでアウトです!
「よう、チビ」
エリヤの後ろからにゅっと顔を出したのは、兄のもう一人の友人、ロビン・レッドだった。
赤みを帯びた金の髪に赤褐色の双眸を持つ彼は、我が国の誇るウォーリン騎士団の団長、ケルン閣下の御令息である。ついでに言うと三大公爵家のひとつ、レッド家直系の嫡男であるため、このわたしをチビ呼ばわりしてもギリギリ許される立場なのだ。
いや、でもマジでギリだからね?
公爵家の公達がレディに向かって、「よう、チビ」とか本気で有り得ないからね?
もうすぐ十六歳なんだから、いい加減その態度を改めなさいよ。
「いらしたのですね、ロビン様」
「おう、暇だから俺も会いに来てやったぜ。光栄だろ?」
うぜぇ。
「もちろん、嬉しいですわ」
いちいちキレていても仕方ないので、張りぼてみたいな笑顔で心のこもらない謝辞を述べる。
彼は二年前にティライス子爵位を授かっているのだけど、美味しいスイーツと一文字違いなので大変紛らわしい。
わたしは腹の中でこの男をティラミスと呼んでいる。
ティラミス卿はわたしと同じ火属性の魔力を持っていて、顔は良いけど気の毒なことに脳ミソまで筋肉で出来ているような男だ。出会った当時はまだ子どもだったとは言え、初対面のわたしに向かって、「俺とおまえ、どっちが強いか試そうぜ!」と言ってのけたのだから、残念具合がお察し頂けると思う。
騎士団長の息子と深窓の令嬢が戦って、果たして誰が得をするのか。
ボロ雑巾にされるのはゴメンだ。
彼が何故わたしに絡んでくるのか。それはわたしが「杖無し」で、彼と同じ火属性で、初授業の日に火災旋風を起こして辺り一面を焼き払ったことに興味を持ったからである。
つまり、情報源は兄だ。
大方、愚痴のつもりで口を滑らせたのだろう。それを責めるつもりはないけど、おかげで予期せず面倒くさい男が釣れてしまった。
責任取れよ、ホントに。
心の怨嗟が聞こえたのか、ロビンとエリヤに囲まれて表情筋がアホになりそうなほど愛想笑いを浮かべていたわたしを、さり気なく兄が背中に庇ってくれた。
この数年ですっかり背が伸びて、昔はもう少し目線が近かったのに、今じゃわたしの視界は彼の首筋あたりを映している。
少し癖のあるアッシュブロンドの髪に翡翠色の目。顔立ちはお母様似なのに、わたしほど派手ではなく、上品でありながら艶と精悍さも内包している。
性格に多少の難はあるものの、彼は善人だ。
エリヤもティラミスも顔面の偏差値はかなり高いけど、わたしはやっぱりギル様がいちばん素敵だと思う。
身内の欲目ってだけでもない。
「いつまでも絡むな」
わたしを背に隠したまま兄が言うと、「出たな、シスコン」とロビンが揶揄して笑った。
「誰がシスコンだ」
「そうやって、おまえがいつも背中に隠してるから妙な勘繰りをされるんだぜ」
「ロビン、あまりからかうな」
エリヤが嗜めても、ロビンは憎たらしい片笑みを引っ込めなかった。
わたしの位置からじゃ表情は見えないけど、ギル様が苦い顔をしたのが雰囲気で伝わる。
兄の名誉のために言うと、彼は決してシスコンではない。
ただ、公爵家の御令嬢としては色々と規格外のわたしがボロを出さないよう目を光らせているに過ぎないのだけど、その行動が世間様には「妹が大事で仕方ない心配性の兄」として映るらしい。
ファザコン疑惑の妹に、シスコン疑惑の兄。
しょっぱい兄妹だな……
いや、わたしのファザコン疑惑は完全にただの自業自得だけど、兄のそれは十割がわたしのせいだから、責任を感じてしまう。
毒を喰らったり庭を燃やしたりする妹を野放しに出来ない兄は、不憫なほどに大真面目だ。
「ハリエット、部屋に戻れ」振り返って兄が言う。
「……はい、お兄様」
エリヤとロビンに挨拶をして、わたしは素直に部屋へと引き返した。久しぶりにギル様とお話したかったけど、来客なら仕方ないものね。
ほんの少し不貞腐れていたのは、気付かれなかったと思う。
わたしはファザコンじゃないけど、昔と変わらずブラコンではあるのだ。
作品への感想、ありがとうございました。とても励みになります。
コロナ禍の今、少しでもステイホームの退屈を凌げる作品を作れていたら嬉しいです。




