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不名誉な代償


 十二歳にもなると、家同士の付き合いで茶会に誘われることも増えてきた。

 母親同士が社交と称して情報交換や水面下での殴り合いを行っているとき、わたしたちもまた“オトモダチ”として仲良く牽制とマウントの取り合いをしているのである。

 正直ダルい。

 派閥とか死ぬほど興味ない。

 相変わらず、わたしの友達はロッテひとりだった。

 たまにアポ無しで家まで押しかけて来る王子様(仮)とは決して友達ではない。断じて違う。妙に懐かれたせいで周囲から、「婚約者って、もうコイツで決まりじゃね?」的な目で見られているけれど、絶対に嫌だ。

 迷惑なこと、この上ない。


「ハリエット様は、どのような男性が理想でいらっしゃいますか?」


 ハイ出た。出ました、女子の鉄板トークネタ『好きな男の子のタイプ』――十二歳の女子としては健全な話題のひとつだろうけど、わたしはこれ系統の話題がいちばん苦手だ。

 なので、この手の質問が来た場合、ひとまず「年上」と答えるようにしている。これだけで、あの面倒な殿下は除外される。奴の不満顔が脳内で再生されるが、無視だ。

「お父様のような方が理想です」と付け加えると、尚よし。

 事実、うちの父親はかなりの好物件だから、かなりの説得力がある。

 顔も頭も家柄も人柄も良くて、家族思い。

 つくづく、お母様は良い男を捕まえたなあと思う。お見合いではなく恋愛結婚だと言うからさらに驚きだ。例の如くアカデミーで知り合い、一目惚れしたお母様が押しに押しまくったらしい。

 うちの母はアクティブが過ぎる。

 同じ血が流れていても、どんなに顔が似ていても、根本的に違う生物なのだ。

 前世にも恋愛脳の友達はいたけれど、「毎日でも会いたいし、声が聴きたい」と言って本当に毎晩夜中まで通話していると聞いた時に、彼らとは分かり合えないと確信した。

 いい人達だったけれど、恋愛面においては方向性の不一致を見た。バンドなら解散している。彼らにはきっと、会いたくて震える人の気持ちが分かるのだろう。

 恋人がいなかったわけではないけれど、わたしがこんな性格だからか、長続きはしなかった。そも、本当に好きだったのかも今となっては分からない。

 自分や家族以外の誰かを大切だと思って身を削るほどの愛を注いだ経験がないわたしは、幸か不幸かそれらの記憶も引き継いで生きているため、結果として恋愛的情緒が未発達なのである。今後も成長する見込みはない。つまり、伸び代はゼロに近かった。

 こんな体たらくではあるけれども、学園で出会う予定のノットキラキラ男子との「無難な恋愛」を諦めたわけではない。

 生き残るためならなんでもすると決めた。

 恋だって容易いことだ。



 きっと。

 たぶん。

 おそらく。





◆





「いつまで続けるおつもりですか?」

 勉強の小休止にクッキーをつまんでいると、歴史の小テストの採点を行うジーンが顔を上げないまま言った。

「何のこと?」

「……理想のお相手とやらの話です」

 この従者兼家庭教師は悔しいことに本当に優秀で、両親の覚えもめでたく、使用人たちからの信頼も篤い。わたしにはただの無礼者なのに、この外面の厚さと言ったら。

 ただし能力の高さは疑いようがない。教え方も悪くないため、わたしの教養ステータスは日々、彼のおかげで順調に伸びている。

「お嬢様は、浪漫に富んだ非現実的な恋愛を御所望だったのでは?」

「やだ、良く覚えてたわね、そんな昔の話」

 何年か前、身分差の恋が生まれる可能性について、彼にポロリと漏らしたことがあったっけ。実際のところ、わたしが求めてるのは浪漫ではなく平穏な人生なのだけど。

「旦那様のように立派なお立場の男性は、お嬢様の憧れる相手とは真逆のように思いますが」

「そうよね。確かに身分が高過ぎるのは難点なのよ」

「そこを難点とおっしゃる理由は分かりかねますが」ジーンは小さくため息をついた。「お嬢様のお噂が耳に入って、旦那様はたいそうお喜びでいらっしゃいます」

「……わたしの噂?」

 不穏な単語に胸がざわつく。

 とかく貴族という人種は噂が大好物の、厄介な生き物である。

「“結婚相手はお父様が良い”と言う、いわゆるファザコン疑惑です」

「ゴッホ!」

 クッキーが器官に詰まった。

 咽せるわたしの前にお茶が置かれる。無言ではあるけれど、圧が強い。

「な、なにそれ……っ」

 そりゃ、お父様のような方が良いとは言ったけど、お父様と結婚したいなんて一言も言ってない!

 今世の父はとても立派な人柄だし、若くて素敵なんだけど、“父親”と言う存在に感じる苦手意識は、どうしようもなく深い場所でわたしに根付いているのだ。

「職場でも、お嬢様の話題になると満更でもないご様子で娘自慢をされる旦那様のお姿が、多数目撃されております」

「あああ……」

 思わず頭を抱える。

 お願い、今すぐやめてあげて。他人の惚気話と自慢話ほど、人生において無益な話題ってないのよ。場合によっては殺意すら湧くわ。

「た、確かに最近、お父様の機嫌が良いなあとは感じていたけど……」

 お菓子やアクセサリーの貢ぎ物も増えていました。ええ。

「ですので、いつまで続けるおつもりですかとお訊ね致しました」

「うう……」

「旦那様の浮かれ様が逆に哀れです」

 項垂れたわたしの脳天に、ジーンの声がざっくり刺さる。

「まことに申し訳ない……」

 社交界に広まるわたしのファザコン疑惑なんて可愛いものだ。そんなものは放っておいてもいずれ鎮火するからどうでもいいけど、お父様をぬか喜びさせている現状は素直に心が痛む。

「……もうしばらくファザコンを貫くことにします」

 十二歳なら父親に憧れてもおかしくない年頃だもの、傷は浅い。

 不名誉かつ不本意ではあるけれど、自分で蒔いた種だものね……ちゃんと刈り取ります……

「身から出た錆ですよ、お嬢様。ひとつ賢くなりましたね」

 うるさいよ。

 辛辣な言葉とともに渡された紙には赤いバツがふたつあって、さらにわたしの機嫌を降下させた。


 ――悔しい、また満点を逃した。


 ジーンの作る小テストは少し意地が悪くて、簡単には満点を取らせてくれない。歯噛みしながら勉強して、引っかけ問題をすり抜け、ようやく満点を取ってやった時、「どうだ!」と言わんばかりのドヤ顔を向けたら、「良く出来ましたね」と褒められたので拍子抜けしてしまった。

 いつも通りの無表情ではあったけれど、まさか、そんなに素直に褒められるとは思わなかったのだ。

 今回は歴史の小テストだった。わたしが生まれる数百年前のドルゴ王朝時代に起きた大飢饉や宗教戦争、貿易などなど。

 暗記問題は苦手だ。かと言って、計算問題が得意かと言われれば答えはノーだけど、数字や数式の概念が前世と変わらないのは救いだった。

 せめて生まれ変わったのが日本であれば良かったのに、全く未知のファンタジー世界に転生したおかげで歴史はイチから学び直しである。さらに宗教学や精霊学、魔法薬学、魔法倫理学など学ぶ項目も増えた。社交術やダンスの練習もあるし、正直しんどい。

 お嬢様をやるのも、結構大変だ。

 勉強は好きじゃない。ただ、学ぶ機会があるならそれを無碍にしてはいけないことも分かっている。わたしの能力値は平均より高いから、やればそれなりの結果に繋がる。

 とは言え、所詮は“それなり”だ。特別優秀と言うわけでもない。

 アカデミーに通い始めれば、わたしは家柄以外特筆すべきことのない令嬢になるだろう。まあ、埋没するにはちょうどいい。

 顔の可愛さと隠しきれない気品については仕方がない、諦めよう。いやだわ、モテてしまったら困るのだけど……ふふ……

「また気味の悪い顔をしてますよ」

「言い方よ」

 四年も一緒にいれば、この男の無礼な物言いにもさすがに慣れた。いや、慣れちゃダメなんだけど、ジーンは発言にさえ目を瞑れば非常に優れた能力を備えた従者なのだ。なぜ公爵令嬢の従者なんて地位に甘んじているのか不思議なくらいに使える男である。

 グラニースミス家の使用人達は――実力主義の護衛騎士隊を除いて――それぞれ出自のきちんとした貴族階級であるため、ジーンもそれなりの身分であるはずだ。それなら、こんな小娘の世話なんかより、もっと上等な仕事に就けただろう。

 思えば八歳の頃からの付き合いだけど、わたしはジーンのことをあまり知らない。彼の家名であるノビーラセットは王都では聞かない名だから、地方貴族のひとつなのだろうけど、爵位までは分からない。今度、図書室で貴族名鑑でも見てみようかしら。

「ジーンって、今いくつなの?」

「二十二です」

「あなた、アカデミーでも優秀だったのよね」

 なにしろ五属性を使いこなせるレアな存在だ。頭も良いし顔も良い。高官として王宮入りしててもおかしくない人材である。

「何故、うちで働いているの? ジーンなら、もっと好条件の働き口がいくらでもあったんじゃない?」

「何故と言うこともありません。私はアカデミーへ入学する前、もともと旦那様のもとで行儀見習いをしておりましたので、卒業後、正式に雇用されただけの話です」

「えっ?」

 それって、昔からうちにいたってこと?

 ウソ、初耳なんだけど!

「お嬢様がまだ幼い時分に私はここを離れたので、覚えていらっしゃらないのは当然ですね」

「へえ……」

 なるほど、それならしょうがない。

 それにしても、物心付く前から知り合っていたなんて、少し妙な気分だった。

 わたしたち、意外と縁が深かったのね。

 少年時代のジーンか。……うん、見てみたかったなあ。絶対、めちゃめちゃ可愛かったに違いない。どうせ今と変わらず無愛想だったんだろうけど、構わない。美しいものはそれだけで価値があるんだもの。

 どうにも綺麗すぎて好みの顔とは言えないけれど、それってアポなし突撃となりの晩ご飯王子にも当てはまるのよね。

 あいつは乙女の部屋に長々と居座った挙句、お母様の「殿下もご一緒にどうですか?」と言うお言葉に甘えて我が家で夕飯を食べて帰った、とんでもないヨネスケ王子なのである。

 お言葉には甘えないでもらいたい。

 しかも意外と食うんだ、あいつ。菫の砂糖漬けや花の蜜しか食べません、みたいな顔してるくせに。

 世の女子達がため息をついて見惚れる、儚げな見た目を裏切りすぎだろ。

「故郷は?」

「ここよりずっと南方にある、国境沿いの片田舎です」

「あら、いいじゃない」

 国境沿いの南部ってことは、エポナ辺境伯の領土かな。

 あそこは冬でもあまり雪が積もらない地域だ。ビスタベラと言う品種のダリアの産地でもある。気候の変化に弱く、エポナ領でもごく限られた地域でしか生産出来なかったのだけど、近年改良に成功したため、今は王都でも見る事が出来る。

 透き通るほどに真っ白で、花びらの先だけがほんのりと黄金色に染まっている、とても綺麗な花だ。

 ちょうど、今の時期に見頃を迎える。

「わたし、田舎は好きよ。都と違って静かなんだもの」

 我が家の領土には、カントリーハウスとは別にセカンドハウスがいくつかある。毎年、避暑地として訪れているのだけど、街の喧騒が届かないのんびりした田舎町は精神衛生にとても良い。王都から離れているため、ヨネスケが急に押しかけてこないと言う利点もある。マジ素晴らしい。

「ああ、田舎で静かに暮らしたいと仰ってましたね」

「そんなことまで覚えていたの?」

「仕事なので」

「あ、ハイ」

 ドライだなァ……知ってたけど。

 それにしても記憶力ヤバくない? 今更かもしれないけど、今後、発言には気をつけよう。

 この男に言質をとられるなんて、想像だけでゾッとする。


 クリムゾン家の統治するエポナ地方は、国境に面しているだけでなく古代民族であるダーニャ神族も住っているため、昔から何かと争いの起こる地域である反面、国内最大のサロナ湖を擁していたり、温暖な気候によって多種多様な植物に恵まれていたりと、観光地としても人気が高い。

 それに、最近は血生臭い話も聞かない。紛争や内乱の芽を早期に詰むのもまた、領地を任される貴族の務めだけど、クリムゾン家はその辺りの采配が上手いのだと、以前ジーンが授業で教えてくれた。

 クリムゾンの私設騎士団や領主一家を「脳筋の集まり」の一言で片付けたのにはビックリしたけど、彼がエポナ近辺出身の貴族なら、クリムゾン家と何かしら因縁があったとしてもおかしくはない。

 お父様いわく、国境警備にあたる辺境伯はとかく変わり者が多いそうだ。

 土地柄、血の気が多く豪快で、中央貴族から公然と「野蛮人」と揶揄される彼らは、話に聞くだけでも決定的に王都の雅なお貴族様とは相容れない存在だと分かる。

 この国での辺境伯は序列として侯爵と伯爵の間に位置しているのだけれど、彼らは防衛省にも属しているため額面通りの扱い方では上手くいかない場面も多く、取扱いが難しいらしい。

 外務省をまとめる父は国交に際して辺境伯と関わる機会も多いので、何かと気を遣うのだとか。

 ――十二歳の娘に愚痴るくらいだから、よっぽどしんどいのね……


 父と言い兄と言いわたしと言い、グラニースミスの一族は何故こうも消化器官に負担を強いられる星のもとに生まれているのか……


「里帰りはしないの?」

 思えば、ジーンがわたしのそばを離れた記憶がほとんどなかった。我が家はブラック企業なのかと疑いたくなるほどだ。もちろん、我がグラニースミス家は使用人を大事にしている、とてもホワイトな職場だ。サービス残業は許さない。働きに見合った報酬、ボーナス、時節には長期休憩だってある。「もう他所では働けません!」と言う従業員の声は後を絶たない。

 少しでも黒い部分があればわたしが黙っていない、労基に厳しいご令嬢として一部界隈で有名なのである。

 それなのに、いちばん近くにいる従者が休まなくてどうするよ。

「必要ありません」

 あるよ、あるんだってば。

 行儀見習いで家を出てから、果たしてどのくらい帰っていないのだろう。この男のことだから、「面倒なので一度も帰省してませんね」なんてサラリと言いそうで怖い。


 わたしの従者はワーカホリックなの?


 仕事が生きがいって風には見えない……と言うか、この人間味の薄い男にとっての生きがいってやつが、まったく想像つかないんだけど。

 ただ、「なにが楽しくて生きてるの?」なんて失礼極まりない質問は、さすがに出来ない……

「そろそろギルバート様が帰ってきますね」

 壁掛け時計をちらりと見て、ジーンが言う。涼やかを通り越して少し冷たく感じる声。それで、この話題は終了した。

 ひとつ、「この男に休暇を取らせる」と言う宿題をわたしに残して。


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