わたしをお城へ連れてって
なんだかんだでおよそ二時間粘り続け、わたしの気力と愛想笑いを根こそぎ吸い取ってくれたアマーリ殿下は、他人の家で思う存分プライベートタイムを満喫してから帰路に着いた。
まったく良いご身分だな。
王族って案外ヒマなのかもしれない。
「約束、忘れないでね」
帰り際、見送りに出たわたしへ彼は言った。
遊びに来て欲しいと簡単に言うけどね、王城だぞ? 彼にとっては実家でも、庶民感覚でホイホイ行ける場所ではない。
まあ、兄にくっ付いて行けばなんとかなるのかな。一度でも顔を見せれば、約束を守ったことにはなるよね。
よし。チラッと顔出して、ササッと帰ろう。
「もちろんですわ、殿下」
腹のうちを隠してにっこり笑うと、殿下も同じくにっこりした。
「嬉しいな。お菓子をたくさん用意するから、その時は是非ゆっくりして行ってね」
ゆっくり、の部分にやたらと力が入って聞こえたのは気のせいだろうか?
まさか、わたしのササッと作戦が見破られたのか……?
「楽しみにしてまぁす……」作り笑いが引きつる。
こうなったら、絶対ギル様も道連れにしてやるんだ。元はと言えば、お兄様が王子ふたりと懇意になんてするから――て言うか、彼らにわたしの情報を流すのが悪い!
しかも何よ、“様子のおかしい妹”って!
そこは普通、“可愛くて気立ての良い妹”じゃないの?!
こんな美少女を捕まえて失礼な話だよ、まったく!
「いつでも連絡してね」馬車のタラップに足を掛けた殿下が、顔だけで振り返る。「君が来てくれたら、兄さんも絶対に喜ぶから」
「……はい、近いうちに」
見た目の儚さに騙されていた。この人、ゴリゴリに押しの強い陽キャだった。
叶うなら敬遠したいタイプである。
いずれ国を背負って立つお方だし、確かにこのくらいの強引さは必要なのかもしれない。
そして悲しいことに、わたしの中身の半分くらいはノーと言えない日本人で出来ていた。隠キャではないけど、目立たず騒がず生きてきた三十余年がモブ根性に染み付いているのだ。
最悪の組み合わせだ、相性が悪すぎる。
わたしだって、見た目と家柄だけならヒエラルキー上位の一軍女子になれる資質は十分あるんだろうけど、そう言うのはまったく興味がない。大体、クイーンビーになんてなったら、それこそ没落街道まっしぐらの悪役令嬢に近付いてしまうではないか。
取り巻きも舎弟も下僕も要らないのよ。ただ静かに暮らしたいだけなのに、まさかこの国でいちばんハイスペックな男子(仮)に目を付けられるなんて運がない――……いや、あり過ぎるのか、この場合。
……まさか、これもデバッグのひとつなんじゃないでしょうね?
強制的に未来が決められていくとか怖すぎる。
「はあ……」
走り去っていく馬車を見送りながら、堪え切れずにため息を吐いた。
「大丈夫?」
しかめっ面のわたしを覗き込んで、ロッテがひらひらと手を振る。
大丈夫かと問われれば、あんまり大丈夫ではない。主に胃が痛い。キリキリする。
「……胃薬が欲しい」
お腹をさすりながら言うと、
「苦労症よね、ハリーって」
ロッテは亜麻色の眸に同情の色を浮かべて肩を竦めた。
「人は見かけによらないわ」
そうね、ホントにその通りよ。
綺羅の世界は、わたしには向かない。
◆
殿下が去ってから小一時間後。
迎えに来た侯爵家の馬車に乗り込んだロッテが、小窓から笑みを覗かせた。
「今度、うちにも遊びに来てね。今日のお礼に、わたしも美味しいアップルパイを用意するわ」
「もちろん。楽しみにしてるね」
「それはそれとして、ご報告、待ってます!」
嬉々としてサムズアップするんじゃない。
「……そっちが本音か」
こちとら、王族直々に城へ招かれたと言う事実だけで胃がひっくり返りそうなほどストレスを感じているのに……!
他人事だから、思いっきり気楽に傍観して楽しむつもりでいるらしい。その潔さが今は憎い。
「みんながみんな、王子様に憧れると思ったら大間違いなのだわ」
「ハリーの方が、明らかにマイノリティだとは思うけど……」
確かに、世のご令嬢が聞いたら刺されかねない案件ではある。その自覚があるからこそ、こんなことを大っぴらには言えない。
同じマイノリティ仲間のロッテの前だから吐き出せる本音だった。
「わたしも、今日のことは少し自慢しちゃおうかな」
少女らしくはにかみながらロッテが言う。
イケメンを観察対象として割り切っている態度は清々しくて好ましいのだけど、彼女とわたしでは熱量もベクトルも違い過ぎた。
「国宝級の美形と密室でお茶するなんて、滅多にない経験だものね!」
握り拳が大変凛々しくていらっしゃる。なんてたくましい……
「……気を付けて」
もはや何も言うまいと手を振れば、「またね」と愛らしい笑顔を残して友は去って行った。
どっと疲れた。八割は殿下のせいだ。見かけと中身のギャップがひど過ぎる。ギル様のアレは猫被りだけど、殿下は天然だ。バカと天然には敵わない。
しかし、わたしは安易にギャップ萌えなんてしないぞ。
――いや、するけど、それは安全圏での話だ。地雷だらけの危険区域で、誰がのんきに萌えてなどいられるか。
今回のサマンサ・ロマンの一件で、わたしがいかに危うい立場にいるかを思い知らされたばかりなのだから、尚更だった。
わたしは学習した。
そして予感した。
この世界は、やっぱり物語めいている。
登場人物の煌びやかさもそうだし、毒殺未遂に第一王子の関与疑惑と、事が都合良く起こりすぎているのも気になっていた。
自分の人生に、他者の手によって書かれたシナリオがあるのかと思うと、改めてゾッとする。
見知らぬ“誰か”にとってはただの物語でも、わたしにはここが現実だ。ここで生きている。わたしには、この世界だけがすべてなのだ。
だからこそ、仮にサマンサが無実だとして、冤罪を押し付けられて破滅へ追いやられたのだとしたなら、それはとても他人事とは思えなかった。
恐ろしかったし、すこぶる腹も立った。
彼女の末期は、いずれ来たるわたしの未来かも知れない。
死なないなら、当て馬役くらい可愛いものだと思っていたけれど、果たして本当にそれだけで済むのだろうか?
悪役にデッドエンドしか存在しないゲームだってある。
この世界がそうではないと、誰が言い切れるだろう。
いつかヒロインが現れたとき、すべてを失うならせめて傷は浅い方が良いだなんて、後ろ向きにも程があったわ。
神様ムーブが何よ。冗談じゃないわよ。
そんな身勝手な破滅フラグ、このわたしが焼き払ってくれるわ。
何の役にも立たない前世の記憶だけど、バグならバグらしく、とことん引っ掻き回して立ち向かってやるんだ。
「お兄様」
――と言うわけで、まずは身近な問題に立ち向かうべく、わたしは勇んでギル様の部屋へとやって来た。
蹴破りたい衝動を抑えて優雅に戸を叩く。ノックの音に次いで、「入れ」と声を掛けられて静々とお淑やかに入室すると、兄はソファで本を読んでいたようで、いつもより少しラフな格好で座っていた。
その向かいに腰をおろして、にこりと完璧な笑みを作る。
「アルティオールの令嬢は帰ったのか」
「はい、今し方。少し前に殿下もお帰りになりました」
「そうか」
殿下が気を遣って「見送りはいらないよ」と言ってくれたので、忙しい両親に代わって、わたしとロッテだけでお見送りすることになったのだ。
しかし、言われずともこの男、見送る気ゼロだっただろうな。
気安い仲なのは結構だけど、わたしの風評被害を広めるのはどうかと思うのよ。
「お兄様」
「なんだ」
「様子のおかしい妹って誰のことですの?」
笑顔のまま単刀直入に問うと、ギル様の顔が明らかに強張るのが分かった。額を抑え、何やら怒りを堪えているように見えるけれど、怒りたいのはわたしの方だ。
「いや……それは、理由が」
「お兄様、わたくし、言い訳が聞きたいわけじゃないの」
可愛らしく小首を傾げながら、右手に炎を宿らせる。杖無しで魔法が使えるって便利だよね。でも、まだ火力の調整が難しい。――おっと、強火になっちゃった。おっかしいなあ。
「燃やされる覚悟はよろしくて?」
「ちょっ……と待て!」
ギル様の構えた杖の先から水が迸り、わたしの火を消してしまう。残念、ギル様ってばもう水魔法も使えたのね。さすが優秀だなあ。
でもわたし、炎ならいくらでも出せるの。
人間火炎放射器を甘く見ないでもらいたい。
「問答無用です」
既に有罪は確定したのだ、話し合いは不要である。
「もはや分かり合えません」
狐火のように浮かんだ火の玉が、わたしの周囲を囲む。ひとつひとつの炎の大きさは安定しないけど、指先ひとつで自在に動いてくれるのだから上出来だ。
「部屋を燃やす気か、おまえは!」
杖を振りながら珍しく焦っている兄の声に気分が良くなる。いつものツンツンした澄まし顔を崩せただけで十分溜飲は下がったのだけど、どうせならもう少し脅してやりたい。
口は災いの元だと思い知れ。
「ご安心を。燃やすのはお兄様だけです」
「もっと悪い!」
狙いを定めて的へ当てる前に、兄の杖が火を消してしまう。やっぱり魔法の発動速度では彼に敵わない。これが経験の差か。
昨日今日魔法を習い始めたばかりのわたしが、そう簡単に追いつけるはずないんだけど、なんか悔しい。
「消さないでよ! 燃やせないじゃない!」
「消さなきゃ俺が燃えるだろ、バカ!」
「バカって言った方がバカなんだから!」
ちょっとムキになってしまったけれど、そろそろこの辺りで剣を納めておこう。深追いすると、狙う獲物が手に入らないかも知れない。
「……分かりました、燃やすのは勘弁してあげます」
わたしが魔力の錬成を止めると、兄も警戒しつつ杖を下ろした。
お互い無言のままソファに座り直して向き合う。
「で、何かわたしに言うことは?」
「……悪かったよ」
疲れた様子で兄が呟いた。けぶるような金の髪が、心なしかいつもより色褪せて見える。
……ちょっと脅かし過ぎたかしら。
相手がギル様と言っても、十一歳の子どもだものね。今更ながら、罪悪感がチクチクと心を刺してくる。
「妹がいると言ったら『見てみたい』と騒ぐから、ああ言っておけばあいつらの興が削がれると思ったんだ」
会ってみたいじゃなくて見てみたいと言うあたり、失礼な話である。わたし、動物園のパンダと変わらない扱いなんじゃないかしら。
なんかムカつく……!
「まさか、逆効果になるなんて思わなかった」
ギル様がげんなりしている。
だけど、ちょっと待って。その言い方だと、まるで彼がわたしを庇っているように聞こえるのだけど、何故?
なんとなく、言葉にしては訊き難くて視線だけで控えめに問うと、それを察した兄が小さく嘆息した。
「だっておまえ、苦手なんだろ。ああ言う、華やかでかしこまった場所とか人間が」
「あー……」
図星を言い当てられ、思わず目が泳ぐ。
――しっかりバレてた。
なんでよ。ギル様とはとくにそう言う話もしたことないし、ボロを出すこともなかったように記憶してるんだけど……
「見てればわかる」
疑問が顔にありありと出ていたのか、彼はちょっと小馬鹿にした片笑みを浮かべた。
「……つまり、お兄様はわたしを守ろうとしてくれたんですね」
なんと言うことだ、ギル様のくせに。
ちょっとだけ感動しちゃったじゃないか。
「まあ、結果は大失敗ですけど」
「……一言余計だ」
あんたにだけは言われたくない。
けれど、経緯を知ってしまえばこれ以上責めるわけにもいかなかった。むしろ燃やそうとして悪かったなって反省している。
「わたしもごめんなさい、お兄様」やはり、ここは素直に謝るべきだろう。「次からは、ちゃんとお話を聞いてから燃やしますね」
「燃やすな」
しかし困った。そうなると、本来の目的が果たせない。
このネタでゆすって、兄を王城への道連れにしてやろうと思ったのに。
ギル様相手に下手な小細工は通用しないし、どうしたものかなあ……
「まだ何か言いたいことでもあるのか?」
うつむいて黙りこくったわたしへ、兄が怪訝な目を向けてくる。まだ少し警戒色が見えるのは気のせいではなさそうだ。
心配しなくても、もう燃やしたりしないですよ。
「言いたいことというか、あの、お願いなんですけど……」
こうなったら一か八か、正攻法で攻めてみるしかない。
早とちりで燃やしかけといて、どのツラ下げて「お願い」なんて言えるんだと自分でも思う。
罵倒されるのを承知で切り出してみると、意外にもギル様は少し渋い顔をしただけで、「言ってみろ」と細い顎をしゃくった。
ホントこのお兄様、ひねくれ者の塩対応ツンドラボーイと見せかけておいて、根っこが素直すぎるから感心するわ。将来、悪い女に騙されないようにわたしがしっかり目を光らせておかなきゃ。
根性の歪んだ兄嫁はノーサンキューなのよ。
「実は……」
わたしはアマーリ殿下から個人的に王城へ誘いを受けた旨を説明し、「ひとりじゃ不安だからついて来て欲しい」と兄に頼み込んだ。
右も左も分からないまま、この国の最高機関に単独乗り込む勇気はない。
「……勝手なことを」
話を聞き終えたギル様が苦々しくぼやく。
「分かった、俺も同行する」
「あ、ありがとうございます!」
にべもなく断られなかったことに感涙して、少し声が上擦った。
よかった、ひとりで虎穴に放り込まれたらどうしようって、気が気じゃなかったのだ。これでひとつ、不安の種を潰せたことにホッとする。
「日時が決まったら知らせろ。予定を調整する」
「はい。お手数をお掛けしますが、よろしくお願い致します」
――この台詞、前世で何回言ったかなァ。
思いがけずOL時代を思い出して微妙な気分になる。
「いい。今回はあいつが悪い」兄は不機嫌顔でおざなりに手を掻いた。「あれは、いつも思いつくまま行動するんだ」
「ああ……」そんな感じするわ、あの殿下。
営業に多かったのよね、陽キャで自由人な男どもが。あれは、わたしのような凡人の手に負える相手ではなかった。それどころか、そばにいるだけで疲れたもの。
飲み会とか地獄だった……
殿下の場合、さらにそこへ王族と言うステータスが加わるので、もはや無双だ。
この歳で既に上司に振り回されて苦労する部下の相が出ている実兄に、心底同情した。
けれども、わたしだってのんきに傍観してはいられない。もしかしたら、そのフリーダム殿下が結婚相手になるかもしれないのだ。
あっ、考えただけでまた胃が痛い!
「エリヤも、あいつに甘すぎなんだよ……」
眉間を摘んでため息を吐く兄の姿に、中間管理職の影を見た。
強く生きて欲しい。
「……エリヤ」
誰だろう、ギル様のお友達かな。
どこかで聞いた覚えのある名前なんだけど――どこでだっけ?




