楽しいお泊まり会
庭を燃やした日から数日。
今日も今日とて火力の調整に勤しむわたしの元へ、一通の手紙が舞い込んだ。
アマーリ殿下からのご機嫌伺いである。
親しみやすい文章で書かれていた殿下のお手紙の内容を、さらに噛み砕いてフランクな感じに言い換えるなら、
『元気になった? なったよね? 今度の太陽の日に約束のアップルパイを届けるから、受け取ってね』
である。
太陽の日とは、いわゆる日曜日のようなものだ。
ちなみに今日は五月の第三週、水の日なので、殿下の指定した太陽の日まではあと四日と言うことになる。急だな……
カレンダーを眺めて、ふむ、とあごに手を当てる。
この国の暦は前世とさほど変わらない。違う点と言えば、ひと月がきっちり三十日なのと、閏年がないことくらいかしら。
一日は二十四時間、一週間は七日、一年は三百六十五日。
異世界だからって、ナポレオンのフランス革命暦みたいなのが採用されてたら、ヴァンデミエールに反乱起こしてたかもしれない。
さっそく、わたしは手紙を二通書いた。
ひとつは殿下へのお礼のお手紙、もうひとつはロッテへ宛てて。
『久しぶりね、元気? わたし、超元気!
お見舞いのお花をありがとう。とても嬉しかったわ。
心配かけてごめんね。
ところで、今度の太陽の日に殿下が王宮のアップルパイを届けてくれるって言うから、あなたも食べにおいでよ!』
さすがにもう少し慎ましやかな文面にしたけれど、大まかに言うと上記の通りである。お見舞いのお礼状については、既に家令がルキアノス公爵家の名前で各家に送っているのだけれど、こう言うのってやっぱり気持ちだものね。
ロッテを招待することについては、もちろんお母様も承諾済みだ。わたしに友達が出来たことが相当嬉しいらしく、やけに張り切っていた。
しかし母が張り切れば張り切るほど、わたしの心は複雑に凪いでいく。
――わたしがぼっちのせいで、お母様に心配かけてたんだなあ……
親に友達がいないと思われていたのは地味に傷付いた。いや、まあ、ホントにいなかったんだけど……
母が連れてきた取り巻き三人娘とわたしは、結局のところ“良き友”にはなれなかった。
彼女らについては事件当日、ダリア嬢と親しくしている姿が多数の人に目撃されていたので、わたしが伏せっているうちに母が手を回してサクッと縁を切ってくれていた。
お母様は仕事が早すぎる。
「ねえハリエット、どうせなら前日から泊まりに来ていただいたら?」
「えっ!」
うそ、お泊まり会?! いいの!?
「お母様、それとっても素敵だわ!」
と言うわけで、以下の一文も追加された。
『たくさんお話したいこともあるし、家族にも紹介したいから、土の日からお泊まりに来てくれたら嬉しいわ』
前世のようにメールや電話がないので、ちょっとした用事でも手紙でやり取りしなければいけないのが、少し面倒に思う。光魔法があるのだから、誰か応用して通信魔法を作ってくれないかなあ。
さて、いそいそとしたためた手紙をその日のうちにアルティオール侯爵家へ届けてもらうと、返事は翌々日にやってきた。
『お誘いありがとうございます。とても嬉しいです。
ご迷惑でなければ、ぜひ。
土の日、十四時に両親とともにお伺い致します』
初めてのお友達と、初めてのお泊まり会の当日。
父は仕事で不在だったため、母とわたし、兄の三人でシャルロット親子をお迎えした。
「は、初めまして。アルティオール侯爵家、シャルロット・オレンジと申します」
鮮やかな若草色のドレスを着たロッテは、なんだか少し緊張しているみたいに見えた。頬が赤くて、伏し目がちだ。
「このたびのハリエット様のご回復、心よりお喜び申し上げます」
「まあ、ご丁寧にどうもありがとう。とても可愛らしいお姫様ですこと」
お母様がこの上なく上機嫌だ。ロッテを褒めちぎり、侯爵夫妻と楽しげに会話を弾ませている。
よそ行きの顔で優雅に笑う母は見慣れたものだけれど、わたしのとなりで完璧に猫をかぶって柔和に微笑んでいる兄は、何度見ても慣れない。あんた誰よ。
シャルロットのご両親は、とても感じの良い方達だった。お母上様はシャルロットにとても良く似ている。本人はそばかすも赤毛もコンプレックスだと言っていたけど、わたしはどれも大好きだ。前世で子ども時分に読んだ児童文学の主人公みたいなんだもの。特に、開拓時代のお話がお気に入りだったな。この世界にも似たようなお話はあるけれど、屋敷の図書室には置いていない。世俗的な小説は貴族の子女が読むようなものではないからと、母が許してくれないのだ。
だからわたしは、わたしにデロ甘な父と、同じ趣味を持つベティにお願いして、こっそり本を手に入れている。
少しずつ増えていくコレクションをクローゼットの衣装ケースの中へ隠すたび、前世で薄い本の隠し場所に困っていた妹と自分の姿が重なって、妙な気分になった。
いかがわしいものは隠してないんだけど……
大人達がコンサバトリーへ入っていったので、わたし達子どもの役目はこれで終わりだ。
母の背中が見えなくなったことに油断していたら、背後から低い声で「気を抜くな」と注意を受ける。
振り返ると、まだ大きな猫を背負ったままのギル様がわたしを見下ろしていた。普段は母そっくりのキツイ顔立ちのくせに、笑うと父親譲りの柔和な線が出るのはなぜなのかしら。ずるいわ。わたしなんて寝ても覚めても笑っても悪人顔なのに……
「私も次の予定があるので失礼します。シャルロット嬢、どうぞ自宅と思ってくつろいでください」
「あ、ありがとうございます……」
ロッテがすっかり乙女の顔で兄を見つめている。騙されるな、ロッテ。この男、顔は良いけど中身はただのギル様だぞ。もう、オンとオフの落差がすごいんだから。耳がキーンってなるんだから。
人誑しめ。じとりと含みのある目で見つめていたら、笑顔の兄に二の腕を抓られた。ちょっ、やめてよ! そこは乙女的に触れちゃダメなところだから! ギル様、そんなご無体な!
「ハリエット、ちゃんとお客様を案内して差し上げなさい」
「もちろんですわ、お兄様」
ああ、耳がキーンってしてるぅ……
◆
「とんでもないわね、あなたの家族!」
わたしの部屋へ入るなり、擬態を解いたロッテが興奮して迫ってきた。そんな彼女をソファへ誘導しつつ、わたしはちょっぴり得意げに笑ってみせる。
「うちのギル様、素晴らしく顔が良いでしょう?」
「顔だけじゃないわよ、物腰も柔らかくて素敵だったわ。それに、とても理知的な目をされていらっしゃるのね」
「理知的」
どうした相棒、ベタ褒めじゃないか。
「ロッテ、あなたの目に映っていたギル様は確かに美形だったかもしれないけど、あれは虚像よ。フィクションなの。あの人は、嘘、大げさ、紛らわしい男なのよ」
「また訳のわからないことを……。ルキアノス公爵家のギルバート様って言ったら、非の打ち所がない貴公子って、女の子達の間ではすっかり憧れの的なんだからね」
「そりゃあ、結婚相手としては申し分ないわよ」王族を除けば、この国でいちばんの優良物件だ。「ギル様を袖にする女がいたら、わたしが相手になってやる」
「拗らせてるなあ」
任せろ。この悪役面で脅しをかけて、ギッタンギッタンにしてやんよ。
「だけど実際、殿下がいらっしゃるから、みんな婚約を決めあぐねているんだわ」ロッテが悩ましげにため息をついた。「同世代に精霊の子が生まれたら、やっぱり欲が出るものなのかしら」
「そうだねえ……」
数多舞い込むギル様の縁談がまとまらない理由が、まさにそれだった。
王位継承権第一位のアマーリ殿下の性別が確定するまで、伯爵家以上の上位貴族の子女たちは迂闊に婚約を出来ないでいるのが現状だ。
表立って禁止されているわけではない。ただ、あわよくば王家と縁を結びたいと考える貴族側の思惑と、羽化するまでは手札を多く残しておきたい王家側の思惑が合致して、膠着状態が続いているのだ。
年齢的にも家格的にも申し分のないわたし達兄妹は、殿下の婚約者に最も近い場所にいると勝手に騒がれているのだから、まったくたまったものではない。
はっきり言って、とても迷惑です。
それに、この中途半端な状態も気に入らないわ。だってつまり、わたし達はみんなアマーリ様にキープにされているってことよね?
いったい、何股かける気なんだ。
「失礼致します。お嬢様、お茶をご用意致しました」
扉を開け、ワゴンを押して入ってきたうちの従者をロッテが二度見する。
見るよね、分かる。あの顔は見ちゃうよね。わたしの好みじゃないけど、イケメンだから仕方ない。
「……ロッテ。あれこそ見た目に惑わされちゃいけない最たる者よ」
こっそり小声で告げる。
いかに外見が美しかろうと、中身はただの無礼者だ。憎まれ口を叩くあの姿をロッテにも見せてやりたい。
ジーンは長い前髪の隙間から湖のような眸を覗かせて、淡々とティーカップやお菓子を並べていく。
すると、なぜか焼き菓子の乗った皿をわたしから遠ざけた。
「……何してんのよ」
「いえ……どことは申しませんが、先程少し気にされていたようなので」
「見てんじゃないわよ!」
二の腕か! 二の腕のことか!
まだ子どもなんだし、ちょっとプニってるくらいの方が可愛いんだからね! たぶん! お、お父様とベティは、わたしが世界でいちばん可愛いって言ってくれるし!
「もう、余計なお世話よ! 早くあっちに行って」
向かいに座る、同い年でも細っそりしたロッテの姿は視界に入れないようにして、わたしはジーンの背中をぺちぺち叩いて部屋から追い払った。
「……分かったでしょ? あいつ、根性が最悪なのよ」
鼻息荒くソファへ座り直すわたしに、ティーカップを傾けていたロッテは、「いいじゃない」と笑った。
「仲が良くて微笑ましいわ」
「なにがよ。ちっとも良くないわ。玩具にされてるだけだもの」
こんがりキツネ色に焼けたパルミエに伸ばす。パイ皮を焼いたもので、わたしの好物のひとつだ。……い、一枚くらい、いいよね?
「じゃあ、もしもわたしが彼をうちの使用人と交換してって言ったら、ハリーにそれが出来る?」
面白がっているロッテの目には、わたしをからかう意地悪な色が光っている。まったく本気じゃないのは分かっているから、同じく軽口で返せばいい。
それなのに、わたしの口は「だめ」と勝手に動いていた。
「あ、あれはあれで、使い道があるのよ」
お茶を淹れるのは上手だし、お菓子の好みもちゃんと把握してる。その他にも痒いところに手が届く、孫の手のような男である。
悔しいかな、仕事面は完璧だ。
「……仕方がないから、もうちょっとだけ手元に置いてあげるの」
それで、あんまり酷いときはお父様に言いつけてやるのだ。
「ふーん」
ロッテのニヤニヤ笑いにわたしは気まずくなって、結局、控えようと思っていたお菓子をたくさん食べてしまった。
くそぅ、あとでカロリー消費しなきゃ!




