第十三話 竜殺しの心臓
翌日の俺は、最悪の極致にいた。
まず、寝坊した。次に、自転車がない。最後に、外は雨。
朝飯も程々にして、俺は家を飛び出した。さすがに雨の中走っていくのは無理だ。電車を使うしかない。
とはいっても、駅までは十五分かかる。この微妙な距離が辛いんだ。
制服が濡れるのにも構わず、俺は走った。風が吹いてなくてよかった。これで風まで強かったら、全身ずぶぬれだ。
全力で走ったから、なんとか電車に間に合った。高校までは二駅。最寄り駅に着いたら、また俺はダッシュ。
校門が閉まるまでにはたどり着けた。問題は、もうホームルームの時間を過ぎてるってことだ。
確か、新堂先生は廊下に立たせるとか言ってたな。そんな罰、恥ずかしいどころじゃない。なんとしてでも回避したい。
俺は、自分の苗字に祈った。ラ行だから呼ばれるのは後の方。それまでに間に合ってくれ。
静かな廊下をコソコソと走り、なんとか教室に入った。って、あれ?
「おう、勇人、遅かったな」
「あ、ああ……」
うちのクラスだけ、まだホームルームが始まってなかった。
「新堂先生、どうした?」
「ああ、なんか遅れるってさ」
「なんで?」
「さあ? さっき、別の先生が来て、そう言ってただけだからなあ」
なんだか知らないが、助かったみたいだ。運が良かった。
とか思ってたら、
「はーい、着席ー。みんな、遅れてごめんなさい」
俺が椅子に座ると同時に、新堂先生が入って来た。なんてタイミングだ。
「雨のせいで道が混んでて。代理の先生は来てたかしら? 出席確認してもらった?」
げ、出席はもう取り終わってたのか!?
チクショウ、これじゃやっぱり廊下に立たされる……。
「あ、勇人。安心しろ」
「あ? なにがだ?」
「お前の代理で、出席、返事しておいてやったぜ」
「マジか?」
「おう。だから、今日の昼飯はお前のおごりだ」
ちっ、足元見やがって。っても、廊下に立たされるよりはマシか。
「よし、ラーメンを奢ってやろう。トッピング無しで」
「それ一番安いヤツじゃねえか! もっと俺に感謝しろよ!」
してるしてる。ただ、今の俺には金が無い。給料日前だし。自転車を買い直さないといけないからな。
「ったく……。次は助けてやんねえぞ?」
「分かったよ、メンマくらいは付けてやる」
トッピング代五十円。それでも今の俺には辛い。
「しかたねえなあ。ま、今日はそれで勘弁してやるよ」
「礼二が遅刻した時には助けてやるから」
まあ、礼二は高校まで歩きだから、よっぽどのことがないと遅刻はしないだろうが。
「それじゃ、特に連絡事項もないので、朝のホームルームはこれで解散です。みんなー、ちゃんと授業受けるのよー?」
新堂先生は、すぐに出て行った。とりあえず、一安心だ。
「そういや、お前、チャリどうなった?」
「ああ、今日の帰りにどっかの店で空気入れようと思ったんだけど、雨だからなあ」
「あー……今日は諦めるこったな」
「電車賃とか、手痛い出費だぜ……」
「……お前、そこまで追い詰められてんの?」
「給料日前だぞ? 金があるわけがない」
給料日は明後日。あと二日乗り切れば、少しは余裕ができる。
それまでは、なんとかしのがないとな……。たった二日だってのにキツイ。
俺は昼飯どーっすっかなあ。礼二にラーメンおごるとなると、買えるのはパン一個くらいか……。寂しくなりそうだ。
「あのっ、勇人君!」
「ん?」
俺が食費の計算をしてると、
「ああ、ウイング……じゃなくて、竜姫か。どうした?」
いつの間にか、竜姫が俺の前にいた。
「あの、今日、お昼ご飯一緒に食べない?」
……は?
「いや、別にいいけど……」
なんで? いきなりすぎない? 普通は女子グループで食べるんじゃないの?
そう思って女子を見たら、なんかこっち見て笑ってやがる。あれか、むしろけしかけた系のノリか。
「どう、かな?」
「ああ、大丈夫。だよな、礼二? ……って、あれ? 礼二?」
いつの間にか、礼二が消えていた。どこ行きやがった、あいつ。
なんだか知らんが、二人きり。え、これって、二人で飯食う感じ?
「渡辺君なら、さっきあっちに行ったけど……」
「え? ……あ」
いつの間にか、女子と合流してやがる。しかもなんだ、なんで親指立ててんだ。頑張れってか、オイ。
……まあいい、俺としては断る理由がない。
「場所、食堂でいいか? 俺、学食派なんだ」
「うん、大丈夫。それと、その……」
なんだ、どうした?
「……ちょっと、多く作ってきたの」
顔を赤くして言われた。急すぎない? そういう展開。
いや、俺は嬉しいよ? 可愛い女子と飯を食うのは。しかも、ちょっと分けてもらえそうな感じがするのは大歓迎だよ?
「ああ、そうか。んじゃあ、まあ」
だけど、照れるよ? さすがに俺も、男子としてそう思うよ?
CMでやってるよな。アオハルかよ、って。まさにそんなだろ、これ。
「余るくらいなら、貰う、けど」
「……うん。そ、それじゃあ、またお昼にね!」
髪と同じくらい顔を真っ赤にして、竜姫は女子プラス礼二の中に戻っていった。さっそく冷やかされてる。礼二、お前も、どさくさに紛れてんじゃねえ。
……あー、恥ずかしい。今まで女運が無かった俺に、まさかこんな展開が転がり込んでくるとは。
「おいおい、やったじゃねえか、勇人」
「いつの間に戻ってきやがった」
「ラーメンは今度にしてやるよ。ただし、何があったか報告するように」
「絶対にしねぇ」
飯食って終わり。そう、きっとそれだけだ。はやるな、俺。
落ち着け、落ち着け……って、あれ。なんだか、急に落ち着いてきた。
さっきまでうるさいくらいに響いてた心臓の音が、あっさり冷静になりやがった。
「へへっ、顔を赤くして……って、お前、普通だな」
「そう、だな。なんだろ?」
変なことがあるもんだ。
自分の体に何があったのかも分からず、俺は首をひねった。




