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閑話⑫ スパーダ・ルーンロイド


『ただ努力をしていただけの兄さんが、私に勝てる理由があるんですか?』


 帝国ルーンロイド家現当主スパーダ・ルーンロイドは、妹から言われた言葉に悩み苦しんでいた。


「わかってはいるさ。だがどうしようもないじゃないか」

 それが言い訳であることはわかっていた。先日、半ば家出状態だったセレナが突然押しかけて、家の宝刀を渡せと言ってきた。スパーダは家族とセレナの気持ちを落ち着けるために一騎打ちを受け入れて、負けた。


 セレナには勝てると思っていた。幼い頃、スパーダとセレナは父であるヤイバの元で剣の修行に励んでいた。兄弟でヤイバから直接指導を受けていたのは二人だけ。セレナの剣の才は特出していたが、それ以上にスパーダの剣の才も飛びぬけていたのだ。

 父が死に、当主になってからも剣の修行を欠かさなかった。時には戦場へ出向き、身分を偽り、一兵卒として敵と戦ったこともある。


 ヤイバは言っていた。セレナとスパーダでは、スパーダの方が才能はある。スパーダはその言葉におごらず、努力を怠らない天才であり続けた。だからセレナが並外れた努力をしていることは察していても、勝てないはずがないと思っていた。

「それがこの体たらくだ」

 スパーダだけではない。今、ルーンロイド家全体が沈み込んでいた。憎しみに飲まれて剣を曇らせたはずの末の妹が、想像もできないほどの実力を示してみせたのだ。その上、セレナ単身は王国の“玉石”の殺害という、重大な任務まで背負わされるほどの存在になっていた。


 身の置き所がないというべきか。スパーダは当主室にいる気も起きなくて、屋敷の玄関や庭をうろうろとしていた。こんな時は普段は剣を振るのだが、セレナの言葉が頭をちらつき、どうにも振る気が起きない。

「ん?」

 スパーダが悶々としている時だ。気まぐれに見上げていた空が裂けた。裂け目は次第に大きくなり、やがて人一人が通れるほどの大きさになる。


 そしてその中から、何かが落ちてきた。


「セレナ!?」

 落ちてきていたのはセレナだった。スパーダは慌てて駆け寄り、落ちてきたセレナを抱きとめる。スパーダはセレナの傷を見て絶句した。

「なっ」


 落ちてきたセレナは気を失っている。失っていることが幸いだったのだろう。セレナは剣士の命ともいうべき両腕を失っていた。左手は手首の先から、右手は肩から。“気”を使って止血はされているようだが、放置すれば命に係わる。

 それだけではない。抱き留めた感覚は気持ち悪いくらい柔らかかった。全身の骨が折れ、肉が裂けている証拠だ。身に着けている“霊装”だってぼろぼろで、服としての役目を果たしたのかも疑わしい。


「誰か! 誰か来い!! 速く!!」

 スパーダは大声を上げて、家の者を呼んだ。庭に出てきた家族や使用人はスパーダの胸の中にいるセレナを見て、スパーダと同じように言葉を失う。スパーダは急いでセレナを部屋に運び入れ、医者を呼んだ。


「殺せ、なかった」

 その間際、セレナがうわ言をつぶやいたのをスパーダは聞いた。


   *


「生きているのが奇跡です」

 スパーダが急いで呼んだ医者はセレナの容態を見て言った言葉だ。


「むしろどうして生きているのかが不思議なくらいだ。骨折が百以上。内臓はぐちゃぐちゃで、筋肉も断裂が激しい。失血が多いため、脳にもダメージがあるかもしれない。何より両腕の欠損は大きいですな」

「ならばやはり」

「戦士としての復帰はもちろん、日常生活を送ることも困難かと」

「……」

 ルーンロイド家が昔から世話になっている医者だ。腕は確かで見立ても正しいのだろう。医者はセレナを痛ましいものを見る目で見た。幼い頃の天真爛漫な様子のセレナを知る彼としては、今のセレナは見ていられないのだろう。


「可能な限りの手当ては終わりました。薬と包帯は置いておきます。また明日来ますので」

 医者は深くおじぎをしてスパーダから去っていった。セレナを寝かせた部屋にはスパーダと兄弟たちだけが残る。


「セレナは、勝ったのか?」

 スパーダの一つ下の弟がつぶやいた。


「勝ったんじゃないのか? でないとセレナがあまりにも」


「むごい。どうしてセレナが腕を失わないといけないの」


「見てられないな」


「復讐を遂げたはずだ」

 兄弟たちは口々に考えを言う。


「セレナは、負けたらしい」

 スパーダはセレナがうわ言で言っていたことを告げた。兄弟の間に重い沈黙がのしかかる。


「……ぁ」

 そうこうしていうと、ベッドに寝かされていたセレナが小さくうめいた。セレナの目がゆっくりと開かれる。

「セレナ」

「ここは……」


 セレナは天井に目を向けると、体を起こそうとしてまたベッドに落ちる。体を支える腕がない。セレナは自分の欠けた両腕に気が付いて、数秒固まった後、絶叫した。


「ああああああああああああああっ!!」

「セレナ!?」

「殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかった殺せなかったなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!!」

「セレナ!」


 セレナは目に並々とあふれる闇を湛えながら、大粒の涙をこぼす。セレナは自分を罰するように、何度も何度も手首から先のない左手をベッドに叩きつける。

 上の姉がセレナに抱き着いて、動きを止めようとする。


「私は……どうして殺せない。あれだけのことをして、なんで」

「失礼するわぁ」

 狂乱するセレナとみているだけで何もできない兄弟。がちゃりと扉が開く。中に入ってきたのは異様な雰囲気の少女だった。


 まだ十歳にも満たないであろう少女。紫色の毒々しいワンピースを着て、顔にはにやにやと笑いを張り付けている。

 彼女はセレナの姿を認めると、残酷な猫のように目を細めた。


「あんたは」

 見知らぬ少女の登場にスパーダは眉を顰める。少女はスパーダの誰何(すいか)をうっとうし気に横目で見ると、虚空から細剣を取り出して見せた。

「“七天将”の一人、“色欲”よぉ。セレナの直属の上司に当たるわぁ。わかったらさっさと届きなさい。邪魔」

 虚空から取り出せる武器など、魔剣の原典以外にありえない。帝国軍の最高格の登場に、スパーダたちは戦慄する。


 “色欲”はスパーダたちを冷たく押しのけ、セレナに抱き着いていた姉を引きはがす。スパーダの前を“色欲”が通った時、スパーダの鼻は甘ったるい、嗅いだことのある臭いをとらえた。


 催淫作用のある麻薬の香り。“色欲”の名前。ある想像が頭をよぎり、スパーダは背筋がぞっとした。“色欲”は彼のことなどお構いなしに、セレナの頭を掴んで、顔を間近に近づけた。

「セレナ。何があったかを全て話しなさい。これは命令よぉ」

「“色欲”様……はい」

 セレナは“色欲”の言葉に力なく頷き、イゾの町で起こしたことで、自分の知る全てを話し始めた。


   *


「なるほどねぇ」

 ぽつぽつと語られるセレナの話は壮絶だった。妖刀を使って町の住民を操り、“透徹”にぶつけたこと。“透徹”の弟子が発動したという黒い鎧のこと。腕を切り落とし、胸に大穴を空けても死ななかったという“透徹”の生命力。

 セレナのやったこともそうだし、対する“透徹”もそうだった。もはや人ではない。スパーダは鳥肌立った腕を無意識のうちに撫でていた。


「それで、どうしてここにいるかは不明、と」

「はい」


 セレナの記憶は、イラと相打ちになったところで途切れていた。おそらくイラに腕を切り落とされた時点で気を失ったのだろう。腑に落ちないが、覚えていない以上、どうしようもない。

 そもそも、セレナは生きて帝国に帰って来られるなどと思っていなかったのだ。仮にイラを殺せたとしても、満身創痍になるだろうし、セレナがいるのは王国。転移が使える玉石もいると考えれば、帰還する前に殺されるはずだった。


「わかったわぁ。とりあえず、報告は私の方から済ませておくから。あなたは休んでいなさい。ところでねぇ一つ聞きたいんだけどぉ」

「はい」

「腕、無くなっちゃったけど。あなたはこれからどうするの?」

 “色欲”は嬲るようにセレナに問いかける。セレナは多彩な戦闘技術を納めていたが、あくまで刀を主体に戦う戦士だ。剣士が腕を無くせば、戦いから引退するのが常というものだ。


「それは……」

 セレナにもそれはわかっている。父から習い、“七天将”の技術を取り込んで鍛え上げた技の数々はもうない。腕を無くした状態でイラと戦っても、あっけなく殺されるだけだ。


 それでも、


「腕がないなら、口で刀を咥えて戦います。顎を無くせば精霊術を、それでだめなら罠でも何でも。私は死なない限り、いえ、死んでも復讐をあきらめるつもりはありません」

 セレナには強い決意があった。イラと戦って分かった。あれこそが自分の標的。セレナ・ルーンロイドの人生全てを費やしてでも殺すべき、復讐を遂げるべき相手だ。


「へぇぇ」

 “色欲”は吐息がかかるくらいに顔を近づける。まじまじとセレナの目を見て、またニタリと嗤った。

「ならいいわぁ。安心してぇ? 腕を無くした()()。“霊装”でどうにかできるわぁ。大丈夫。あなたはまだ戦える」

 “色欲”の言葉にセレナは目を輝かせ、スパーダたちは耳を疑った。この少女(悪魔)は何を言っている? 両腕を無くすほどの大けがをして、なおも戦えというこの少女はなんなんだ。


「あぁ……私はまだ、戦える。イラ・クリストルクを殺せる機会があるのですね」

 そしてその言葉に喜ぶセレナは。


 理解できない。理解したくない。“色欲”もセレナもいかれている。狂っている。セレナへと抱いていた同情めいた感情はどこへやら、兄弟たちはセレナたちから一歩距離を置く。

 ただ一人、スパーダを除いて。スパーダは狂的な歓喜を見せるセレナを、黙ったまま見つめていた。


   *


「お前さんがセレナの兄さんって人かい?」

「はい。ルーンロイド家当主帝国軍中佐、第……」

「あーそういう堅苦しいのはいらんから。こっちに座んなさい」

 ちょいちょいと腰に剣を差した壮年の男が手招きする。スパーダは緊張しながらも一例して、男の向かいにある椅子に座った。


 セレナと“色欲”の会話を聞いた一月後、スパーダは“七天将”の一人“剣聖”と会っていた。場所は“剣聖”の自宅。客間は板張りの床に質素な調度の置かれた小さな部屋だ。

 帝国最高峰の実力と権限を持つ“七天将”の家とは思えぬ、簡素な場所だ。だがスパーダにはこの部屋こそが目の前の男の本質を表しているように感じられた。



 当代“剣聖”の名はツルギ・グラディエ。元聖銀級冒険者で“千剣”と呼ばれた男だ。白髪混じりの頭髪に柔和な灰色の瞳。作務衣を着て、湯飲みで茶をすすっているのを見ると、どうにも剣聖というより、縁側に座る老人といった雰囲気だ。

 だが彼がただの老人であるはずがなく、彼は間違いなく帝国最強の剣士だった。


 “七天将”の“剣聖”の名は、帝国で年に一度開かれる武闘大会で優勝したものに与えられる。予選と本選を勝ち抜き、当代剣聖を倒したものが、新たな剣聖になるのだ。

 その関係で、”七天将”の中でも剣聖は入れ替わり立ち代わりになることが多い。だが目の前の剣聖は十年間勝ち続け、“剣聖”であり続けている。


「ほれ。飲みんさい」

「あ、ありがとうございます」

 温和な様子のツルギに、スパーダは意思を削がれながら渡されたお茶に口をつける。緊張で味が分からない。そもそもスパーダが“剣聖”に会おうと思って、実際に会うまでに一月かかったのだ。ルーンロイド家とスパーダ個人のつての全てを使っても、“剣聖”と会うことは難しかった。

 今日の邂逅もツルギの気まぐれ、偶然だ。二度とはないチャンスを無駄にすることはできない。


「それで、儂に何の用かな。儂に会うために随分無理したと聞いたけど」

「はい。その……」

「セレナちゃんのことは残念だった。彼女の憎悪は“透徹”を殺さない限り晴れないだろうしね」

「えぇ、それで」

「セレナちゃんじゃ、“玉石”には勝てないことはわかっていたけどさ。特に“透徹”じゃ相手が悪い」


 用を聞いてきた割に、一方的に話を進めてくる。言葉を詰まらせるスパーダに、ツルギはペロリと舌を出した。

「おっとすまない。君のような若者を見るとついからかいたくなってしまってね。ごめんごめん」

 スパーダは二十代後半だ。若者といわれることも少なくなったが、剣聖にしてみればまだまだ若造らしい


「今日はお願いがあってきました」

「ほう。お願い」

 コトリと、ツルギが湯飲みを置いた。温和な中に鋭いものが混じる。


「“七天将”にお願いすることの意味を、君はわかっているよね?」

「……はい」

 気づけばツルギから剣を喉元に突き付けられたような殺気を向けられていた。スパーダの口はプレッシャーでカラカラに渇き、息も浅くなる。


「し、“七天将”にお願いをする時は、“七天将”からの要求を果たさないといけないと」

「そう。君に儂の要求が果たせるかな」

「は、果たさねば」

「ん?」

「俺には、やらなければいけないことがあります」

 剣聖のプレッシャーは次第に強く、大きくなる。机で向かい合っているだけなのに、もう息はできず、気を失ってしまいそうだ。

 ツルギはスパーダの言葉にふぅんと頷いた後、さらにプレッシャーを強めた。


「それは……セレナちゃんのためかな。儂に話を持ってくる連中の大半は『強くなりたい』だ。それを儂は面倒だからほとんど断ってる。最近だとセレナちゃんくらいかな。きちんと剣を教えたのは」

 つまらないのだと、ツルギは、剣聖は言う。


「セレナちゃんは復讐のために強くなりたいと言った。まぁ、珍しい話ではないよ。憎しみで剣を振る人間は、存外に多い。ほとんど大成する前に命を落とすけどね。実際、セレナちゃんも死にかけたんだろう? “霊装”のおかげでまた戦えそうだとは聞いたけど。うん。それ以外だと名声が欲しい。金が欲しい。女が欲しい。権力が欲しい。地位が欲しい。自慢したい。格好つけたい。見返したい。『強くなりたい』の裏に、こんなにも浅ましい欲望が隠れているんだ。不愉快だよ。強さというものを、そんな理由で求めるなんて。否定はしないけどさ。それでスパーダ君。君はどうして強くなりたいの? 儂が納得できなきゃ次には進めないよ」

 ”剣聖“が言葉を重ねる度に膨れ上がる剣気。スパーダは次期“剣聖”と言われたことがあった。冗談だろう? スパーダでは、どうあがいてもツルギには勝てない。気を当てられただけで、気を失ってしまいそうなのに。


「俺は、知りたいんです」

「何を」

 絞り出すようにスパーダは言う。視界は白熱し。ツルギの顔も見えやしない。震える手を握りしめ、言葉を発する。


「セレナを。あの子が見ている世界を」

 スパーダにも父を殺された恨みはあった。だがそれは時間とともに薄れた。変わらなかったのはセレナ一人だ。彼女だけが、恨みを保ち続けて今がある。

 理解できなかった。だから理解したかった。セレナのことを、()()()()()()()()、せめて自分ひとりくらいはわかってやりたかった。

 スパーダがこの場にいる理由なんて、その程度のものでしかないのだ。


「そうかい」

 剣聖はポツリとつぶやく。威圧が消えた。ツルギの息はできるようになり、全身から滝のような冷や汗が流れる。


「かっ……は」

「いいね。合格だよ。君が儂を楽しませてくれる限り、儂は君に剣を教えよう」

 机に倒れたスパーダの頭を、ツルギはぐりぐりと撫でまわした。


「俺、は」

「あれだけの威圧を受けて言えたんだ。いい理由だと思うよ。儂は。んじゃ稽古場に行こう。時間がもったいない。日が暮れるまで特訓だ」

 ツルギは肩で息をしているスパーダを引っ張って行った。こうしてスパーダ・ルーンロイドは“剣聖”ツルギ・グラディエの弟子となった。


 これが帝国歴代最強と後世言われた“剣聖”スパーダ・ルーンロイドの黎明である。

以上、セレナのその後とその兄のお話でした。スパーダさんのあふれる主人公力よ。


次回は真琴のその後です。

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