閑話⑬ ニントス
ガタガタと地面が揺れている。振動にせかされるように、真琴は目を覚ました。
「あれ?」
視界には幌。薄いベッドに寝かされ、窓から見える景色は流れていっていた。
景色は草原が広がっていて、イゾの町の景色ではない。町の外だ。訳が分からず、真琴の頭は疑問符で埋め尽くされる。
「ここはどこ――」
「俺は誰? ってところかしらね」
「は?」
真琴に重ねるようにして別の声がかけられた。ねっとりと絡みつくような声。男なのに、女のような口調だ。
真琴は頭だけ動かして声のした方向を向く。真琴の頬がひきつった。
「あらん。眠っている時も可愛かったけど、動いているところを見るともっとチャーミングねぇ♡ おいしく食べちゃいたいわ。ねぇキスしてもいい?」
「ひっ!」
そこにいたのは白衣を着た細身の男。肌は十代のように若々しく、艶と張りがあった。しかし顔の作りは三十代で、なぜか化粧をしていた。
髪はベリーショートで、ひげはおしゃれな形に整えられている。唇は真っ赤な紅が塗られ、頬には赤みがさしていた。
頬に手を当てる彼は腰をくねくねさせ、真琴に熱っぽい視線を送っている。そして何を思ったか、唇を突き出し、眠って動けない真琴に近づけてきた。
「ん~」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
妖怪オトコ女に襲われ、真琴は悲痛な悲鳴を上げた。
*
「ごめんなさいね。驚かせてしまったみたいで」
「あ、あぁ」
ガタガタと揺れる馬車の中で、真琴と男は向かい合っていた。男のキスは真琴の悲鳴で止められた。「冗談よ冗談」と男は言っていたが、冗談には思えなかった。どこまでが本気か全くわからない。
「私の好みはイケてるおじさまだしね。あと二十年くらいしたらストライクなんだけど」
「そ、それであんたは」
ぞっとしない発言を聞き、真琴は体を起き上がらせることができないまま、体をどうにか動かして男から距離を取る。その様子を男は見て、眉をひそめた。
「あら。外傷は確かに治したはずなんだけど。内界位階が狂っているのかしら」
男は真琴に手を伸ばした。真琴は小さく悲鳴を上げるが、男はお構いなしだ。男の手は白く、指は細い。爪もきれいに揃えられ、薄いピンクに塗られていた。
真面目な顔で真琴の手足や胸の辺りを撫でているが、手つきがどうにも厭らしい。背筋がぞわぞわする動きだ。
「ここね。エソドム エラガン エオノトト イエリエス」
男は真琴の心臓の上に長い人差し指を当てると、何か精霊術を詠唱した。白の精霊術。真琴の体が軽くなる。さっきまでほとんど言うことを聞いてくれなかった体が簡単に起き上がった。
「うぉ」
「よかったわ。怪我なんて、長引かせるものじゃないもの」
「あ、あんた何者だよ」
「あらん? 名乗ってなかったかしら?」
男は首を傾げた後、ふふんと笑った。
「私の名前はニントス・ラン・スピーナル。精霊術師で、“黒の玉石”の地位を持つ女よ」
よろしくねとニントスはウィンクしながら言う。玉石にはまともな人間がいねぇのか! 真琴は心からの突っ込みを口に出すかどうか悩んでいた。
*
イラのところに案内すると真琴に言い、ニントスは馬車を止めた。馬車を真琴が下りると、周囲にも二、三台の大型馬車があり、ニントスに指示を仰ぐ精霊術師らしき人の姿がある。
「驚いたわねぇ。東部の都市ペリで精霊器研究の学会を終えて、ついでにイゾに寄ったらとんでもないことになってたんだもの」
イラがいるのは最後尾の馬車。そちらへゆっくりと歩きながら、ニントスは今に至るまでの話を始めた。
ニントスがイゾの町に着いたのが五日前。補給と観光を兼ねて昼頃にイゾの町にたまたま寄ったら、町がひどい惨状になっていたらしい。
町は一区画が粉砕され、白い炎が燃えている。絨毯のように広がる住民、兵士に冒険者。そして見知ったイラの姿。
「正直、最初は死んでいるのかと思ったわ」
胸に大穴を空けて、血の流れも途絶えていたのだ。ニントスは最初死んでいると思ったし、他の精霊術師も死んでいると判断していた。
「先生はじゃあ」
「ま、見た方が速いわね」
ニントスがイラがいるという馬車の入り口を開ける。真琴は中に広がる光景に目を疑った。
「先生」
「ほんと、イラちゃんを生かしているのは何なのかしらね」
イラは馬車の中で、真琴と同じように横にされていた。しかしただ横にされていた真琴とはイラの様子は全く違う。
イラは口に呼吸器のようなものをはめられ、両手足に点滴の針を打たれていた。両手足と言っても手足は未だに操糸に覆われていたから、チューブが銀色の海に入り込んでいるかのようだ。
頭にはヘルメットのようなものをはめられ、穴の空いた胸の部分にはイラの“玉の心臓”が見えた。玉の心臓にも紐が張られており、その先にはいくつもの精霊結晶がつながれていた。
何より、操糸がイラの体を飛び出し、ずるずると蠢いていた。体内と体外を操糸がかわるがわる出入りし、何本かが手を伸ばすように、ふらふらと伸びて周囲を漂っている。操糸の動きのせいでイラの体は細かく体勢を変え、不器用な操り人形の体を為していた。
集中治療室というよりも、特撮の改造人間の工場とでも言った方がいいような有様だ。
真琴は目を大きく見開いたまま固まっていた。ニントスは横目で真琴を見下ろしながら言葉をつづけた。
「これでも一応生きてるのよ。イラちゃんはもともと心臓を精霊器に肩代わりさせていたから、胸に穴が空いても問題は少なかったし、何より操糸があるからね。血は栄養と酸素を体に運ぶけれど操糸が代わりにやってくれてる。骨は体の形を支えてくれているけれど操糸が代わりにやってくれてる。筋肉は体を動かして、神経は脳の働きを伝えるけれど、それも操糸が代わりになってる。反動で操糸が異常活動を起こしてるけど、それはもうしょうがないわね」
イラの首から下の肉体は死体と変わらない。それがニントスの見立てだった。しかしイラを動かす脳はまだぎりぎり活動していて、そのおかげで操糸や玉の心臓が動いている。
操糸や玉の心臓は、死体のイラを生体に戻している最中なのだろう。
文字通り、操糸と玉の心臓はイラの生命線だ。だから操糸にエネルギーを送るために点滴で活性剤を流し、玉の心臓に精霊を送り込んでいる。
操糸は肉体の修復機能を持っているから、栄養を与えれば勝手に修復をするはずだ。
とんでもない精霊器だとニントスは思う。ニントスも希代の精霊器研究家だと言われているが、この操糸や玉の心臓を再現できる気がしない。操糸も、試しに一本抜いて調べてみたが、ニントスの知らない陣で構築されていて、解析できそうになかった。
「お、俺のせいだ」
「マコト君?」
「俺が、先生をこんなに」
真琴はイラの惨状を見て、膝から崩れ落ちた。後悔。その感情が見て取れる。
これはどうするべきだろうか。ニントスは顎に手を当てた。真琴に伝えなければならないことはまだある。町の被害についてだ。イゾの町の状況を知ったニントスはすぐに王都へ報告。周辺地域の兵士を集めて、生存者の救出を行った。
その最中、“龍王の咆哮”という冒険者たちが目を覚ましたので、大体の話を聞くことができた。彼らが言うには、町を襲ったのは帝国軍服を着た女で、妖刀を使って町の人間を操ったのだという。
しかし、町に最も被害をもたらしたのは帝国の女でもなく、イラでもなく、真琴だった。“透徹の暴霊”イラ・クリストルクの生徒マコト・カミヤ。エクスが言うイラを変える可能性。
その冒険者はぼかしていたが、間違いはなさそうだ。町を瓦礫に変える類の破壊はイラにはできない。冒険者の語る戦闘の順を考えても、帝国の女にもできたとは思えない。できたとするなら真琴しかいないのだ。真琴の持つ龍剣は、火消しに苦労した白炎の能力を使えるらしいし。
町で起きた戦いで、真琴は誰よりも人を殺した。敵ではない、無実の民だ。知れば壊れてしまう可能性だってある。
そんな展開は、ニントスの望むものではない。
「どうしたものかしらね」
町で何が起きたのかをニントスは知らない。けれど、それはきっと“悲劇”だったのだろう。ニントスが芯から震えるような“悲劇”が、そこにあったに違いない。
「”悲劇“の役者が途中でつぶれてしまうのは面白くないわね」
だからこそニントスはそうそうにイラと真琴を回収して王都に引き返した。玉石が殺されかけたというスキャンダルが広まることは、王国にとって不利益にしかならないし、余計な荒波が立つことも面白くない。
真琴に聞こえないようにつぶやき、ニントスは真琴の肩にそっと手を乗せた。
「大人が子どもの面倒を見るのは当然のことよ。特にあなたはイラちゃんの生徒なんでしょう? 先生が生徒を守った。これはそれだけのことよ」
「でも」
「それだけのことなの」
泣きぬれた真琴にニントスは強く言って聞かせる。ニントスは真剣な表情を作る。
「今あれこれ考えても仕方がないわ。一人で考えてもいいことなんてないもの。考えるのはイラちゃんが目覚めてから、二人で話をしてからよ」
ついでに町の被害云々についてもイラに丸投げしよう。よく知らない他人であるニントスが言うより、信頼しているイラから言われた方が真琴もいろいろと楽だろう。
「そうか……そうだな」
ニントスの言葉に真琴は小さく頷いた。
そしてまたニントスと真琴は王都に向かって馬車を走らせた。だが一日たっても、二日たってもイラが目覚めることはなかった。
以上、真琴のその後でした。後始末を全て他人に任せて町を脱出した真琴とイラ。そしてイラは目覚めず。ところでオカマ=強いみたいなイメージってありませんか?
次回はクイナスたち冒険者のその後です。




