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中

ー・ー・ー


 両親の二つ返事で僕は世界最高峰の魔法学校に入学することが決まった。少ない荷物と着慣れない制服。胸の中の龍が興味があるのか片目だけを開いている。

 学校は全寮制だからしばらく家族とも顔を合わせないで済む。取り敢えず何事もなければ卒業までそこで過ごす。卒業したらそこからそのままどこか旅にでも出よう。卒業前に全てが嫌になったら、そのままどこかに行ってしまえばいい。多分生きていける。


 僕は空に手をかざした。太陽が指の隙間からその光を僕の目に届ける。旅立ちの日にはぴったりな晴天だ。風も程よく吹いている。これならよく飛べるだろう。

 そのまま手のひらに力を込める。正確には手のひらのあたり。そこに意識を集中させていく。龍が待ってましたとばかりにその髭をたなびかせる。

 手を払うようにして振り下ろした。空気が僕の下に行くように、僕が空気の上へ行けるように。空を飛ぶ魔法は意外と加減が難しいらしいが僕はこの魔法が好きだ。

 ふわりと体が浮いて長い制服の裾が風にあおられてはためく。家々あんなに小さくなって、空飛ぶ鳥がこんなに近くにいる。


 それからしばらく飛び続けた。


 風に潮の香りが混ざり始めた頃、学校が見えてきた。高くそびえる塔は権威の象徴。広い敷地はずっと昔からその土地にいたと言う誇り。そしてそれらだけでは説明のつかない、魔法使いがたくさんいる場所特有の威圧感と存在感。

 僕はごくりと唾を飲み込んだ。少し緊張していた。どんな奴らがいるのか不安だった。僕のことを馬鹿にする奴はいないだろうか?と考えて、はたとやめた。

 僕には龍がいるじゃないか。

 おそらく並大抵の魔法使いには負けない。それに、同じ年頃の見習いなら喧嘩をふっかけられても多分勝負にすらならない。

 大丈夫、と心を落ち着かせてからまた学校に近づく。少し不思議なのは、魔法学校を中心として発展したはずの海に臨したこの街。魔法都市のはずなのにあまり魔法の気配を感じられない。

 少し期待はずれでがっかりしてしまう。もしかしたら空を飛んでいたらよそ見をしていたせいで誰かとぶつかって、そこから始まる何か甘酸っぱい話でもあるかもしれないと少しばかりは考えていたのに。


 しかしそんな都合がいいことは起こらず、僕は普通に学校に着いてしまった。町より一段高いところにあるこの場所に行くにも空を飛んでいけば坂を登る必要がなくてありがたい。

 着地しやすいところを探す。どこも人が多い。…確か、正門を潜り抜けたところは開けていたし、先生との待ち合わせ場所として指定されていたはずだった。


「あ、」


 突然、体の力が抜けた。龍の制御が効かなくなった。体に纏っていた魔力が離散して、僕の体は呆気なくぐらりと傾いた。そしてそのまま地面に向かって落下していく。

 かなり焦っていた。龍が言うことを聞かない。と言うよりも、僕の声や意思が龍に届いていないみたいだった。

 嘘だろ、と息を呑んだがもう遅い。かなり立派な作りの石畳が真下に迫る。登校初日に空を飛んで落ちて地面に叩きつけられて即療養あるいは死亡なんて笑い者すぎる。でも、僕は今この状況を打開できる術を失ってしまった。

 僕が諦めて目を閉じたその時、

「危ない!!」

 誰かの声がすぐ下から聞こえた。それと同時に何やら魔法が展開された。

 と、突然僕の体が風に煽られた。かなりの突風で僕は見えなに何かに殴られたみたいに、一瞬息が止まった。そしてそのまま横向きに吹き飛ばされ、そのそばにあった木に追突した。


 は、と目を開けば木の中。少し痛むところこそあるものの五体満足であることに感謝した刹那、ぼきりと音を立てて僕を支えていた枝が折れた。何もする暇もなく地面に尻から叩きつけられた。鈍い痛みが走るけれど、あの石畳にそのまま叩きつけられるよりかは遥かにダメージを抑えられた。

 ぱたぱたと少し離れたところから一人の男子生徒が駆け寄ってきた。

「ごめんね。思ってたより出力が強くなっちゃって…」

 彼はおかしいなぁ…と、ぼやきつつも僕の目の前でしゃがみ込むと、ものすごく自然に僕の髪や服についた葉っぱを払った。あまりに流れるような手つきだったから、僕はされるがままで呆然としていた。

 龍がくぉぉん、と鳴いた。今更そんな声出しても、僕はかなり龍に怒っていたから許すつもりはない。と言うか、鳴き声は初めて聞いた。体の中で龍の首を引っ掴んで奥底に叩きつける。

 酷く見えるかもしれないが仕方ない。龍は本来は全ての生き物の頂点に君臨するものだ。それに時にはこの世界を半壊させるほどの力を振るう。だから上下や主従は絶えず示しておかねば食われるのはこちらだ。怠れば文字通りに、死ぬ。

「きみが転校生?おれはルーノ。きみは?」

 僕の見た目がある程度回復したのか、彼は頷くと僕を伺うように見た。でもそれは何か探りを入れてくるようなそれではなくて、ただただ友好的なものだった。

「…リユ」

 思っていたよりも可愛げのない声が出た。それはいつものことだったけれど、なぜか彼を前にするとどこか申し訳ない気持ちになった。

 ルーノが特に気にしなかったように手を差し出した。僕はおずおずとその手を握り返す。すると彼は僕の手をそのまま引っ張り上げて、僕たちは立ち上がって対面した。ほんの少し、僕より背が高いだろうか。表情も動きもあどけなさが強いので少しだけ驚いた。

 僕のそんな失礼な考えも知らず、彼は嬉しそうに笑った。僕の名前なんかを聞いただけでどうしてそんなに笑うことができるのか、僕は彼に問いかけてみたかった。


 だけどそれはしなかった。

 どうしてかと問われたらうまく答えられない。けれどなんとなく、そうしないでおいた。毒気を抜かれてしまったのかもしれない。と言うか、そんなことよりもっと大切な何かが心に引っかかっていた。うまく言語化できなかったので、それも飲み込んだ。でもそれでも良い気がした。

「よろしくね、リユ!」

 と、ルーノが僕の目を見て笑いかけてくれたからかもしれない。


 後から知ったのだが、魔法で空を飛んだり何かを飛ばしたりするのはものすごく魔力を使うらしい。正しくは、魔力の消費量に対して得られる利益があまり芳しくないらしい。

 ルーノは同学年だった。年齢は僕の方が上らしいのに身長は負けているから余計に悔しい。でもだからと言って何か身長を伸ばすための努力は特にしなかった。口で言うほどそこまで気にしてはなかったのだと思う。

 それから、ルーノとはすぐに打ち解けられた。元来懐きやすい訳でも懐かれやすい訳でもなかったのだが、彼の人柄のおかげか何なのか。よくわからないけれど彼と面と向かうとなぜか、僕のひねくれた気持ちが和らぐ気がしていた。


ー・ー・ー


 いいものを見せてあげる、と今日は言われていた。ルーノに手を引かれて、彼の寮の個室へと向かう。

 ついこの前にも似たようなくだりがあって、その時は試作段階の魔法を見せてくれた。

 目の前で実演してくれた。失敗したけれど。本人曰くあれは失敗ではあるけれど研究に大きな飛躍をもたらす大切なものらしい。必死に身振り手振りをしながら言い訳しているのもどこか可愛いと思ってしまえた。

 部屋に入った途端ルーノは僕と手を離して、部屋の中を漁り始めた。汚いとまではいかないがかなりの生活感があふれるこの部屋は、住んでいる主の性格を色濃く反映しているように感じられる。いつきても、温かい。

 ルーノは何やらお菓子の空き缶を取り出した。学校の下の街ですぐに買えるようなよくあるたくさんクッキーの入ったそれだ。

 散策してそこら辺で拾ってきたものでも入っているのかと問いかけたが、それは半分正解で半分違うらしい。

 缶の中は見た目のポップな雰囲気に似つかわしくなく、厳重に布やら綿やらが敷かれていた。ルーノがそれをそっとめくる。

「これはね、龍の牙だよ!」

 えっへん、と得意そうに見せてくるルーノ。反対に僕は一瞬ギクリとした。

 ルーノには僕の中に龍がいることを言っていない。他の生徒や先生たちも同様に。学校長ぐらいになったら、なんとなく僕の中に僕じゃない凄まじい力がありそうだと見当をつけられるようになるらしい。要するに、学校長は面倒くさい。

「ちょっと、聞いてる?」

 怒られてしまった。額にぴりっとした痛みが走った。彼に軽く弾かれたらしい。


 改めて観察した龍の牙は、ルーノ曰く僕らの犬歯あたりに相当するものらしい。鋭く尖っている割に傷んでいた。理由を尋ねてみたら、あるべき場所にないものが傷んでいくのは仕方がないこと、と言うことらしい。

 …と言うことは同じように龍の角も風化しているのだろうか?こちらは質問することはできないけれど。


「すごいでしょー…っ」

 ルーノの表情が突然曇った。せわしなかった動きが止まり、ひどく緩慢になる。

「大丈夫!?どこか具合が…」

 僕は慌てて彼に駆け寄った。そっと背中に手を触れれば、顔を上げた彼の顔はひどく青ざめていた。

 彼は僕を安心させようとしたのか、力なく笑った。

「…最近、なんか頭痛がするんだよね」

 気にしないで、大丈夫だよ、と言うルーノを見ても、僕はどうしても安心なんてできなかった。代わりとでも言うように、ざわざわとした不穏な何かを僕は感じ取ってしまっていた。僕にできることなんてあるはずもないのに。


 思えば、ここで僕は気がつくべきだった。打ち明けるべきだった。


 僕の秘密を。龍のことを。


 伝えていたら、僕たちはあんなことにはならなかったかもしれない。少なくとも、どうにか二人でいられる方法を考えたはずだ。

 でも僕はしなかった。できなかった。

 あの時はまだ怖かった。もし本当のことを話したとして、信じてもらえなかったら?信じてもらえても何かに利用されてしまったら?…僕はルーノを許せなくなるだろう。だけどそれは絶対に嫌だった。

 だから僕は口をつぐんだ。起きる確証もない未来が怖かった。


 この時の選択をいつまでも後悔することになるとは、露程にも思わないで。

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